029 精霊祭具とお使い
テルトーネの街の中心には大きな森林公園がある。その中心付近には滾々と湧き出す水を湛える泉が存在した。龍の伝承ではこの地には湖があったらしいが、今では小さな泉がその痕跡を残すのみだと言う。集落ができた初期はこの泉の水が住人の渇きを癒し、今では街を象徴する公園として憩いの場となっていた。泉の畔には祠が建てられ水の精霊を奉っていることがうかがえる。祠の前には左に甕が右に鉢植えが置かれており、何が植えられるでもなく土が満たされている。
「この鉢植えかなー?」
「ん。名前が書いてる」
「ほんとだ。じゃあ、これで間違いないよね」
「ひっくり返すよー!」
「そーっとなの」
そうして鉢から土を出し、崩していくと出てきた魔石についた土を払って名札と一緒に回収した。鉢に土を戻したら、次は置かれていた甕を回収し、新しく持って来た甕に泉の水を入れふたを閉めて代わりに置いておく。そうしてロレットのお使いは終了だ。他の四人は何があるのかと散歩気分で付いて来ただけだった。
「お腹減ったねー」
「帰りは屋台寄って行こうー」
「ん、帰ろう」
さあ帰ろうと屋台を思い浮かべる双子とレアーナは食べ物のことを話しながら手を繋いで歩き出す。ルシアナは何の魔石なのか気になっているようだった。
「その魔石何だったのかロットは知ってる?」
「今作ってる祭具の素材だったはずなの」
◇
屋台で買ったお饅頭を食べながら、錬金術工房へと帰って来た。
「「「ただいまー」」」
「おかえりー。ご苦労さま」
腰鞄から甕を出して中身を確認してもらう。十分な品質の水の精霊水であり、薬の素材となる物だ。マリーレインはお茶の用意と菓子を出して子供達を労った。
「この水、何の薬になるの?」
「ん。他の用途は?」
「そうねー。今の時期だと季節性の風邪薬の他に鎮痛剤、解熱剤、水虫薬なんてのもあるわね。魔法薬も素材を入れ替えて作るといくらか品質が高くなるし、色々使えて便利よ。ただ、魔力水でもほとんど同じ薬は作れるから普段採取には行かないんだけどねー」
「えぇー。じゃあ、結局何だったの?」
「ん。何に使う?」
「今回は薬じゃなくて、魔導具というか祭具よ」
そう言って他の素材を並べながら軽く説明していく。
「治癒の精霊の牙。風の精霊の硝子。闇の精霊の鋼。光の精霊の真鍮。植物の精霊の枝。火の精霊の木炭。雷の精霊の針。そして、今日取ってきてもらった水の精霊の水と、土の精霊の魔石。あと残すのは無属性で魔法を付与するのだけど、これは祭具が完成してからだから、やっと作業に入れるわ」
「お祭りの祭具は組合の錬金術師が持ち回りで作ってるの! 今年はお姉様の番!」
いつにも増して得意げに言うロレットの様子から、マリーレインを慕っている気持ちが勢いよく振られる尻尾に現れていた。
「初めての、街の、龍神祭!」
「ん。楽しみ」
「一緒に回ろうな!」
「もうすぐだねー」
「ん、この素材はどうやって用意したの?」
と、菓子を食べつつリアーネが聞いてみると。
治癒の精霊の牙は蛇の魔獣の毒牙を赤千振の種と紫薬茸と共に活力水へ一ヶ月以上程浸けておけば完成ね。
風の精霊の硝子は硝子片を土台に紐で括り付けて吊るしておくの、それで風に揺られるまま一ヶ月もすれば完成するわ。風が吹くと綺麗な澄んだ音がするんだけど、寒い季節に聞きたい物じゃないわね。
闇の精霊の鋼は聖堂の地下深く、光を通さない真っ暗な部屋に置いた発熱する箱の中で白鋼を煤に埋めて一ヶ月程すれば完成ね。
光の精霊の真鍮は時計塔の鐘楼に一ヶ月程真鍮を置いておくの。鐘楼って高い所にあるから眺めがよくって一度は行ってみるべきね。ただし、鐘の鳴る時間は凄い音がするから危険なのよ。
植物の精霊の枝は落ちた生命樹の枝を地に植えて、聖水を振り掛け一刻も陽の光を浴びさせれば完成するわ。生命樹ってこの辺りじゃ龍神様のいる聖域まで行かなきゃならないから、それはちょっと大変だったわね。
火の精霊の木炭は火焔草の葉と獅子辛子油を混ぜた活力水に一ヶ月程浸けてから乾燥させた薪に聖火で火を点け石窯で蒸し焼きにするのよ。炭にするのは流石に炭焼きの職人さんに任せたけどね。
雷の精霊の針は雨季の間、屋根の上に針を立てておくと完成するから、雨季の前に屋根の点検がてら設置しておいたのよ。
水の精霊水は精霊の泉の畔の祠に魔力水を入れた甕を一ヶ月程置いておくと完成するわ。今日行ってもらった祠で甕も回収してきたでしょ。
で、その土の精霊の魔石は土属性の魔石を埋めて聖土の魔法を掛けて一ヶ月程置いたら完成ね。
と、長々と解説してくれる。
興味津々と聞いているのはリアーネとロレット位のものだろう。
その後、マリーレインの作業を二人は見学。他三人はルシアナの部屋へ場所を変えた。
「植木鉢いっぱいだね」
「ボク、無いと落ち着かないんだよー」
「さすがにこれは、ちょっと多すぎ」
ルシアナの部屋には大小様々な鉢植えが沢山置かれている。小さな木、身長程の木、草や花が窓辺に部屋の角、天井の梁から吊るされている物と色々だ。薄いレースのカーテンや寝台を占領するようなクッションに埋もれてぬいぐるみが多数の可愛らしい部屋だが、緑の多さに見逃しそうになる。
三人の尽きないお喋りは日が傾き始めるまで続いていた。
◇
「これで、完成! 早速点灯ー!」
「おぉー」
「姉さま! 綺麗なのー」
作業台の上には精緻な細工の施された一抱えはありそうな程の大きなランタンが置かれている。全ての素材を魔法で成形、組み合わせて仕上げた物だった。祭具として規定されているのは素材と大きさとランタンであることなので、形状や細工は製作者に任されていた。
迷宮が氾濫した時、避難してきた民衆を不安から救った灯りが精霊のランタンだと言われている。これからの先行きを照らしてほしいと願いを込めて祭の祭具とされるようになった。
点灯試験とばかりに灯りを点せば、二人から感嘆の声が漏れたのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




