001 新しい街と入学式
「やっとついたー」
「ん。お尻痛い」
年が明け春を迎えて、新年の祭りの余韻も落ち着きを見せたころ、とある街に降り立った二人の幼女の声が響く。
客席に二十人は乗れる大きくて武骨な黄色と黒の縞模様の長距バスから、魔導機関の唸りが静まり扉が開いて幼女達が解放されると、体を伸ばし、お尻をさすり、ひとしきり体をほぐし終えると、大きく息を吐き出してへにょりと肩を落とした。
初めて魔導車に乗って、凄い! 早い! と、はしゃぎ通しの二人であったが、途中の休憩以外は結局ほとんどを寝て過ごしていた。
しかし生家のある村を朝早くに出発し、ここテルトーネの街門近くにあるバスの駅舎に到着する頃には空が茜色に染まるほど時間が掛かっており、乗客は皆疲れているようだった。
街が遠くに見えるようになったころ目を覚ました二人は、窓から見える街の大きさに驚きの声を上げ、街壁を越える時はその高さと厚さに感心の息を吐き、壁を越えた先の街の様子が目に入り魔導車が余裕をもって四台は走れそうな広い道と故郷の村とは違って六階建ての大きな建物がずらりと両側に立ち並ぶ様に歓声を上げていた。
それもこれも二人は初めて村を出たのだから仕方のないことだろう。
何もかもが村とは規模が違い、目にする物の全てが新鮮でこの先の生活にワクワクとした気持ちが疲れを吹き飛ばしていく。
「はいはい、ラウリーもリアーネも荷物取りに行こうね」
「「はーい!」」
と、抱えていた鞄を背負いなおして声を掛けてきた少女についてバスの後部へ行く。他の乗客もぞろぞろと移動し各々自分の荷物を受け取って離れて行った。
この三人には共通点があり、猫ミミと猫尻尾がある猫人族であり、同じ村出身である。
金の瞳に白髪で耳と尻尾の先が黒い幼女がラウリーといい、濃紺のワンピースを着て黒熊型の鞄を背負っている。
黒の瞳に黒髪で耳と尻尾の先が白い幼女がリアーネといい、水色のワンピースを着て白兎型の鞄を背負っている。
髪の長さはそれぞれ肩程の白髪と腰程の黒髪と違いはあるが、よく似た容姿をしている。
二人で受け取ったのは幼女達の肩程まである、車輪のついた一つの大きな鞄。
はぐれないように気を付けている金の瞳に青灰色髪の少女は、スリットの入った膝下まである紺のドレスシャツとゆったりしたスラックスを身に着け、腰には短剣を帯び、荷は大き目の肩掛け鞄のみを持ち、二人に着いて広い道を歩いて行く。
「セレー姉、ここがおうち?」
「セレーネ姉、新しい家?」
物珍しそうにあちらこちらに目と耳を向け声を上げながら、南東部の門近くの停留所から広い道なりに歩いて四半刻弱、橋を渡ったすぐの所に三人の前には立派な石壁で青い屋根の大きな建物の前までやって来た。この街の多くの建物が同様の造りであり統一感があるが、ここは一際大きかった。
「ようこそ、盾の乙女寮へ」
セレーネは少しかしこまって声をかけアーチ状の格子扉を開けて二人を促す。
短い通路の先には中庭が見え、その途中で左手側にある案内板を示し位置関係を見てみるとロの字のような形の建物だと判る。一階には倉庫に管理人室、食堂にお風呂に談話室などがあり、二階から六階までが寮生の部屋になっていた。
幼女達は右側の下足室の扉を開けると、二階三階と階層別に下駄箱があり部屋毎に場所が割り当てられていた。下足室で靴を脱ぎ、出た廊下の右手側にある階段で大きな鞄をラウリーは上から引き、リアーネは下から押して、重いと不満の声を上げながらも苦労して二階へたどり着いた時には息を弾ませる程になっていた。
「あった! これだよね?」
「ん! ここがリーネたちの部屋」
各部屋の扉に付いたプレートを『蜥蜴尻尾』『虎尻尾』と尻尾の並びを順に確認していき、たどり着いたのは二人の探していた『猫のかぎ尻尾』。
「私は三階の『猫耳』の部屋だから、何かあったら相談に来なさい」
「「わかったー!」」
ラウリーがセレーネから受け取った鍵で扉を開けて部屋の中へ入って行き、大きめの寝台に飛び込むように「「疲れたー」」と、二人して倒れこむ。
この白と黒の猫人族の幼女達は双子であるため、二つの寝台ではなく大きめの寝台で一緒に寝れるようにと両親が準備していてくれていたのだ。
しばしの休憩のつもりだったが、気が付いたら日が落ちて暗くなっていた。
「ラーリ、起きて」
「まだ、眠い~」
「んー……じゃあ、リーネはご飯行ってくる」
「ご飯! お腹へった!」
リアーネの声にがばりと起き上がり、先程までの眠そうな様子は霧散して、早く早くと尻尾が忙しなく振られている。
「ん、セレーネ姉が教えてくれるはず」
「おー、セレー姉の部屋行こう!」
無事、セレーネに案内されて寮内の食堂で食事にありついた二人は、母の作る料理とは違うけれど、美味しいとラウリーが騒がしい。
食後は部屋に戻るなり風呂も着替えもせずに倒れるように寝てしまった。
六歳の身では一日魔導車に揺られるのは、それだけで大変なことだったようだ。
◇
「………えー、皆さんのこれからの学院生活が良きものとなるよう、勉学に、遊びに、精一杯はげんでください」
「学院長からのあいさつでした。続きまして………」
数日後、セレーネに連れられて入学式のため第三学院に来た双子は、既にうつらうつらと頭を揺らし、獣耳は時おり大きな声を拾うのかピクピクと向きを変えていた。
周囲の新入生であろう同年代の少年少女達もおよそ半数は同じようなありさまだった。
朝、紺色の大きな襟の付いたワンピースの制服を着た時は今まで着ていた服との意匠の違いに二人でクルクル回って見せあって、いつもとの違いに照れながらも可愛い服に嬉しくなった。学院の大門をくぐる時、大きな講堂の傾斜のつけられた座席の列を目にした時なども二人して大きい凄いと随分とはしゃいでいたのだが、いささか長い挨拶が続くと耐えられるものでは無かったようだ。
「リーネ、おんぶ」
「んーん。自分で歩く」
ようやく式も終わり移動する。
ラウリーはリアーネに覆いかぶさるように抱き着くが、歩けないとすげなく振り払われ、講堂内にいる人の数が半数以下になった頃、ようやく目が覚めたのか手をつないで歩きだす。
講堂を出てすぐ近くにある大きな掲示板には、学院の案内図に組分けの張り紙がある。教室の場所と自分の組を確認し、同じ組でよかったねと双子は尻尾を合わせて喜んだ。
例年であれば三百人程だが、今年の入学生は多いらしく三百四十人程が新入生である。一組当たり二十人であるから十七組まであるようだ。
いくつかの建物を通り過ぎ、たどり着いたのは、大きな運動場の東側にある三階建ての建物だ。皆がここへと来ており各々の教室へと別れて行く。一、二年次生に一階の教室が用意されているのは体の小さな生徒のためでもあるのだろう。
入ったそこは下足室になっており、靴を脱いで建物内へ。
中でも奥まった所にある十組の教室へと双子が向かうと、ざわめく声が二人を迎える。
教室前方の大きな黒板には自由に席を選んでよいと書かれているが、既に文字の読める者、読めない者が混ざっており、皆気にせず好きに座っている。「席」とは言うが椅子はなく、絨毯が敷かれ四つの座卓に五つずつの座布団が並んだ状態である。
「「隣同士」」
と、双子が選んだのは、入り口から奥側の前方の卓。席に着くや声がかかる。
「可愛いかばんだね!」
隣から、はずんだ声を掛けたのは二人に劣らず小柄ではあるがコロコロとした印象のためそこまで小柄とは感じない、茶色の瞳で濃茶の髪を左右に二つ三つ編みにした幼女だ。
「リーネがえらんでくれたの!」
「ラーリが選んだ、あなたの鞄も可愛い」
「えへへー、ありがとうー」
と、自身の鞄を持ってお礼を言う幼女が持つのは、丸々とした蒼竜だった。
ほどなくしてやってきたのは蒼い瞳で肩甲骨程までの薄い緑髪の浅葱色のボディスと濃緑のドレスの女性。森人らしい服装である。
「はい、みんな静かに。入学おめでとう。私はこの十組を受け持つシスティナよ。これからよろしくね」
「「「よろしくー」」」
と、元気な声が返る。
「みんな式の始まる前に認証札に登録したはずだけど、してない人ー。よかった、全員してるようね。ご両親からも言われたと思うけれど、この認証札は、これからあなた達が自分の身分を証明する物だから、くれぐれも無くさないように。各組合での登録なんかにも使う物だから大事にしてねー、大事にできない人は大人失格ですよー」
「「「はーい!」」」
首から下げた認証札を手に既に大人の仲間入りをした気になって嬉しげにする子供達と、それを優しく見守るシスティナだった。
「じゃあ、教室の後ろを見てみよう。本棚には教科書が入ってるから授業の前には準備すること。みんなで使うから大事にしてね」
示した教室後方には新入生達の身長程の本棚に沢山の本が収められている。本棚の上には文字や数字の書かれた絵札が貼り付けられ、賑やかな印象を与えている。
「ぜんぶ同じ?」「人数分ある?」「せんじゅつは?」「鍛冶は?」「えーゆーものがたりー!」「おかしのつくりかた!」「くるまのほん!」「魔導具の本!」
「読み書き、計算、歴史、地理と魔術の教科書が人数分ずつあるわよ。私は魔術以外、四つの科目を受け持ってるの。物語は何冊かあるから、みんなで順番に読んでね。お菓子や料理、鍛冶は初年度では教えてません。戦術は高等部から選べるようになるから、この教室には無いわね。車のことは魔導具の本に少し載ってるわ。学院の敷地内に図書館があるから、そっちにはもっと沢山の本があるから後で行ってみましょう。以上かしら?」
「「「すごーい!」」」
「明日から授業を始めるわよ。それで、持ってくる物は判るかな?」
そう言ってプリントが配られる。そこにはハンカチ、タオル、水筒、ノート、ペン、インク、運動着と絵を添えて書かれており、曜日毎の授業の時間割がその下に表になっている。
「運動着は戦技の授業のある日だけでいいからね」
「「お昼ご飯は?」」
「学院に食堂があるわ。食べられないものがあれば隠さずに言うこと」
その後は学院の施設を案内して回って、昼前には下校した。
「図書館、本いっぱいだったね。リーネは全部読むの?」
「ん。できれば」
三階建ての大きな図書館を案内された時のリアーネは、納められた多くの本に目をキラキラとさせラウリーが手を繋いでいなければ、突撃しそうになっていたのだ。
帰路は同じ盾の乙女寮の住人らしき幼女と道を同じくした。同じ組だけではなく別の組にも多くいるようで随分と賑やかである。同じ卓に着いていた蒼竜の鞄の幼女を見かけないので、別の寮や自宅から通っている者もいるのだろう。
寮に着いたら先輩達が出迎えてくれ、これから入学祝いだというので荷物を置いて食堂に集まった。
新しい生活が始まった。
双子にとって、そんなことを実感した一日になった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。