192 裏道完成と簡易版
「リーネ、どうかした?」
「ん。圧縮庫の中身が少ない」
ノィエトゥアの迷宮五層に戻って来ていた掘削用魔導具を確認したリアーネが、圧縮庫に収められた土石の量がほんのわずかであることに気が付き、活動情報を読みだすと、設定された魔力濃度の深度を最後に迷宮の層を発見できなかったことが判るのだった。
魔導具はおよそ二階層分深くまで穴を掘り、設定どおりに活動を停止させていた。
その後は掘削用魔導具を昇降機として利用して、ラウリー達は最下層へと降りていく。
「うわー……、この穴、ほんとにこの魔導具が掘ったんだ?」
「ん。思った以上にしっかりした造りになってる」
「もう少し広くならなかったの、リーネ?」
「そうだねー、うちらだから五人で乗れてるけど、ほかの班だと全員一度には無理だよね」
「掘削が終わったら圧縮庫は要らなくなるの、取り外したら良いだけなの」
じゃあ、何でしなかったんだ? という目がリアーネに向けられたが、本当に最下層に到達しているのか確かめてからだと冷静に答えられるのだ。
時おり壁面に階層表示が現れて、横穴を開ける位置が示されていた。
それから下層まで到達して横穴を掘り、ゴーグルに表示される地図が最下層であることを確認するのだった。
狩人組合では遠方から来てまだ浅い階層にしか足を踏み入れていない探索者達が、ラウリー達の報告を耳にして、もっと深い層へと行きたいと言い出していた。
具体的に釣り場となっている二十八層へ早く行きたいと言う猫人族が多いことに、気持ちは解るとラウリーはうなずいていた。
その様子を目にした探索組組長は眉間にしわを寄せながら深く息を吐き出すのだった。
◇
「あら、いらっしゃいリーネちゃん。今日はどうしたの?」
狩人組合で報告した後に、テルトーネにある森人のユスティーナの研究室に来たラウリー達は、掘削用魔導具の成果を話すのだった。
「ほんと、寒くてびっくりしたんだよ」
「ん。横穴を開けるときは、その層の環境を調べなきゃ危険があるかも」
「え? リーネ、危険って? 確かに防寒対策もしないで、あの寒さの中に入って行くのはどうかと思うけど」
「ルーナ……、ほかにも色々あるでしょー、例えば………例え、ば……」
「大型の魔物が居座ってたりするかもしれないの!」
迷宮の危険を上げようとして、寒さと魔物以外に出てこないことにユスティーナは苦笑するばかりだ。
ラウリー達はお茶をいただき落ち着いてから迷宮内の環境を思い浮かべると、ぽつぽつと危険なものが上がり始めるのだった。
「迷宮で危険って言ったら、えーと、罠?」
「ん。リーネ達が開けた横穴に、水とか砂が流れ込んでくると危険」
「あー、そういうのもあるかー。じゃあなんだろ? 沼地……は水か」
「竜の火山の周りにある迷宮は暑かったけど、何かある? 結局うちらは、あんまり深くまで行かなかったけど……火が噴き出したりしてるかな?」
「真っ暗闇だったりはしないの? 大きな樹が邪魔だったりもありそうなの」
「その辺りも考えると、地面に高さをそろえるよりも、少し高い場所から入るようにしたほうが良いんじゃないかしら?」
「「「おぉー!」」」
その後は設定の調整箇所や運用方法を相談し、圧縮庫を取り外して交換できる構造を練り始める。集められた土石の移し替えが面倒だったためである。
そのうえで、昇降機能だけを持たせた円筒の作成をユスティーナに頼むのだった。
「必要かしら?」
「ん。トゥッカーに持って行きたいから、替わりの物が必要になる」
狩人組合での頼まれごとを話して、リアーネは最下層に行くことだけに使うのは危険ではないかと気付かされたのだった。
一層毎に魔物を狩っていけば自身の力量不足や装備の強化不足に気付く機会があるはずが、一足飛びに最下層などへ足を踏み入れれば魔物を狩ることができないばかりか、自身の身を危険にさらす可能性が高いのである。
外形はほとんど同じで不要な機能を省いていって、前方に窓と照明を追加する。
危険に対して考慮した末、認証札に記録されている迷宮の最深探索階層を読み取り、そこより一つ下の階層までしか移動しない仕掛けを提案するのだった。
リアーネはそのために必要な魔法陣の用意だけを行って、ほかはユスティーナに任せてしまうのだった。
運用上の注意点などを資料に追記したうえで、ユスティーナと共に登録に赴いていく。
数日後に完成した昇降用魔導具が設置されると、希望者の多い階層から横穴を掘る人員が当てられることになった。
穴掘り要員は、階層に穴を開けるときには魔物や水などが危険になるだろうといった予測を道中で話しながら、ラウリー達の護衛の下で最下層にある迷宮核の複製に登録した建築組合に所属する者達である。
ノィエトゥアの開発が忙しくて頻繁に横穴堀りを頼める状況ではないために、当分は二十八層以外で呼ばれることは無いと思われた。
◇
「これで全部かな?」
「ん。大丈夫。一日で行ける距離だし、何か忘れても戻れば良いだけ」
飛竜機に食料や消耗品に多数の魔導具を積み込んで、トゥッカーへと向かう準備をしていた。
「いや、乗員は忘れてくれるなよ?」
「そうだね。遅れて悪かったよ」
ラウリー達の前にルードルフとローラントも姿を現したのだった。
七人が乗り込んだのを確認し操縦席のラウリーと、副操縦席のリアーネで離陸前の確認を進めて、ほどなく空へと飛び立っていく。
あっという間に高空にまで突き進み、方位を合わせて行き先を設定するとラウリーは操縦桿から手を放したが、これも大陸内に限るが精度の高い航空図のおかげで、できるようになったことである。
「みんなー、もう飛行が安定したよー」
「ん。現地到着まで九刻ほどかかるから、ゆっくりしてて」
リアーネは座席脇の収納に入れていた腰鞄から本を取り出して読み始めてしまった。
「いつの間に操縦桿から手を放しても良くなったの!?」
「うちらが飛ばした頃はもっと緊張感があったよね」
「そっかー、ボク達が楽に操縦できるようになったのはロット達のおかげでもあるんだね」
「最初は大変だったのか。想像もできんな」
「だね。僕らは最後だったし」
試作飛竜機の頃のリアーネが魔法を使って機体の制御を補助していた話がでると、よくここまでの物に仕上がったものだと皆は思うのだった。
いつの間にやら追加されていた冷蔵庫から冷えた飲み物やお菓子を配って、のんびりと空の旅を楽しむラウリー達だった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。