191 改造三昧と航空図
一応の完成を見た飛竜機ではあるが、操縦席の後ろには人が座る空間が無いほどに計測用の魔導具や、長距離航行のための魔力蓄積用の魔石が詰め込まれていた。
雨季の間、大陸各地の正確な地形図の取得を目的に、主にラウリーとルシアナの二人が操縦し、見習いの指導の日にはラウリー達に変わってルードルフとローラントが操縦をして雲の上を飛び回っていたのだった。
リアーネはその間に試作飛竜機をリアーネ以外でも操縦できるように改造していたり、レアーナの祖父ヴィヒトリと浮揚車を製造している工房の職人数人を交えて、簡易な構造の量産型飛竜機の開発を行っていたのだ。
地形図の取得が終わったのがリクハルド達の帰還の直前のことで、リアーネは得られた地形図を基にした、立体地図を造っていたのだった。
「これが、地図かの?」
「ん。できる限り正確に造ったらこうなった」
「どういうことじゃ?」
「ん……、この大地が球形をしてることを証明してるんじゃ、ないかな?」
ボーヴィル大陸と呼ばれる大きな陸地が造り込まれた地図は、東西の端から端までがおおよそ半円を描く、球を四つ切りにしたような形状になっていたのだ。
「あー……、確かにこの地は球形をしていると龍神様達から伝え聞いとるが、こうして見せられると何とも言い難いものがあるのぅ」
「ん。飛竜機で長距離を移動してると、だんだん地図がずれてくるから気になってた」
現在使われている地図は龍や竜の協力の下、高空から撮影した写真をつなげたものを元に一枚の紙面に描き写された物であるから行動範囲の狭いうちは問題無いが、一日に数千キロもの距離を移動できる飛竜機にとっては進路がずれる原因となるものだった。
そのために新しい航行用の地図を欲したのである。
「ん。こっちは今までの地図を参考に、球体上にほかの大陸や島も再現した」
リアーネは球形の地図を取り出して見せるのだった。
「なんじゃ、おぬし、そのうちほかの大陸まで行こうってぇ腹積もりか?」
「ん? ラーリが行きたがれば行ってもいいけど、まだまだ気になることが多すぎる」
「まぁ、まずは自分ところの大陸をどうにかしなきゃならんわなぁ」
リアーネは立体地図を作成するために収集した情報のうち、魔力濃度の分布図を思い浮かべていた。
その後は、計測機器などを取り外し、機体各部の確認をしてから補修を終わらせ、地図情報の更新も行うのだった。
◇
「うっわー……。えー………。リーネちゃん、これ本当に飛ぶの?」
「ん。もう何度も飛んでる」
簡易構造の物を含めて飛竜機に使った魔法陣と解説資料をまとめた本を錬金組合に持ち込めば、帰って来たばかりの狐人族のペトロネラが実物を確認したいと言って、簡易工房まで見に来ていたのだ。
「ね、あっちは? リーネちゃんは手伝わなくていいの?」
「ん。量産できるように設計した簡易型の飛竜機。リーネが手伝ったら意味がない」
ペトロネラは、まだ胴体部分の骨組みだけの姿をした飛竜機に目を向け、自分の相手をしていて大丈夫なのかと心配したのだが、リアーネの答えを聞いて予定通りに乗せてもらうことにした。
「ふぁ、ふわー……、リ、リーネ、ちゃん。大丈夫、なんだよね!? 落ちない? ねぇ、ひゃぁっ!!」
副操縦席に着いたペトロネラは機体が浮き上がって行くと、尻尾の毛を逆立てて手摺りにしがみついていたのだ。
ある程度の高さにまで達したら飛行に切り替えるときには『浮揚』の効果を徐々に低下させて高度が急激に変わらないような制御が行われていたのだが、前進し始めたことにも驚いて声を上げるのだった。
飛行を始めて四半刻もすれば、慣れてきたのかペトロネラも話をする余裕が出てきていた。
「ね、これって鳥とかにぶつからない?」
「んー……、一応、防御障壁の類が弾いてくれるはずだけど、今のところぶつかった記録は無い。……うん、無い」
機体の事故履歴を表示させて確認するが、ほかの飛行物との衝突事故の記録は無かった。
「じゃあ、圧縮庫の容量を増やすことってできるかな?」
「ん。乗客席を減らせば、その分増やせる」
「じゃあじゃあ、トレーラーくらいの容量のってできないかな?」
「ん? トレーラーの荷台も圧縮庫だよね? できなくはないけど、同じだけの大きさの荷台が無いと駄目だよ? それに機体が大きくなるほど多くの魔力を蓄積しなくちゃいけないし、機敏な操作もできなくなる」
乗員二名、乗客十名の飛竜機でさえトレーラーに使われる以上の魔力を蓄積させているのだと教えると、難しい顔になるのだった。
「んー………、それよりかは、迷宮の転移を利用すれば良いんじゃないかな?」
「どういうこと?」
ノィエトゥアとトゥッカー間で転移ができると判明したのだから、ほかの迷宮も霊脈のある深さまで迷宮を拡大させれば霊脈を通じて転移できるようになる可能性を話すと、もの言いたげな目をして実施するのは不可能だと呆れられるのだった。
「いや、迷宮自体は拡大させちゃ駄目でしょ」
「ん……? 霊脈の深さまで穴を掘ってから迷宮核の設定を変更したら、そこに新しい迷宮核ができないかな?」
「えー? どうだろう?」
ノィエトゥア迷宮の地上部にできた迷宮核の複製のことを思い浮かべて、考え込むペトロネラであった。
ラスカィボッツ上空を折り返して帰ってくれば、その速さに感動し、量産型が完成すれば教えてほしいと頼み込むのだった。
「あー、それと、地図が表示されるの便利よね。魔導車にも載せられないかしら?」
「ん。できる。浮揚車にもあったほうが良いかな?」
街中の詳細地図と都市間の広域地図とを別々に用意する必要がありそうだと、すぐに考え始めるリアーネだった。
完成と言って資料を造っておいても、気になる箇所を見つけると改造をして、快適さと安全な空の移動を追い求めていくリアーネの姿を見て、ヴィヒトリも量産型の作成をしている職人の指導に力が入るのだった。
いつしか空調と小さく簡易なものだが冷凍冷蔵庫に台所、トイレまで搭載しながらも、ベッドを載せられなかったと悔しそうにつぶやいていたのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。