190 待望の報と転移先
雨の季節が過ぎ五月に入ったばかりの頃、ノィエトゥアの狩人組合には久しぶりに見る者達が顔を出していた。
「みなさん、お久しぶりです!」
探索者の帰還の声にいつものように答えようと目を向けた受付嬢と待合室に居た探索者は、声の主を認識してしばしの間、驚きに言葉を詰まらせたのだ。
「………!! お、お帰りなさい!」
「はい、ただいま戻りました。事前の予測通りだったので助かりました」
遥か大陸の南の果てにあるトゥッカーの迷宮へと調査に向かったリクハルド達が帰ってきたのだ。
その日、ノィエトゥアの狩人組合では、リクハルド達に労いの酒を振る舞って現地の話をしてくれと催促する探索者で溢れるのだった。
「ラスカィボッツの更に西、河口の街デウタから船に乗った私達は大陸の西の端を回って沿岸部にある街を経由して、攻略中の迷宮を抱えるヴァイスヴェルへと到着し………」
リクハルドを中心にした集団から離れたところでは、ラウリー達がリアーネに代わって各地で魔導具の登録を行っていた狐人族のペトロネラを囲んで話していた。
「どこ行ってもリアーネの魔法陣は歓迎されたわよ。凍結乾燥機に封入食品関連、食器洗い機とかは特にね」
「良かったね、リーネ!」
「ん。あれからまた造ったけど」
「あはは! きっと驚くよ!」
「それは今いいって。ほら続き」
「ペトロ姉さま、早く続きなの」
「はいはい。湿地帯の街マンナティの先は攻略中の迷宮を抱える二つの街に寄って、その先はもう未踏地域になるのよ。おかげで岸の状態も解らないから、小型船で上陸して周辺の確認をしてたわよ」
ペトロネラはリクハルド達にチラリと目を向けて、彼らが先行したのだと言う。
◇
港周辺の海面では白尾永鴨が長い尾羽に寄って来た魚を獲っていたが、探索者一行には関心が無いようであった。
「流石にここは浅すぎて無理ですね」
「リック。向こうならどうだ? あれって、一応桟橋だろう?」
湾の奥まで入り込み砂浜になっていることを確認した一行は、湾内にぐるりと目をやって桟橋に目を止め、そこへ小型船を近付けると十分な水深があることを確認した。
問題があるとすれば、石でできた桟橋の所々がひび割れて、今にも壊れそうなところだろう。
「こんなとき、あの嬢ちゃん達がおればいいんじゃがなぁ」
「言いたいことはわかるけど、ここはスレヴィの出番だろ」
重い腰を浮かせて髭小人のスレヴィは桟橋に降り立ち、魔法で修復を始めるのだった。
その間、リクハルドは通信機で船と連絡を取ってから、周囲を警戒しながら桟橋を渡って岸へと向かい、鼠や鼬、蛙の魔物を見つけて身を隠す。
「ねぇ、小振りな魔物か大ぶりな魔獣かどっちだと思う?」
大鬼族のジャミーラがノィエトゥアの最下層付近で見た覚えのある獣の姿が、思った以上に大きくて躊躇してしまうのだった。
リクハルド達の班は、放置されていた迷宮を持つ街を解放するための魔物の駆除に参加したことが無かったために、地上に沢山の魔物が居る状況に戸惑いを感じていた。
「食いでがありそうなんだ、どっちでも良いじゃねーかよ」
虎人族のウオレヴィは、迷宮で狩った蛙などが食用として十分に美味しかったことを思い出し、大きいことは良いことだとしか考えていなかった。
「どれも魔物じゃないの? 地上に出てても不思議じゃないでしょ」
狼人族のルベルギッタはどちらにしても狩る対象でしかないと、細かいことは考えるだけ無駄と切って捨てた。
「そう考えて対処したほうが良いでしょうね」
森人のリクハルドは危険度は高く見積もっていたほうが、怪我をしなくて済むと冷静に判断をする。
「まずは、一当てしてみますか」
梟人族のパウリーナは狙撃銃を構えて気合を入れなおし、どれから狙おうかとリクハルドの判断を仰ぐのだった。
スレヴィが桟橋の修理を終えた頃には、ほかの探索者の班員も加わり港周辺にいた魔物のほとんどは討伐が終わっているのだった。
ここでは一隻の魔導船が残って街の確保に従事することになる。その魔導船は桟橋に接舷し、牽引車につながる特徴的なトレーラーを降ろしていく。
牽引車は港街の中へと走り出し、三台の資材を積み込んだ圧縮庫を引く牽引車と、六台の『家』を引く牽引車が隙間を詰めて停められたのだ。
「これがあのお嬢さんの考案したものなんですね……」
「まったく、面白いことを考えるもんだ」
「実際に造るほうも、どうかしてると思うけどね」
リクハルド達は狩りの拠点となる魔導車の列を見やってから、廃棄された街から魔物を駆逐するために行動を始めるのだった。
翌日には迷宮の入り口を発見して迷宮核の複製に登録するが、転移できる場所が表示されることは無いのだった。
崩れた街壁の内部から魔物を排除するまでには、半月ほどの期間を必要とした。
◇
「リーネの考えた物って、なに?」
「あら、知らなかったの?」
「ん。レアーナの爺様に手紙を出しただけ。リーネも実物は見たこと無い」
各地を巡って魔法陣を登録する旅の途中のバービエントでのんびりとお風呂に入っているときにした、ラウリーとの会話で思いついた牽引式家車が、既に完成して運用が始まっていたことにリアーネも驚いていたのだった。
「リーネ、そんなのまで考えてたんだー」
「うちは爺ちゃんに聞いてたけど、リーネは聞いてなかったんだ」
「その車があれば天幕が要らなくなるの。リーネ凄いの」
牽引式家車は製造するのも大変なので天幕が不要になることは無いのだが、移動式の家に受けた衝撃が大きすぎて、皆そこまで思い至らず話は進む。
「その後、その港街には船が一隻残って、街壁の修復とか迷宮に扉を付けるとか拠点確保に残ったの。で、私達は次の迷宮を目指すことになったのよ。そこが、元トゥッカー王国の王都。王都内に居た魔物を討伐していくのは同じなんだけど、港までは海が氷に覆われてるし、街は堅い雪で埋まってたし、壁のあった場所より内側には迷宮が無かったのよね」
それから郊外の探索を始めて、徒歩で半日ほど離れた山裾に迷宮の入り口を発見した。
迷宮核の複製に登録すると転移先にノィエトゥアを選べることに気付いたのだった。
「で、私は役目も終わってたから先に帰還することになったのよ。リック達はここの最深部に最初に到達した班だしね。今頃はほかの班の人達が拠点化のために忙しいんじゃないかしら」
リクハルド達も一日体を休めたら、またトゥッカーへと転移して攻略の準備をしていくのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。