188 飛行試験と操縦系
「ん! 完、成っ!!」
夏の盛りも過ぎ去って雨が多くなって来た頃、飛竜機の操縦席で確認作業をしていたリアーネの声が簡易工房に響き渡った。
『またか嬢ちゃん。試験飛行をせんことにゃ、どこに不具合が潜んでおるか判らんのじゃぞ』
「ん。わかってるけど、言いたくなる。外に出すから気を付けて」
気持ちは解ると笑いながら簡易工房の外へと移動を始めるレアーナの祖父ヴィヒトリは、携帯魔導通信機を手に注意の言葉を掛けるのだ。
全長十七メートル、全幅十八メートルの大きな飛竜機を支える車輪に掛かっていた負担は、起動と共に機体を包み込んだ『浮揚』の魔法に軽減されて、そのまま魔法を制御してゆっくりと工房から外へ出る。
操縦席に居るリアーネは機体や動作に問題の無いことを計測魔導具の表示で確認する。
外では浮揚車に乗ったヴィヒトリが、目視で警戒しながら飛竜機に合わせて移動する。
そのまましばらくは地上の走行を続けながら各部の動作を確認していく。
「ん。地上試験終了。問題無し」
『なら次は離着陸じゃな』
座席正面の表示盤には速度や機体の姿勢に高度、方位に広域地図と魔力の充填率などが表示されていた。
その脇に括り付けた確認表の試験項目に印を付けて漏れの無いことを確かめると、次の項目へと進めていく。
加速梃の浮揚ボタンを押し込んで、ゆっくりと前方へと突き出していけば、連動するように機体がふわりと地を離れて静かに浮き上がっていく。
『ふーむ。大したもんじゃな。小ゆるぎもせんと浮き上がっとる。そのまま方向を変えてみようか』
了解と伝えてヴィヒトリが十分に離れていることを確認してから、足元の方向舵を踏んで右回転、左回転と機体の向きを変えていく。
浮揚時には機体の重心を中心にして回転するように設定されているために、直感的に操作ができるようになっていた。そのため翼端が建物などに接触しないように気を付けていれば、大きな問題は無いのだった。
「ん。いい感じ。機体問題無し」
何度かの離着陸を繰り返し、想定通りの動作をすることと、機体に異常の無いことを確認していった。
◇
数日の試験飛行で洗い出した不具合を全て改修し、操縦補助用の魔法陣もある程度使い物になったため、リアーネとヴィヒトリ以外の飛竜機に詳しくない操縦者を求めることにした。
「えっと……ここを、こうして、こう。リーネ、あってる?」
「ん。あってる。じゃあ、加速梃をゆっくりと動かして」
副操縦席に着いたリアーネが、操縦席のラウリーに起動前の確認と操縦の仕方を教えているのだ。
一つ一つ丁寧に説明していく中でも、すぐに理解できる部分と、そうでない部分が判ってくる。そういったところは解り易い説明の仕方を考えたり、計器の表示方法を再検討することにした。
操縦に関しても、できる限り直感で動かすことができるように修正を加えていく。
知識の無い人にとっても容易に理解できる操縦系を作るためにラウリー以外にルシアナ、レアーナ、ロレットと操縦を体験してもらっているうちに、皆はすっかり飛竜機の操縦を習得してしまうのだった。
この間にも操縦補助の魔法陣含めて機体各所の修正が行われていたが、リアーネは耳を倒して少しばかり遠い目となり、大変だった出来事を思い出すのだった。
◇
「リーネ、この……扉開放? が赤く光ってるんだけど?」
「ん。飛竜機の扉がちゃんと閉まってないと、光るようになってる」
「じゃあ、こっちの、衝突防止はなに?」
「ん。機体の近くに何かあれば光るようになってる。まだ離陸してないし、工房の建物もあるから光ってる。動かす時は周りに注意の印。離着陸は建物から十分に離れてした方が良い」
ロレットは一覧表示された警告を上から順に確認して、一つ一つ対処も行い準備ができるまでには操縦席から何度も立つことになるのだった。
「えっと、こっちが機体の姿勢を操作するんだよね……、あ! 地上でも姿勢変わるんだ」
「ん……。それは想定してなかった。レーア、できれば浮いてからにして」
離陸前にもかかわらず操縦桿の動きに合わせて少しだけ機体が傾くことに、リアーネのほうが驚くことになるのだった。
「わかったよーっと。それでこのボタンを押しながら、っと。お? 浮いたかな?」
「ん。大丈夫。もう少し押し込めば上昇速度が速くなる」
レアーナは堅実に操作方法を確かめながら、機体に無理をさせずに操縦できるようになっていく。
「えっと、これをこーして、こうだっけ?」
「んーん。ルーナ、そこはボタンを押しながら」
離陸時に加速梃をボタンを押さずに操作したため、推進器が唸りを上げて機体が地上を走り始めた。
簡易工房前の狭い範囲しか整地していないために、地面の凹凸を拾ってガタガタと振動が伝わってくる。それに慌てて加速梃を戻し過ぎたために、減速をしたかと思えば後進し始めてしまうのだった。
「んっ!! ラーリ速すぎっ! 減速してっ!」
「にゃっ! どれだっけ!? にょわぁー………っ!?」
加速梃を目一杯まで押し込んで、速度計の目盛りの上限に張り付いたまま操縦桿と方向舵に触れてしまい、錐揉み回転しながらも高度を維持して突き進んだのだ。
「リーネに、ま、任せた!」
「ん! 任され、た!」
副操縦席に操作を切り替えて、加速梃を引き戻して速度を落とせば、途端に機体は安定を取り戻し、ほどなく機体を水平に戻すのだった。
ラウリー達の協力により、計器の大きさや表示位置の調整に飛竜機用のゴーグルを用意したり、座席に操縦桿の調整なども行っていた。
速度計の上限にも余裕を持たせる変更をして、最高速度試験なども行うのだった。
高速域では操縦桿の遊びを多く取るように修正することによって、操縦が困難になる程の錐揉み状態になることも無くなるのだった。
ほかにも飛行速度が速くなるにつれて、機体が振動する箇所が発見されて修正を行っていく。無茶な飛行を続けていれば歪みも出てくるために、形状や強度を上げるための修正である。
「なぁ、リーネ? こいつで翼竜と空中戦でもする気なのか?」
「そうですね。狙撃銃なりを据え付ければ、できそうな気がしてきますね」
ほぼ完成状態の飛竜機の試験飛行を頼まれたルードルフとローラントは、思った以上の運動性能を持つことに、直接翼竜を狩るのかと勘違いをしたほどだった。
「ん? 考えてなかった。この飛竜機はあくまでも高速輸送が目的。翼竜と遭遇しても基本逃げることしか考えてなかった、けど……」
「いや! 考えなくていいから!」
「さすがに、後ろに乗員を載せての空中戦は無茶だよ」
このときの言葉から小型の試作飛竜機から乗客席を外した機体に、連続発射機構を持つ銃を搭載した空戦用飛竜機が考案されるが、リアーネが必要としなかったために実用化されずに資料の片隅に記述されるに終わるのだった。
◇
「しかし、こいつを量産するのは難しそうだのぅ……」
「ん? どこまで追い込めるか試しただけだから、もっと構造を単純化させれば、性能は落ちるけど量産できると思う」
こんな感じと言って、リアーネは風洞試験もしてない模型を腰鞄から取り出すのだった。
それは円筒形の胴体と直線の翼で造られており、『翼竜』よりも『矢』を想起するような形状の機体であった。
「あぁ、うすうす気づいてはおったが、お前さん遊んでおったんか。まぁ、解らんでは無いな。儂もその、そっけない模型のやつより、こいつのほうが面白いからのぅ」
真っ白に色を調整されて完成を迎えた飛竜機の下面には、ラウリーの意見を採用してヒレを広げた飛魚が描かれているのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。