185 魔導の竜と新機軸
「そういやーお嬢ちゃん、何か思いついたかのぅ?」
「んー。二つ……三つかな? 無くは無い」
リアーネが狩人組合に顔を出すと、居合わせた組長が魔導船や魔導車以外の遠隔地への移動手段を何か思いついたかと聞いて来たのだ。
「ん、まず、迷宮と一緒。転移する」
「なにっ! できるのかっ!?」
「んー……、迷宮核を解析すれば可能かもしれない。ただ、迷宮内で転移できる先は魔力的に接続されている場所に限定される……可能性が高い」
「そりゃあ、古い通信魔導具が真銀でつながれてた、みたいなことかい?」
「ん。そう。次はメディナトーレにあった魔導鉄道。ただ、魔物に魔導鉄道や線路が壊される可能性もあるから頑丈に造らなきゃならないし、補修の人員を派遣するのも大変」
「あー……、うむ。確かにありゃあ便利そうだが、主流になっちゃおらんからな。魔導車のほうが良いんじゃろうのぅ」
「ん。今考えてるのは大きな浮揚車が近い。森も川も崖も越えて行けるから道を整備しなくていい」
「そうか! なんじゃ、それならすぐにできそうじゃな。期待しておるぞ」
小さな乗り物と大きな乗り物だと必要となる技術などが大きく違ってくることもあると、狩人として働いてきた組長が思いつくことでもないために、心配事が解消されたと仕事に戻って行くのだった。
◇
「うーむ。面白いもんじゃのぅ」
「ん。だいぶ良くなってきた」
ノィエトゥアにある浮揚車を製造する大工房の一画でリアーネとレアーナの祖父ヴィヒトリが、新しい玩具に目を輝かせるように大きな実験装置を前にしていた。
直径二メートルの透明な円筒の中を轟々と吹き抜けていく風にさらされて、翼を広げた翼竜から尻尾の半分と両脚を切り落としたような形状の物体が、鼻先に付けられた紐がピンと張って浮かび上がっていたのだった。
風上からは煙がたなびき風の流れが見えるようになっており、二人は真剣な目をして風が渦巻き滞っている場所が無いかと観察しているのだった。
「この辺はもう少し厚みが欲しいのぅ」
「んー……、なら、こんな感じ、かな?」
実験装置内で浮かび上がる翼幅一メートル程の翼竜モドキと同じ物がリアーネ達の前にあり、風の流れが滞っている箇所を変形させていく。
一通り修正箇所が無くなれば、実験装置内の翼竜モドキと交換してから、風の流れを観察することを繰り返していた。
「動力も無しにここまで安定して浮かび上がるようになるとはのぅ。まだまだ知らんことが沢山あるもんじゃ」
「ん。そろそろ実機を造り始めても良いのかも」
初期の物は全く浮かび上がらなかったり、姿勢が安定せずにグルグル回転して円筒にぶつかり壊れるたびに、修理を行い形状を変え何度も実験を行ってきたのであった。
駆け足の数倍の速度で移動する浮揚車に比べて、リアーネ達の造ろうとしている物はもっと大型で高速移動を目指していた。その分、受ける風の影響も大きくなることが予想できるだけに、こうして模型を造って形状の模索をしていたのである。
数日後には場所を確保し、実機の部品を造り始める。
いくつか試験していた模型の中でも小型機を想定した物の構造材が出来上がれば、拡張工事のために切り開かれた壁外の広場のうち、鍛冶組合が確保した一画に石造りの簡易工房を魔法で造って、組み立て作業を始める予定である。
「うむ。このくらいの大きさの物じゃったら、組み立ても随分早くできるじゃろぅ」
「ん。でも、実用的な強度があるかは、試験しないと判らない」
「そりゃそうじゃ。しかし、この発泡構造と炭素の繊維には驚かされたわぃ」
筒状の硬銀軽銀合金の中は骨を模して発泡させた金属で埋めることによって、強度を上げながらも重量の増加を抑えていた。
その外側を編み込むように炭素繊維で覆って金属に埋め込んでいくことにより、粘り強さを強化していた。
「ん。繊維を造るのは『木材変形』でできるけど、編み込むのは大変……」
「ま、そうじゃのう。それは機織り機でも用意せにゃならんじゃろうな」
外板を張り付け『重量軽減』用の魔法陣を施して、内壁の木材との間を埋めるように魔力を蓄積させるための魔石を発泡させて、同様に発泡させたゴムを緩衝材として構造材と一体化させていく。
魔石の発泡構造は断熱効果を狙ったものでもあったが、重量以上に魔力を蓄えることができるという嬉しい発見があったのだ。
このことがきっかけとなって蓄魔力に優れた形状が研究されるようになるのだった。
「おーい! 持ってきたよー」
「おぉ、レアーナか。よう来た」
浮揚車に乗って現れたレアーナは簡易工房の前に降り立った。
「はぁー……、もしかしてもう完成してるの?」
「いやいや。まだ完成には程遠いのぅ。ほれ、素材をたんまり持って来たんじゃろぅ」
「あー、そうだった」
外板が全て取り付けられていたために完成したのかとレアーナは思ってしまったが、リアーネの作業が内装に移っていただけであった。
浮揚車の圧縮庫から取り出したのは金属や木材以外にも、頼んでおいた座席も含まれているのだった。
「変わったシートベルトだよね。何か聞いてる、爺ちゃん?」
「うん? 確か、激しい上下動が起こっても座席から投げ出されんように、じゃったかな」
腹の辺りで留めるように六方向から帯が付けられ、その帯の根元は強めのバネで引っ張られており、座席に体を固定させるようになっていた。
「ん? レーア、ご苦労さま。早かったね」
「リーネ! 見て見て! うち、この椅子の仕上げ手伝ったてたんだ。早くできたのは模型のおかげで、完成品の目指すところが解り易かったからだね!」
書面だけで伝えるのは困難だろうと思ったリアーネは、手に乗る大きさの椅子の模型を造ったうえで、レアーナの父ウォルガネスに制作の依頼を出していたのだった。
機体後部の扉から降りてきながら、リアーネは素材を持って来たレアーナを歓迎した。
ひとまず休憩にしようとリアーネがお茶の準備を始めて、最近の調子を聞くのだった。
「あー、うん。ぼちぼちわかって来た、かも? 魔物素材って扱いが難しい、って言うよりも知識が無いと無理! 大変! って感じかなぁ?」
「おぉ、それくらいは解るようになったんか。奥が深いからのぅ……、儂でも扱えん素材があるくらいじゃから、まぁ、焦らず気長に修練を積むしか無いかのぅ」
甘い菓子を口にしたはずのレアーナは、苦い物を食べたような顔になるのだった。
「ん。全部に精通する必要は無い。まずはリーネ達が必要な物だけ使えるようになれば十分」
「わかってるよー」
この先、探索に必要になる物を自分の手で造りたいと言ったのは、ほかならぬレアーナ自身であるために、頑張るしかないと瞳の奥に強い輝きを宿しているのだった。
「ん! 完成!」
「おぉ……、ついにか!」
休憩後すぐにレアーナはテルトーネへと戻っており、日が暮れる前に座席などの取り付けも終わらせたリアーネとヴィヒトリの二人は完成を喜ぶのだった。
「しかし、実際に飛行試験をせんことには、本当の完成とは言えんがのぅ」
「ん。わかってる。試験は明日にしたほうがいいよね」
暗い中での試験飛行は危険であるとの判断であり、茜色に染まり始めた空を見上げて、当然だと答えが返るのだった。
◇
後日、『浮揚』の腕輪を着けたリアーネ達が乗り込んで試験飛行をするのだった。
ヴィヒトリが魔力の無駄になっている場所の有無を判断するために、魔力濃度計測器などの観測機器も乗せていた。
離着陸や上昇性能、飛行の安定性や舵の応答性、失速時の挙動など操縦性にかかわる部分はできる限り簡単で直感的に理解ができる形態を模索する。
ほかにも最高到達高度や最大想定荷重の積み荷を載せた状態での試験飛行、それらの状態での魔力の消費量など、どの程度の性能があるか確かめるための試験飛行なども繰り返された。
その過程で、気になった箇所や強度不足、魔力の滞った箇所などの改良が何度も行われることになるのだった。
こうして飛竜機と名付けられた高速で空を飛ぶ四人乗りの小型試験機が完成し、一回り大きな十二人乗りの飛竜機の開発が始まるのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。