184 欠陥推定と拡張案
「嬢ちゃん! 悪いんだが、ちょっと説明してやってくれ!」
「ん? リーネ? 何かあった?」
ユスティーナの研究室へ行こうとして錬金組合の受け付けの前を通りかかったリアーネに、魔導具組の組長が声を掛けると、周囲を確認しながら首を傾げて応えるのだった。
説明もなく急かされて連れられた先は通信魔導具の前であり、映像の無い通話相手と話している職員は、理解できずに空回りする会話に弱り切った表情になっていた。
「おい! 代わってもらえ。コスティ聞こえるか? そいつの開発者が来たから代わるぞ」
「ん? 開発? 何の魔導具?」
『おぉ! そりゃありがたい! いやなに、いま出先で中継機の設置作業をしとるんだが、どうにも上手くいかんのだ』
「んー……、中継機? どの大きさ?」
そうして、やり取りを続けて判ったことは、五百キロの通信可能な距離を誇る最も大きな魔力波施設の中継機の設置作業中であり、地中海沿岸部にある大都市メディナトーレとつなぐための物だという。
しかしながら、テルトーネ方面とは接続できるのだが、肝心のメディナトーレ側とつながらず、どこに原因があるのか調査中であるということだった。
「ん、メディナトーレには都市部用の中継機の設置は終わってるんだね。えっと……、中継機の番号がほかの物と被ってない? 送受信機の接続忘れとか輸送中の破損とか……」
まずは思いつく原因をいくつも挙げていき、確認をしてもらうことにした。
後日、メディナトーレ側で造った中継機の複数の魔石をつなぐ真銀の質と魔法陣の精度が低いために、想定した出力が得られずに送受信可能な範囲が狭くなっていたと判明する。
見つかるまでには、それこそリアーネの造った魔法陣とは別の物を使った魔石では無いかなどと、思いつく限りの要因を挙げることになったのだった。
このことを契機に、確認用の一覧表が作られることになる。
「ん。もうこんなに中継機の設置が進んでるんだね?」
「あぁ。おかげで、ほかの街とのやり取りが随分楽になったもんだ」
これまでは運輸組合の輸送団によって各組合宛の手紙が、唯一の連絡手段となっていた。
手軽にほかの街と連絡が付けられるようになると、書面で契約を交わす必要のあるような重要なもの以外は、通信で済ませるように変わってきているのだった。
現在ではラスカィボッツから更に西へも設置が進み、リクハルド達が船に乗った港を擁する街や、東部方面ではブハラトムーレを含む大陸最大の湖であるアルバッハルモーブ周辺の街とも通話ができるようになっていた。
話も終えて組合を後にしようかと思っていると、受付嬢に必死の形相で制作依頼も受けてほしいと頼まれる。
「もう本当にこの時期になると冷風の魔導具とか冷蔵庫とか冷却外套とか! 製造に改造、修理の依頼が多いんですって! ね、助けると思って、いくつか受けてくれませんか?」
「ん。ユーナのとこに行くから無理」
そっけない風を装い断って、リアーネは耳を倒して受け付けの前から足早に逃げて行くのだった。
◇
「あ! リーネ姉ちゃん、いらっしゃい!」
「ん。ユーナは?」
「はい、いらっしゃい。ちょっと待ってねー……」
何やら奥の机で書き付けているようで、しばらくヴィーヴィと雑談しながら待つことにした。
「あー、受け付けで捕まってたんですかー。ヴィーも依頼受けてーって言われちゃいましたよー」
「ん。大変そうだった。時間があれば受けても良いんだけど」
「今はちょっと無理ですよねー」
お互いに困った顔をして、乾いた笑いを溢すのだった。
「はい、お待たせ。ラーリちゃん達が温泉なんて見つけるから、ちょっと大変よね」
「そのわりには嬉しそうですよ?」
ノィエトゥアの拡張工事に関して最終的に各組合の意向を取りまとめるのは議会の役目であった。
議会へ提出する前の、錬金組合内での要望などを反映した街の設計をユスティーナが請け負っていたのだが、ここ数日は変更部分の調整に忙しくしていたのだった。
温泉が見つかったための調整作業ではあるが、公衆温泉の規模や建設場所を考えることが、ことのほか楽しかったと、緩んだ口元に表れていた。
部屋の中心を占める卓上には、人や物の動きを予測して施設などを書き込んだノィエトゥアと周辺の地図が広げられていた。もちろんこれは錬金組合として必要な物や欲しい物を中心に考えられており、ほかの組合でも同じように準備が進められていた。
最終的に各組合の長が集まり議会を開き協議することになっているのである。
「それで、リーネちゃんはどんな感じ?」
「ん。造って来た」
卓上の地図を片付けてから、腰鞄から取り出したのはユスティーナの編集していた地図と同じ大きさの模型であり、現在のノィエトゥアはもちろん周辺の地形をラウリー達が持ち帰った立体地図を元に再現されていた。
「うわー……」
「凄いわね……」
ひとしきり目が引き付けられた二人は、次第に笑顔となっていく。
「勝ったわね」
平面の地図に比べて模型であることによって高い訴求力が発揮され、ユスティーナは錬金組合の主張が通りやすくなるだろうと感じたのだ。
「さぁ、新しい街を造り上げましょう!」
「「おぉー!」」
三人は意気も高く、配置するための施設などの模型造りに没頭するのだった。
後日、出来上がった模型を錬金組合に持って行くと、切望した救援がやっと来たというような笑顔で受付嬢に迎えられる。
「皆さんお揃いで! この依頼、受けていきませんか!! 特別報酬で提供中です!」
「あらあら、今日は組長に用があって来たのだけど」
追い詰められたように分厚い依頼の束を取り出す受付嬢に、別の用事があると笑顔で受け流すユスティーナを見て、リアーネとヴィーヴィは凄いと感じるばかりであった。
組長を呼んで来るから依頼お願いしますと離れていく姿を見送り、そんな余裕を持てるだろうかと予定について話しながら会議室へと移動するのだった。
「おぅ! できたか! 早速、見せてくれ!」
開口一番、会議室の扉を開けて入って来た組長が促して、リアーネが卓上に大きな模型を取り出すのだった。
それを目にした組合長は放心したように見つめ続け、いつしか漏れ出した笑い声が大きくなっていき、ひとしきり笑った後に三人を労った。
「勝ったな」と、小さく溢していたのに気が付いたのは、近くに居たユスティーナだけであった。
協議の場でも錬金組合が有利に話を進めることができたのは何も模型の力だけでは無く、ほかの組合との連携も考えられているものであったからだろう。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。