182 深い裏口と新風潮
「んー……、どうしたら早く迷宮の最下層に行けるかな」
雑談中にリアーネが何か考えている風な顔をしてこんなことを聞くときは、新しい魔導具の構想でも練っていることが多いとラウリー達は知っているため、バカバカしいことだろうと思いついたことを全部はき出す勢いで考え始めるのだった。
「魔物が居なかったら早く行けるよね?」
「だねぇ。地図はもうリーネが作ったから迷わないし」
「うーん。橋も階段も扉も付けなくて良いんなら、もう少し早くなるよね」
「直接最下層に行ける道があれば一番早いと思うの」
そんなの無いよね! という雰囲気の中リアーネは、やっぱりそれしかないかと考えていた。
◇
「わっわっ!? 何ですか、これ?」
「どうしたのヴィー? 今、手が離せないから、こっち来てくれる?」
ユスティーナの研究室に来たヴィーヴィは、室内を占めるように架台に支えられている大きな物体を目にして、驚きの声を上げたのだった。
「うはー……、大きいですねー。えーと? 頼まれてた資材を持って来たんですけど」
「あぁ! 待ってたのよ! さぁさぁ!」
扉を入ったすぐの所に置いたままになっていた台車を押してくるが、室内の中央には組み立て中の大きな円筒状の物体が横たえられており、ユスティーナの居る側には行けなかった。
「それで、これって何ですか?」
「さて、何だと思う? あれ見ても良いわよ」
円筒越しにされた質問に対して、壁の一画を占める黒板を見て推察してみろと答えて作業に戻ってしまうのだった。
そこには直径三メートルの円筒の先端に、土石を圧縮、石化して強度のある内壁を造るための魔導具を装着すると読むことができるのだった。また、圧縮しきれずに残される土石は圧縮庫に収納すると書かれているようだ。
「えーっと? 穴掘り用の魔導具ですか?」
「うーん、それじゃあ、五十点かなー」
「えー? まだあるんですかー?」
更に読み取ろうと目を通して行けば、過剰な程に地中を含めた周辺の状況を読み取るための仕掛けが書き込まれていることに気が付くのだった。
「何ですこれ? 井戸でも掘るんですか? それとも鉱脈でも探します?」
「ふふふ。良い答えね。そう言った用途にも使えるでしょうけど、本命は……リーネちゃん!」
「ん? ただの穴掘り魔導具だけど?」
円筒の陰に隠れて見えなかったリアーネからの返答は、ヴィーヴィの最初の答えと同じであった。
「もー。それだけじゃあ、目的を説明しきれないでしょ。これはね、ヴィー、迷宮の最下層までの直通路を造る魔導具なのよ!」
ババーン! と、拳を振り上げ宣言する横で、リアーネは小さく焦ったような声を上げていた。
ガラン! と軽くは無い金属音が響くと、ユスティーナは慌てて元の作業に戻るのだった。
大きな骨組みに外装を張り付けるために、形状を合わせようとリアーネが魔法を使っている間ユスティーナが保持していた部材から手を離したのだ。
落ちた部材は魔法の影響下にあったために軟らかくなっており、床にぶつかった拍子に変形したり裂けたりしていた。
「何してるんですか、ユーナさん……。ほら、こっち押さえてますから」
ヴィーヴィは呆れたように呟いて、抑えきれていない部材を押さえる手伝いをする。
リアーネは溜め息を吐きながらも落ちた部材を手に取って、再度変形をさせると時間が巻き戻るように元の形状を取り戻していき、調整を再開するのだった。
◇
ラウリー達五人でノィエトゥア迷宮の五層に転移してきた一行は、迷宮核の複製から近い、階層の最外周から安全な場所を選定し横穴を掘り抜いて行く。
「うはー……、ちょっと大掛かり過ぎない?」
「ん。でも迷宮から魔物が出て来る危険は少なくしたい」
さすがに大変だと、思わず声が出るレアーナに、リアーネは意図を説明していく。
元々はひとまず完成した掘削用の魔導具の試験を兼ねているのだが、竪穴の直下に設置して万が一にも魔物に利用されるわけにはいかないと考えたのだ。
ラウリー達が周辺の警戒をしているうちに横穴と小部屋を造り上げ、ようやく設置作業が始まる頃には三刻以上が経っていた。
「んー……、よし。じゃあ出すよー」
小部屋の一画には傾斜した架台を設置して確認が終わったところであった。
ラウリー達は少し離れて安全を確保し、魔導具を取り出すというリアーネの声に準備はできていると応えるのだった。
ガン! と、音を立てた印象を放って現れた円筒状の大きな魔導具は、実際にはルシアナ達の『念動』の助けを借りたために静かに架台に横たえられた。
「大っきいね、リーネ! もう起動する?」
「ん! 起動!」
取り出された魔導具の大きさに驚くラウリーの声を聞きながら、尻尾をゆらゆらご機嫌な様子でリアーネは魔導具を起動する。
見守る皆の気合など気にすることも無く、魔導具は決められたことを静かに実行に移し始めた。
壁際の状態を読み取り強度が十分と判断すれば、岩を切り取り内蔵された圧縮庫に収納され、強度が足りないと判断されれば圧縮や石化、結晶化などが行われる。
そうしてゆっくりと掘り進みながらも回収した岩から鉄を抽出して、軌条と歯車付きの軌条が形成されて魔導具を支えるようになる。
「ふー……、もう『念動』の補助は無くて良さそうだねー」
「ん。順調に動いてる。後は圧縮庫がいっぱいになるか、設定した魔力濃度の場所まで掘り進むまで動き続けるはず」
「リーネ、その場合、魔導具はどうなるの? 穴の底で待ってるの?」
「ん、そう……だ、け、ど……。失敗した。上がってくるようにしたほうが良いね」
頭を押さえて、構成をどうすれば良いのかと考え始めるリアーネに、止めなくて良いのかとラウリーが聞くと慌てて魔導具を停止させるのだった。
停止させたときには魔導具の先端がほんの少し埋まるほどしか進んでおらず、最下層に到達するにはどの程度の期間が必要だろうと少々心配になるリアーネであった。
魔法陣の構成を変更して魔石に焼き付け魔導具の物と取り換えて、あらためて起動させて見送るのだった。
「リーネ、どれくらいかかるの?」
「ん……わかんない。最下層に着くより早く圧縮庫がいっぱいになると思うから、毎日様子は見に来るつもり」
「うまく行ったら攻略中の迷宮が、みんな攻略されちゃいそうだねー」
「そっかー。ちゃんと機能したら普通に攻略するより、よっぽど早く最下層に行けるようになるんだ」
「じゃあ、大陸中の迷宮が攻略されるかもしれないの! リーネ凄い物造ったの!!」
賑やかに魔導具を見送り小部屋に取り付けた扉も閉めて、狩人組合に戻るのだった。
◇
地中の空洞なども探知して、領域に近付き過ぎない距離を保って掘り進んだ魔導具は、設定されていた魔力濃度の近くの階層と高さを合わせた深さまで掘り進んでいったのだった。
およそ三ヶ月半後に最下層付近へ到達し、そこからリアーネが横穴を開けて領域の最外縁につなぐことに成功した。
「やったね! リーネ!」
「ん!!」
確認に同行したラウリー達が集まり、口を開けた領域内を見渡していく。
「「「寒っ!!」」」
すっかり想定から外れてしまっていたために、最下層の寒さにさらされ震えることになり、皆は慌てて防寒具を着こんだうえで暖房の魔法も使って人心地つくことになる。
扉を取り付けてから地上に戻り、精一杯のやり切った顔で組合に報告するのだった。
錬金組合に魔法陣と解説書が提出されるや否や、焼き込んだ魔石と解説書の複製が攻略中の迷宮を抱える各地の街へ輸送されて、掘削用魔導具が造られることになるのだった。
最下層の攻略が進められて迷宮核へと到達したという連絡が各地から入るのは、まだ先のことである。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。