181 ロレットと調薬室
「「「よろしくお願いします!」」」
「はーい。みんな頑張ってね。じゃあロットも、しっかりね」
「わかったの」
マリーレイン錬金術工房には、見習いになったばかりの少年一人と少女二人がやって来ていた。
ロレットが手が離れたとはいえ、住居を提供しているために内弟子を取ることは考えていなかったが、通いで来る見習いの指導は時々行っていたのだった。
今年は迷宮の転移先が見つかるまでという条件でロレットが受けることになっていた。
「みんなには、お薬の調合を主に指導することになるの。実は魔導具が良かったって子は居るかな?」
「興味はーあるけどー、僕はーお薬ー作るんだー」
ふわふわとした苗色の髪に紅紫色の目をした羊人族の少年オーラフは、おっとりとした雰囲気に違わぬ話し方で答えた。
「ヴィルだって!」
月白色の髪に青紫色の目をしたロレットと同じ狐人族の少女ヴィルマは、もふもふの尻尾をブンブン振って元気に返事をする。
「エリーも、する」
飴色の髪に藤色の目をした兎人族の少女エリーザは、控えめに長い耳をピコピコと揺らしながら言うのだった。
「みんなは、どんな種類のお薬、知ってるかな?」
「えっとー、病気のときにー飲むーお薬ー」
「熱を下げる、お薬!」
「えっと、虫刺されの、お薬も?」
「そうね、ほかにももっといろんな種類のお薬があるの。例えば………」
殺虫剤や虫除け、虫刺され薬などの身近な物から除草剤や液体肥料、助草薬など草木の薬、牧場に居る魔獣用の薬などを作る者もいるのである。
その中でも病気に合わせて症状を軽減、治療するための薬の調合が一番の腕を振るう場面であろうか。
「ほかにも魔法の力を込めたお薬もあるの」
「「「魔法薬!」」」
「そう。狩人さんや探索者さんは魔獣を狩るお仕事をしてるから、怪我をすることだってあるの。そんなときにすぐに怪我を治してくれるのが魔法薬なの」
「知ってるけどー見たことーないー」
「迷宮が発見されて、探索者さんが増えたから魔法薬も沢山使われるようになったの」
「知ってるー」
「せんせーが言ってた!」
「うん。言ってた」
「はい。今日はどんな種類のお薬にとっても、一番重要なことを教えるの。さて、何でしょう?」
「えっとー……、薬草?」
「薬草って一杯種類あるんじゃなかった?」
「治癒魔法?」
「それも大事なんだけど、やっぱり一番となると『お水』なの!」
塗り薬にしろ飲み薬にしろ体に取り込むものであるため、害のあるものが含まれていては、治るどころか症状を悪化させかねない。
そのために綺麗な水を必要とするのだが、少女達は学院での調合実習では蒸留水を用意するのも手順の一つとしてしか認識していなかったのだった。
「もちろんお水だけが綺麗でも意味が無いの」
ロレットは清潔に保たれた調薬室の中や器具を示していく。
「お掃除ー大変そうー」
「毎日お掃除するの?」
「大変だー」
「ふふー。毎日どころか、器具だったら日に何回も洗うこともあるの。それだって『浄化』とか魔法が上手に使えるようになると、楽にこなせるの」
魔法でお掃除するんだと、驚きと羨望の目を向ける少女達である。
「みんな学院ではどんな薬まで調合したの?」
「えーっとー、石鹸ー、虫除けー、熱冷ましー、傷薬ー……かなー?」
「ふふん! ヴィルは回復薬の調合もしたのです!」
「えっと……最下級の、魔力回復薬、です」
エリーザが答えると二人の視線が集中し、ビクリと身を隠そうと周りを見回し始めるのだった。
「そっかー、みんな凄いの。では、今日は回復薬から始めるの」
そうして素材と器具の準備から、下ごしらえや各器具で何を行っているのかを説明しながら進めて行く。
一般的に薬草類は薬研で粉砕するのだが、目的の成分によっては別の器具を使うこともできるのだった。
主に揮発成分などが必要な場合は粉砕時の熱が問題になるために、何か簡単な方法は無いかと思っているときに、リアーネによる凍結乾燥機が登場したのだった。
そして試作を重ねて凍結粉砕機を造ってもらったことで、薬草の下ごしらえが簡単にできるようになったのだ。
ヴイィィィィーッ! と、音を響かせて、あっという間に粉末になった薬草に少女達は目を見開いて驚いた。
「どんな薬草にも使える訳じゃ無いから、薬研を使った方法も知ってることは大事なの」
「「「えーっ?」」」
あまりにも簡単に薬草を粉砕したことにより、大変な思いをして薬研を使う意味があるのかという疑問が声となって出るのだった。
各工程で使う魔導具が学院で使っていた物よりも魔力の消費が少なくて技量が上がったのかと不思議そうにしていた少女達も、魔導具の性能の違いだと明かされて、どういうことであるのかというロレットの雑談を興味深く耳を傾けながら作業を続けるのだった。
「リーネさんー、すごいねー」
「だよね! 色んな魔導具開発してるのかー」
「うんうん。かっこいい」
その雑談のせいでリアーネに対して尊敬の念を抱いた少女達は、魔導具師に対する興味も芽生えるのであった。
「えっと? どうしてこうなったのー?」
少女達の目指す先は、未だふわふわとした印象しか持っていないために、何が影響を与えるのかを考えたことも無かったロレットであった。
「そ、そうなの! 魔力操作の訓練は頑張った方が良いの!」
何になるのしても魔力操作が上手くできれば、力になってくれるのだとリアーネがよく言っていると無理やりに結論付けて、少しでも少女達のためになればと助言をするのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。