179 ルシアナと森歩き
テルトーネの南西にある管理区域内の森は、学院に入ったばかりの子供達でも歩き易いような道が整備されているが、狩人見習いともなれば道を離れて進むようになる。
「うぉっと! 危ないなー」
「あー、ごめんごめん」
剣鉈で邪魔な枝葉を熊人族の少年が掃っていると、犬人族の少年の元へ小枝が勢い余って飛んで行ったのだ。
のんびりとした動作で頭を掻きながら謝る熊人族のナータンは、茜色の髪に朱色の目をしており、線の細い印象が残るが一際大きな少年である。大きな盾を背負い剣を佩いた姿はまだまだ持たされている感じを受けるのだった。
驚き過ぎたと恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、キャンキャンと噛みつくように抗議する犬人族のニクラスは、辛子色の髪に金色の目の少年だった。真新しい狙撃銃を肩から下げて傷が付かなかったかと手にしていた。
「何やってんのよ、あんた達。ルシアナさんが呆れて見てるじゃない」
尻すぼみな言い訳をして目を逸らす少年二人に注意を飛ばす森人のノーラは、若草色の髪に菫色の目をした少女である。
「うん。二人とも気を付けてくれたら大丈夫だよ。それにしてもノーラはどうして弓じゃ無いのよ」
「え? だって、みんな選んでたし……」
森人が弓を持たずに狙撃銃を肩から下げた姿を始めて見たルシアナが思わず溢してしまい、ノーラが何か悪いことをしてしまったのかと不安な様子を見せて、ちょっと寂しいだけだから気にしなくていいと宥めることになるのだった。
「ナータンはもうちょっと考えて剣鉈使おうな。むやみに切り付けたら木にも剣鉈にも良くないんだから」
剣鉈の扱い方や道の選び方、目に付いた草花や樹々についても名前を知ってるか聞き、見分け方や採取方法、何に使われるかなど知っているか確認し話して聞かせる。
「はい、止まってー。この近くに危険が潜んでるよ。はい、わかる人ー?」
ルシアナの言葉に剣鉈を構えて注意深く周囲を観察し始める三人は、しばらくしてからナータンが見つけたと言って指し示す。
その先の木には何かしらを表示する札が付けられていたのだ。
「はい正ー解! ナータンよく見つけたよ。これは何の表示でしょうか?」
「「「罠!」」」
「またまた正解。でも罠の種類によって札の形は違うんだよ。種類までわかる人ー」
「「「うーん?」」」
丸い札は括り罠で三角は熊挟み、四角は落とし穴と離れて見ても判別できるようになっているのだと話して聞かせる。
「管理区内だったら括り罠しか仕掛けることは無いんだけど、覚えておいてね」
「「「わかったー!」」」
付けられた札から罠の種類とおおよその設置場所を説明し、森を歩くときは気を付けるようにと注意する。
食べられる果実があれば採取もするが、その際にはつまみ食いも行っていた。
「「「すっぱーいっ!」」」
「ほらー、だから言ったでしょー。翠林檎は色味でどの程度熟してるか、わかるんだよ」
「えー、色の違いなんて、わかんないよー?」
「うん。どっちも青っぽい緑色だよね?」
「ナータンとニクラスは匂いでわかったりしないの?」
「えーっと。そうだ、夜闇を払う光輝なるものよ、一時の灯りをもたらせ………『持続光』。これで色の違いは判るでしょ? この辺の蒼い実は早すぎるね、匂いも嗅いでみる? こっちが食べごろで翠色でしょ。それからこの黄色くなったのは熟し過ぎだねー」
ルシアナは説明しながら黄色くなったものを採取する。熟し過ぎた翠林檎も味は落ちるが牧場向けとしては喜ばれるのだ。
少年二人はルシアナに示された翠林檎の実を見比べても、色の違いを見分けることは難しそうだと首を振る。鼻を近付けて比べると、蒼い実は鼻を刺すような刺激臭しか感じないのに対して、翠色の実は甘さを引き立てるような酸っぱい匂いが感じられるのだった。
「「美味しい匂いだ!」」
匂いで判別できたと喜ぶ二人に対して、ルシアナと同じ森人のノーラは色味で見分けることができていた。
「丁度良いし、休憩にしようか?」
「「「やったー!」」」
「みんなちゃんと昼食は持ってるかな?」
それぞれが背負う鞄からパンと水筒などを取り出した。
「ルシアナさん、調理道具お願いします!」
ルシアナは腰鞄からコンロや鍋を取り出して、ノーラが魔法で水を入れて火にかけた。
「みんな何用意したの?」
「「「兎肉の赤茄子スープ!」」」
これとこれ、と言って凍結乾燥スープの素と封入食品の兎肉の団子を掲げて見せるのだった。
「うーん、それなら……これと、これ。後はこの辺も入れようか」
目に付いた香芹を摘んで、芽花菜と乾酪を追加で取り出し、サッと魔法で水洗いしてから食べやすい大きさに切って入れていく。
少年二人は微妙な顔になったが、卸金で乾酪を削り入れる頃には、待ち遠しそうな顔をして待っているのだった。
いただきますの声と共に飛びつくように食べ始めた少年達を横目に、ノーラはゆっくりお喋りしながら食べるのだった。
「んぐんぐ。ね、ルシアナさん。いつも乾酪とか持ってるの?」
「そうだねー、食材は何かしら持ってるよ。ほかの探索者だと保存食以外持ってるのを見たこと少ないんだけど、自分で料理ができるって大事だよー。ボクの班だと先に料理始めるのが居るから出番は少ないけどねー。ノーラは大丈夫そう?」
少年達に目を向けノーラの今後を少しばかり心配するルシアナだった。
「何か聞こえる……あっち!」
「ほんとだ。獣の匂いだね!」
ニクラスが耳をそばだてた方向へ、ナータンが顔を向けて匂いを感じると同意する。
警戒しながら近付いていくと、暴れて剥き出しになった地面の中心近くに、身を横たえる穴熊の姿があったのだ。
「みんな見える? 罠に掛かってるみたいだね。じゃあ、どうしようか?」
「えっと? 仕留めるんじゃないの?」
「だよな!」
「あなた達バカでしょ? どうやって仕留めるかって聞いてるんじゃない。ここは安全に離れた所からね」
今にも穴熊に近付いて行きそうだった少年達を押しとどめるように、ノーラが狙撃銃を軽く持ち上げて示すのだった。
近付く者の音を聞きつけた穴熊は、ピクリと体を震わせて周囲の警戒を始めたようだった。
「そうだね。不用意に近付くのは危険だから、ちゃんと止めを刺してからじゃないとね」
「わ! わかって、たよ」
たらりと汗を滴らせながらニクラスは自分の肩にも掛かった狙撃銃のことを、今更ながらに意識するのだった。
ルシアナ自身も少年達が失敗したときに、手助けできるように弓を手にして備えておく。
ナータンが盾を構えて守りの体勢を整えて、ニクラスとノーラは狙いを付ける。
パシュッ! パシュッ!
ギャウンッ!!
多少の時間差はあったものの、見事に命中させて穴熊は倒れるのだった。
ほとんど身動きをしなくなった穴熊に対して、ナータンが盾を前に出して近付き首元を斬り付ければ、待つ程の時間もかからず全く動きが無くなった。
「「「やったーっ!」」」
「よくできたね! もう、近付いても大丈夫だよ」
それから、罠を外して血抜きのために縄で結んで木から吊り下げる。
使い終わった罠は取り外し方を説明しながら、穴熊と一緒に回収していく。
周囲の荒れた地面にはルシアナが『発芽』の魔法を使うと、一面に芽が出てくるのだった。
「ほーら、見てるだけじゃないでしょ」
ハッとしたように三人は『集水』で水を集めて撒いていく。
獲物を仕留めて昂った精神のままでは危険だろうと、少し早い時刻だが帰ることにするのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。