178 リアーネと研究室
『魔力とは一体何だろうか?』
リアーネがずっと、いだいている疑問であった。
魔力視の能力のある者にとって、意識すれば視界に映り込むもう一つの光源。
そのために完全な暗闇であっても周囲に魔力があれば、見通すことができるのだ。
これまでの生活で、魔力の全くない場所は見たことが無かった。
それでも場所によって魔力の濃度に違いがあり、テルトーネ以外の街はどこも高い濃度の魔力に包まれていた。
それも当然で、魔力の濃い場所では魔力の回復が早くなるほか、動植物が健康的に成長することや、寿命が延びるなどといわれていたのだ。
そのため、魔力濃度の高い場所に都市が造られ国の中心となっていた。
迷宮核はその魔力を利用したものでもあったのだ。
「ん。だから魔力溜まりに迷宮が発生している可能性も考えられる」
「それはまた、本当なら厄介どころの話じゃないわねー」
森人のユスティーナと錬金組合でノィエトゥア迷宮のことを話しているうちに、魔力や霊脈などについて話が広がっていた。
「私なんかも魔力が見えるけれど、実際それがどの程度の濃度かってのは気にしたことが無かったわねー」
「ん。基準を作って数値化すれば、何か判るかも知れない」
そうして魔導具の開発が始まったのだった。
◇
「あっ! リーネ姉ちゃんだ。今日は何造るの?」
「ん? 魔力の計測器……かな?」
蒼い髪に翠の目をした魔導具師見習い三年目の森人ヴィーヴィが、ユスティーナの研究室にリアーネが居ることを見て、今度は何を始めたのかと好奇心に目を輝かせた。
テルトーネに戻ってから何度も顔を合わせており、開発した魔導具の数々を知ってリアーネを尊敬している少女である。
「あら、早かったわねヴィー。確認するから見せてちょうだい」
「はい! お願いします」
ヴィーヴィは手にしていた箱をユスティーナに渡し、中に入っていた魔法陣の出来具合を確認してもらう。
それを横目にリアーネは魔法書に目を通して、必要になりそうな魔法を手帳に転写していくのだった。
古い魔法書には現在一般的に使われている魔法以外にも、効率が悪くて使われなくなった魔法や用途の範囲が狭すぎる魔法なども収録されていた。
迷宮氾濫が原因で失われてしまった魔法の研究書などもあるために、解放したばかりの街から知られていない書物が発見されることもあるのだが、一番新しく解放された街でさえ七年前のことになるのだった。
「んー……、街の開放をもっと進めたほうが良いのかなぁ」
「どうしたの、リーネ姉ちゃん?」
魔法の新しい構成を検討してみても、古い書物に既に研究され尽くした物であったなどということは、よくあることであった。
そういった古書を早期に集めて目録書を作るべきだと主張する研究者は一定数存在するのだが、街の開放は探索者の領分であるため、遅々として進んでいないのであった。
「ん。魔法の目録書、誰か作ってくれないかなって……」
「あれは、違うの?」
研究室内にある本棚の一画を示してヴィーヴィは小首を傾げるが、それはリアーネが魔導具開発のために調べた魔法をまとめた書物であるのだと教えるのだった。
属性毎に目録書をまとめており、風と土、光、無属性魔法といったリアーネが魔導具によく使う属性が特に分量が多かった。そして新しく魔法を調べるたびに何度も書き足しているのである。
「良いかしら、ヴィー? まずここの構成に甘さが見られるわね。それに魔法陣の形状も不安定だわ。途中で集中力が切れるのなら休憩を入れながらで構わないのだけど、作業を再開するときに修正箇所を見失っていることは無いかしら?」
「あぅぅ……。がんばります」
ユスティーナが光魔法で問題のある箇所を示していくと、ヴィーヴィは肩を落としてやり直してくると、魔法陣を持って工作室へと去っていく。
厳しく指導を行うが、見送るユスティーナの目は気遣わしげに細められていた。
「んー、ヴィーはどんな感じ?」
「ふふ。同期の中では頭一つ飛び抜けてるわ。だからこそ、きつく言っちゃうんだけど、気を付けないとねー」
一息ついてから、魔法の構成についての検討を再開するのだった。
基本構造は地図作製機であるが、遠くまで調べられるように大型中継機と同様に感度を高めて魔力を表示するための調整が必要であった。
なにより魔力濃度の基準をどこにするかが一番の問題となる。
「そうねー。何を基準にするかというのは、とても重要なことよねー」
「ん。低い方の基準は魔力の無い状態?」
「魔力の無い所なんて想像もできないけれど、そうなるでしょうね」
「ん。高い方……迷宮のことが知りたいんだから迷宮の濃度」
「迷宮のどこの濃度かが大切ね。下層へ行けば行くほど魔力が濃くなるのよね?」
「ん、そう。なら、最下層?」
「その中でも最深部の迷宮核を基準にするのが良いんじゃないかしら? ここだと複製しか無い訳だけど、何かしら共通点はあると思うしね」
基準さえ決まれば魔法陣を流用して細部の調整を行っていく。
必要量の魔法陣を魔石に焼き付けて、仮の筐体に組み込んで形を造り上げていく。
手持ちの魔石の魔力濃度で仮設定し、数値と色の濃淡で表示するように調整していく。
「ん。試作品完成」
「後は実際に最深部に行って調整する必要があるわね」
それはリアーネが明日にでも行くと答え、この日の作業を終えるのだった。
◇
「ん………。真っ白」
「ほんとだねー。魔力を見えるようにしてるんだよね?」
「ん。思った以上に魔力が濃かった」
ラウリーをともないノィエトゥア迷宮の最深部へと転移してきて、試作魔導具を動作させたまでは良かったのだが想定よりも魔力濃度が高すぎて、表示板が真っ白になっているのだった。
その場で素材を広げて魔法陣を調整して焼き込んで、魔石を付け替えてから起動する。
何度かの調整の末、ようやく満足のいく表示と数値を見ることができるようになった。
「迷宮核が一番魔力が高いんだね」
「ん。魔石が直接見えてるからだと思う」
それでも小部屋の中を見比べても、五十も数値に変動は見られないのであった。
この調整でようやく真っ白だった表示が、黄色と赤を含むものに変わっており、部屋の形の判別が付けられるようになっていた。
地上へ戻ってからも動作確認をして、迷宮の入り口付近が黄緑色になり、そこから離れるに従い青から黒へと近付いていく様子に手応えを感じるのだった。
「ねぇ、リーネ。どうしてこんな所から?」
「ん。龍神様が魔力の濃い場所を探すのを手伝ってくれるかも知れないでしょ?」
双子は『浮揚』で空高くから見下ろしていた。
高い場所から見ると一度に広範囲を確認できることもあり、空を飛ぶ者達に使ってもらうことも念頭に置いていた。
そのため、どの程度の高度まで機能が働くかを調べていたのだが、双子は五百メートル近く上昇したところで限界を感じてしまうのだった。
鳥人族なら飛行が得意だろうと狩人組合で声を掛けて試してもらったが、高度三キロほどで問題無く遠くまで見ることができたんだから、これ以上は勘弁してくれと言われることとなる。
高すぎる場所を飛ぶ意味も見いだせず、そのような場所まで行くと飛行可能な魔獣に見つかって寄ってくることもあり、本能的に忌避するためだ。
全ての調整を終えてから小さな筐体に詰め込むように組み込んで魔力濃度計測器が完成した。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。