177 ラウリーと見習い
「施設内のことは、わかった?」
「「「はーい!」」」
指導対象の三人に狩人組合の各施設の説明をしていたラウリーは、備品庫を最後に案内を終わったところであった。
「それで、ケヴィン……君。その外套、は?」
「フフッ。闇に潜んだオレの狙撃で、どんな獲物も一撃必殺! なんだぜ!」
射に構えて顔を隠すように手を当てて言う狼人族のケヴィンは薄青色の髪に金色の目をした少年で、真っ黒な外套に身を包んでいた。
「ふふーっ。ケヴィはいっつもそれだよねっ!」
相槌を打つように言う兎人族のコンラートは若苗色の髪に赤茶色の目をした小柄な少年で、二本の剣鉈を吊り下げていた。
少年二人は同じ学院出身らしく、楽しそうなコンラートに対して、あくまで格好良さを主張するケヴィンの姿が微笑ましいと思わず眺めてしまうラウリーであった。
「あのねー。狩りのときはこういった目立つ色の外套を着けないと駄目だよ」
「え? ……なんでっ!?」
「ほらー。だから言ったじゃないー」
備品庫の一画に吊るされていた貸し出し用の桃色系と橙色系の斑模様の外套二着を手に取り、ほかの狩人の目に留まるような色になっているのだと、ラウリーは説明をしていく。
ケヴィンは今まで都合よく聞き流していたのか頭を抱えて蹲り、コンラートは今までしていた注意を聞かなかったからだと追い打ちをかけた。
「えっと、ラーリ姉ちゃん。この班……大丈夫かな?」
「どうだろうねー。ラーリもちょっと不安だよー」
少年二人の様子に不安をにじませる馬人族のクレメータは、黒茶色の髪に若竹色の目をしたひょろりと背の高い少女である。見習いになったばかりの年齢にもかかわらず、既にラウリーの身長を超していた。
彼女はラウリー達が学院最後の年に入寮してきたので面識はあるのだが、当時は狩り見習いとしても活動していたために、ほとんど面倒を見たという覚えは無いのだった。
少年達に呆れたような目を向けながら、ラウリーはクレメータの手を取って励ますように握りしめるのだった。
「はーい! それじゃあ、装備の確認しようか!」
三人共に派手な色の狩人用の外套を身に着け、鉈や鞄の中身の確認をする。
「オレ狙撃銃にしたんだ! カッコイイだろ!」
「その狙撃銃、お店の人にお薦めされたんだよねー」
「おぅ! ホントは大きいのが良かったんだけど、まだ無理だって言われたんだよなー」
ケヴィンの持つ狙撃銃はリアーネの造った、銃身が銃床部分まで後退させた型である。
小さな体で扱うのには、この型の銃が適していると考えられるようになっていた。
「弾を込めるのは使うときに一発ずつだからね」
「えーっ。せっかく弾倉もあるのにー」
「持ち歩くときは弾倉外すんだから、仕留めた後に弾が残ってたらわざわざ抜かなきゃ駄目なんだよー。弾倉使うような魔獣が現れたらラーリが指示するよ」
不満を溢しながらも弾倉は鞄に片付けて、革帯の弾入れに一発ずつ差し込んで行く。
「ねぇねぇ! 僕は剣鉈二本用意したんだー」
「ありゃ? 短剣じゃ無かったんだね」
コンラートの両腰に吊るされていたのは、小振りな剣鉈であるようだった。
「武器工房のおじさんがね、左右で同じ形の物にしたほうが扱いやすいって教えてくれたんだよ!」
「そうかも……。ラーリは最初、剣鉈と短剣だったけどなぁ」
「そうなのラーリさんっ!?」
よほど驚いたのか目を見開いて詰め寄ってくるのを、双剣の扱い方を見てあげると約束することで何とか抑えることができたのだった。
「ウチのはどうかな? ラーリ姉ちゃん」
「うーん。ごめんねー、大っきい人用の装備って良く判らないんだよね。でも、ちゃんと選んでもらったんでしょ?」
「うん! ウチ走るの好きだから、槍もこれが良いだろうって!」
クレメータは円錐形をした刺突特化の槍と、細長い菱形をした大きな盾を持っていた。
身に着けた防具も堅い革製のしっかりしたもので、成人後には金属で補強した物を使いたいのだと話してくれた。
その後は昼食を持って街の外の管理区域内をお散歩気分で進んでいく。
「みんなは、あの札知ってる?」
「「「知らなーい」」」
奥のほうまで来てから木に括り付けられた黄色い木札を示して聞くと、知らないとの返事があった。
軽く説明すると札を見つけては指をさして報告してくるようになる。
「看板がある!」
「気を付けろ。罠かも知れない!」
「見てみれば良いって」
少年達は賑やかしく看板に近付き、書かれた内容を読んでいく。
「「「毒草注意?」」」
「毒草だね。なんだろ? ……、毒香芹か。香芹と間違えて食べたりしないでね」
「「食べないよ!」」
「ラーリ姉、どうして毒草こんなにあるの?」
「痛み止めに使ったりするらしいけど、害虫とか害獣駆除に使われたりするほうが多いかな。煙玉の素材にもなるんだよ。これ以外によく使われてる毒草も、こんな感じに管理されてるんだよ」
一刻も歩けば休憩を入れ、その都度お茶と行動食という名のお菓子を摂るようにする。
「「「おいしーっ!」」」
「良かった。今日持ってきたのはラーリの班のみんなで作ってるんだよー」
「じゃあ、じゃあ。普通の行動食は違うの? んぐんぐ」
「うーん……、あんまり食べる機会無いなー。違った覚えはあるけど、今どうなってるかは知らないねー」
「んぐんぐ……、どういうこと? 行動食ってそんなに変わるの?」
「そうだよー。地域の特色が出るし、リーネが保存食を作る魔導具も色々と開発したからねー。これとか、これなんか知ってる?」
ラウリーが腰鞄から取り出したのは、凍結乾燥スープの素と封入食品である。
「「知ってる!」」
「え!? リーネ姉ちゃんが作ったの!?」
「だよー。ほかの探索者さん達にも喜ばれてるんだよ」
「そうなの? 僕の母さんが一品増やしたいときに楽になるって喜んでたよ」
クレメータはリアーネが開発したことに驚き、コンラートは探索者向けに開発されたことに驚くのだった。ケヴィンは気にしたことも無かったようで、尻尾を振りながら嬉しそうに行動食を頬張るばかりである。
「いっぱい採れたね!」
「「「うんっ!」」」
午後を回って組合に戻ってきて、ラウリーが魔法鞄から取り出した紅苺が盛られた籠を前に、少年達は満面の笑顔を浮かべていたのだ。
ほかにも薬草の束などを取り出して、ラウリーが補助をしながら本日予定していた経路と実際に進んだ場所の状況などを一緒に報告させていく。
薬草は組合に納品し、紅苺は少年達が等分にして持ち帰るのだ。
こうした何気ないご褒美は、子供達に狩人仕事が楽しいものだと思ってもらい、続けるための動機付けにするという側面もあった。
「次は二日後だね。じゃあ、みんな気を付けて帰ってねー」
「「「はい! さよーなら!」」」
見送ったラウリーは受け付けに残って指導員としての報告をする。
「ご苦労さまです。指導員のお仕事、どうですか?」
「うーん。どうだろ? まだわかんないこと、ばっかりだよー」
「うふふ。初めはみんな、そんなものです。予定表の通りに進むものでもありませんし、初心者はときに突拍子も無いことをすることもありますからね。大変ですが、大怪我をするようなことが無く見守ることができれば大丈夫ですよ」
「えー……。まぁ、頑張るよ」
自信なさげに答えながらも、尻尾をゆらりと揺らして、楽しかったと思うのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。