176 お見送りと調査団
年末が迫り、そろそろ暖かい日も増えてきた頃、リクハルド達を含めた迷宮の調査団の出発の準備が整った。
「凄いいっぱいだねー」
「ん。こんなにバスが停まってるの初めてかも」
テルトーネの南門近くの停車場には十台のバスが並んで、調査団が乗車を終わらせるのを静かに待ってた。
「おっ! 嬢ちゃん達。見送りに来てくれたのか?」
「アーロイス! みんなも! 行ってらっしゃい!」
「ん。転移してこれる迷宮、ほんとに在るか判らないけど、頑張ってきて」
狩人組合で最終的な調査行程の確認を終わらせて、リクハルド班に続くように多くの探索者がやってきた。
迷宮最下層まで到達してから調査団の出発までに二ヶ月以上も掛かったのは、他所の迷宮に登録した者が転移可能かを確かめていたためである。
この調査には探索者を引退していた者達も含まれており、現在攻略中の迷宮含めて攻略済みの迷宮にも転移可能な場所が無いことが判明したのだ。
そのために、まだ手も付けられていない迷宮へと行って、転移できるのかを調べるための調査団であった。
迷宮氾濫以前の資料と都市を記した地図を参考に、予測をもとにした行き先の選定と、目的地への移動手段である魔導車と魔導船の確保にも時間が掛かっていたのだった。
調査に参加する探索者を各地から募り、転移できる可能性も考えてノィエトゥアの迷宮で登録してからの出発となるためでもあった。
「リック達は、どこの調査だっけ?」
「私達は本命のトゥッカーですよ」
「そうそう! こっからずっと西へ行って、そこから船に乗って行くんだ!」
今は無き大陸南部にある迷宮核を開発したとされている国のあった場所である。
大陸を縦断するように南部まで進むには、広大な未攻略地を進む必要があり現実的な方法では無く、西部域を陸路で進むのは魔導車と操縦者の負担が大きいと考えられた。それに対して西部沿岸地から魔導船に乗って運んでしまえば、負担も少なく早く到着するだろうと判断された。
「ん……、トゥッカーは寒い場所。大丈夫?」
「お、おぅ。大丈夫。聞いてるって。準備に手抜かりは無い、さ!」
近くに居たアーロイスが思わず答えるのだった。
「アーロもトゥッカー?」
「え? い、いや、僕らの班は地中海の南岸だよ」
「ん? 寒いとこまで行くの?」
調査次第では地中海を脱して寒い地域にまで行く可能性もあると言うことだった。
「その点、僕達は地中海北岸を進むから、寒さとは無縁で気が楽だよ」
レーヴィも話に混ざり東部方面へ行くのだと、気楽な様子でいるのだった。
「あら、お見送りかしら?」
「ん。気を付けて」
大きな鞄を手に提げて錬金組合で受付嬢をしている狐人族のペトロネラがやってきた。
彼女はリクハルド達に付いて行くことになっており、預かっていくリアーネの魔法陣を西部方面で立ち寄る街で登録の代行をすることになっていた。
特に大陸南西部沿岸の攻略中の迷宮を抱える街は、ゴーグルなどの魔導具を必要とするだろうと考えられた。
ラウリー達は激励して見送ってから、それぞれの役目を果たすために別れていった。
ラウリーとルシアナは狩人組合へと赴くと、狩人組の組長と話をする。
迷宮も一段落付いたのでしばらくの間、見習いの指導をしてもらえないかという打診があったために訪れていたのだった。
「ラーリやっても良いよ」
「ボクも良いよ。ちょっとやってみたかった」
「そりゃあ良かったわぃ。なんせ、調査団には探索者経験のある狩人が何人も参加しておるから、人手不足でのぅ。いや、助かった」
「でも、転移先が見つかったら、そっちの手伝いも頼まれてるんだよね」
「それまでだったら大丈夫だって」
「聞いておるよ。それで問題無い。移動だけでもひと月近くは掛かるじゃろうし、新しい拠点の確保は大変じゃからなぁ。半年はのんびり指導できるじゃろ。それに見習いの指導は毎日のことでもないしのぅ、探索の休養日に合わせりゃえぇだけじゃ」
見習いの入ってくる前に狩人としての活動を再開させて、周辺地域の最近の様子を知るために狩りの予定を相談するのだった。
リアーネとロレットは錬金組合へと向かい、リアーネは魔導具を、ロレットは魔法薬の作成依頼を受けるのだった。
転移先が判明すれば、現地で登録をした人員が迷宮を抱える街を再建するために物資の運搬を行う予定のため、今から十分な量を確保しておこうという組合の考えがあるためだった。
「リアーネ嬢ちゃんには、なんぞ迷宮攻略の役に立つ魔導具を考えてもらいたい」
「ん? いっぱい造ってきたけど……、今まで以上ってこと?」
「そうじゃな。いったんここまで来たうえで、転移先の迷宮へ行かねばならんのも頭の痛い所なんじゃ。龍神様にバスの代わりをしていただくわけにも、いかんしのぅ」
「ん。考えてみる」
ロレットも各種魔法薬に煙玉などの道具の作成を請け負うだけでなく、マリーレイン錬金術工房に通いで来る見習いの指導も頼まれているのだった。
「父ちゃん! 素材の扱い方、教えて!」
祖父のヴィヒトリは魔導車の製造に長く携わっていたために金属と木材など素材を均質化して扱うことに長けていたため、レアーナは鍛冶の基本をみっちりと教わっていた。
しかし魔物の素材は、素材毎に質にばらつきがあり、どれだけ特性を引き出せるかといった別の技術が必要になるために、それらに長けた父親であるウォルガネスに、魔物素材の扱い方の指導を頼み込んでいた。
レアーナはこれまで魔物素材を使う必要があるときは、ウォルガネスやほかの鍛冶師に依頼していたのだった。
自身の手で扱うことができれば新しい素材が手に入ったときに、より探索に役立てられると考えていたことに加えて、ヴィヒトリからも迷宮で獲れた素材を扱えるようになっておけば、色々と造れるようになって楽しいぞ、と言われていたのだ。
「ふむ。一番新しいのを見せてみろ。話はそれからだ」
「わかった!」
作業が一段落したところで、汗を拭きながらウォルガネスは告げるのだった。
ラウリー達も調査団へ参加しないかと聞かれていたが、目指す先の判らないうちに動くよりも、見つかるまでの間にできるだけの準備をしたいといって断っていた。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。