175 気晴らしと慰労会
「釣るぞーっ!」
「「「おぉーっ!!」」」
雪塗れになりながらの魔物討伐の鬱憤を晴らすように、ラウリー達一行は二十八層へと釣りに来ていた。
ラスカィボッツからリアーネが帰ってきたのは、ラウリー達が氷の大蜥蜴を討伐した日だったので本日の釣りに同行しており、空いた水槽の確認をしてからラウリーの名が書かれた木札を掛けていた。
ラウリーとルードルフ、ローラントは竿を手にして仕掛けの調整を始めており、周囲にはレーヴィやアーロイスのほか、氷の大蜥蜴討伐に参加していた猫人族の姿があるのだった。
「ここで釣った一番の大物ってなんだ? ちなみに俺は百九十六キロの真黒だ!」
「そんなら俺は、二百三キロの紅蛸だな」
「くー……。百五十キロの棘平魚なら勝てるかと思ったのにー」
「勝てそうも無いなぁ。こっちは二十三キロの黄金魚だもんよ」
「「「黄金魚!?」」」
勝てそうも無いと言いながらも、悠然と尻尾をゆらして得意満面になっているのはアーロイスだった。
ラウリー達の周りでは、いつしか釣り自慢が始まっていたが、遠い目をしたローラントがぼそりと溢すのだった。
「僕は十五メートルの蒼海竜だったなぁ。あれは……大変だった」
「「「ちょっと待てっ!!」」」
ラウリー達も苦笑いを浮かべながら、釣れたときのことを話すのだった。
釣り竿は竿受けに立てかけて、お茶やつまみを口にしながら魚が掛かるのを、のんびりと待つ。
唯一竿を持っていないのはリアーネだけで、光魔法で魔法陣を描き出しては手帳に何やら書き付けて、素材を広げているのだった。
一番釣り上げているのはラウリーであるが、針魚や笹魚などの五十センチ以下の比較的小さな魚が多かった。
「リーネ、何造ってるの?」
「ん? 擬似餌。『水中行動』の魔法で時々波に逆らって動くようにしてみた」
水槽に魚を放してきたラウリーはリアーネの元へと立ち寄り、作業が一段落したところで話しかけた。
簡略化した小魚を模した擬似餌を渡されたラウリーは、早速使ってみると言って仕掛けを付け替え竿を振る。
途端に今まで以上の食い付きで、ゆっくりする間もなく中りが来るようになるのだった。
違う魚が掛かるのが楽しくて、何度も仕掛けを変更しては狙う深さを変えたりしていると、それまでにない大きな中りがあったらしく、体が引きずられそうになるのだった。
「にゃーっ!?」
「ラーリ!? ルー、竿頼んだ!」
「なっ! わかったよ」
ローラントは持っていた竿をルードルフに預けると、ラウリーを抑えるために抱え込む。
急いで糸巻を巻ききって竿を岸辺に立てかけてから、ルードルフも駆けつける。
ほかの猫人族も大丈夫かと気に掛けるのだが、何人もが集まっても邪魔になるだけだろうと注意を払うも静観していた。
「おもーいっ!」
「ゆっくりでいいから、巻いていけ!」
「これだけしっかり掛かってるんだ、時間が掛かっても釣り上げられるよ」
「ん……、銛撃ち銃、いるかな?」
「あー……、一応準備は、しておいたほうが良いんじゃないか?」
いつの間にやら釣り場専用に銛撃ち銃と巻き上げ機が据え付けられていたので、リアーネは小さめの銛を準備して糸の沈み込む辺りに狙いを付けるのだった。
四半刻も時間を掛けて、ようやく大きな魚の影が見えてきた。
「リーネ!」
「ん!」
ドシュッ! と、飛び出した銛は狙いたがわず魚影に中り、素早く『麻痺』の魔法を放てば途端に魚の抵抗が無くなり、その間に糸を巻いて引き寄せる。
岸に寄せると周囲から大きな歓声が上がるほどに大きな魚であり、『筋力強化』や『念動』を使って何とか引き揚げたのだった。
「釣れたー!」
「ん。まんまる。何て魚?」
「あー、こりゃあれだ、灯闇魚だな!」
「鍋でもスープでも衣揚げでも、上手い食べ方は沢山ある」
針と銛を取り去り治癒魔法を掛けてから水槽に入れると、元気に泳ぎ出した灯闇魚は、針魚などの小さめの魚を数匹食べてしまったのだ。
「「あぁーっ!?」」
焦った声を上げるラウリーとルードルフの様子に、楽しそうに笑う声が響くのだった。
後に灯闇魚を釣り上げた擬似餌は、釣り人が一つは持つような人気の釣り具となるのだった。
◇
翌日、魚を回収にくると三メートル程ある灯闇魚以外は大き目の枯葉魚や角魚に、小振りとはいえそこそこの大きさがある真黒が一匹ずつしか残っていなかった。
「減っちゃったね……」
「ん。灯闇魚じゃないかな」
「まぁ、そうだろ」
「いつまでも見てないで、引き揚げよう」
たも網や『念動』で一匹ずつ掬い上げては絞めていき、エラや内臓などの処理をして『脱血』を掛けて回収していく。
食事処で料理をしてもらう約束を取り付け、最下層を一緒に狩りをした者達と慰労会を名目に騒がしい時間を過ごすのだった。
しかし猫人族ばかりが集まったのは気を利かせたというよりは、魚料理を前にした彼らと一緒だと満足に食べることが難しいからであるという、ほかの種族の者達の共通した認識ゆえのことであった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。