172 制作依頼と相談書
「やっぱり、リーネちゃんは別格だねぇ」
「ん? みんなできてるよ?」
ラウリー達が迷宮へと行っている頃、テルトーネの錬金組合の建物内にある工作室を借りて制作依頼のあったゴーグルを造るために軽銀の粒から鋼玉硝子に変化させていたリアーネの手際を見やり、年配の魔導具師の女性がしみじみと呟くのだった。
この場には、ほかにも数人の工房を持たずに個人で活動する魔導具師が、同じように制作依頼を受けて作業中であった。
ゴーグルに想定される強度を持たせるために普通の硝子で造ると重くなり過ぎるため、小柄な種族のためにも丈夫で軽く造れる鋼玉硝子が扱えたほうが良いとしてリアーネ達が各地を回ってくる以前に、構造と原理と手順と秘訣を説明しながら手本を見せたうえで魔力操作の訓練を推奨していたのだった。
普通の硝子は珪素を主成分とし中級の『石変化』が使われているのだが、鋼玉硝子は軽銀を主成分とするため上級の土属性魔法である『金属変化』と『結晶化』を使わなければならず、高い熟練度を求められていた。
そのためリアーネ達の居ない間も新人含めて訓練を続けており、時間が掛かるとはいえ、ほかの街の魔導具師よりも技量は高くなっていたのだった。
各地から最近来た探索者だけでなく狩人や新人探索者にも、魔法鞄や携帯魔導通信機以外にゴーグルと闇視機能付き照準器、変わった所では黒眼鏡などが人気があり、作成依頼がよく入ってくるのだ。
リアーネも午前中だけでいくつかの魔導具を造り上げており、できたばかりのゴーグルを依頼者と同じ種族の頭部の型に装着して、受け付けへと持っていく。
「お疲れさま、リーネちゃん。やっぱり早いわね。はい、確かに受け取りました」
「ん、そう? ほかに何かない?」
受付嬢は提出されたゴーグルを軽く調べて依頼票に記入する。
「そうねー……、これと、これ。それから……あっ! これ! お願いできないかな?」
数枚の依頼票を選んだ後に取り出したのは依頼票では無く、少々くたびれた相談書と書かれた物であり、『皿洗いの助けになる魔導具を考案してほしい』と、いうものだった。
「ん? んんー……? リーネ向けだね?」
リアーネは小首を傾げながら相談書の内容を確認してから受付嬢へ目を向けると、困ったような顔をしながら誰も受けてくれないのだと返答があるのだった。
テルトーネでも魔導具を作成する魔導具師は一パーセント程の住人が所属して、現在六百人近くが在籍している。薬や化粧品などを専門にする薬師もそれぞれ同程度の人数が所属しており、マリーレインとロレットは薬師という立場であった。
工房によって得意な制作物は違うために各工房に合わせて組合職員が依頼を分配していたが、そこからもれた依頼や工房へ持って行かれる前の依頼などを、組合で受けることができるようになっていた。
リアーネが依頼票と相談書に要点を記していると、薬品関係を扱う窓口で魔法薬を納品していたロレットが声を掛けてきた。
「リーネ? 何か造るの?」
「ん。でも、お腹減った。先にご飯」
「じゃあ、一緒に行くの」
尻尾をフリフリ錬金組合を後にして、どこで食べようかと相談する。
「今日は何にしよっか……」
「んー……、あったかいのが良い」
こんな寒い時期には屋台で食べる気にもならないために、食事処へ入って煮込み料理をいただいて十分に温まることにしたのだった。
「それで、今度は何造るの?」
「ん。食器洗い機……かな? それなりの大きさが必要だし、新規で魔法陣を構築する必要もあるから、試験機から造らなきゃ駄目そう」
「えっと……? そんな依頼があったの?」
「ん。依頼、じゃなくて相談? 迷宮が見つかってから人が増えて、ノィエトゥアに新しい店がいっぱいできたけど、厨房の人手が足りないんだって」
最近の街の状況を思い浮かべたロレットは、そんなことになっていたのかと初めて気付いたようだった。その間に店員が熱々の料理を配膳して「ごゆっくり」と一声かけて、隣の卓の食器を片付け、厨房に戻っていくのだった。
「ん、とりあえず、食べよう」
「そうなの。いただきます」
店内に目を向けると、少数の給仕が忙しなく配膳などをしている姿に気が付く二人であった。
「大変そうなの」
「ん」
食事を終えるとロレットは先にマリーレイン錬金術工房へと戻り、リアーネは建築組合で食事処向けの調理場製品の大きさを調べてから戻ってくる。
現在も部屋を借りたままなので、リアーネは書庫から必要になりそうな本を選んでから自室で調べものを始めるのだった。
◇
「良かった。すっかりコップも割れずに済むようになったわね」
「ん。汚れもちゃんと落ちてる」
「じゃあこれで完成なの?」
「おめでとう。後はうちでも使えるようなのもお願いしておこうかしら?」
「んー……、あと何回か試験する必要はある。それに家庭用なら、もっと小さくして食器を入れる籠の形も考えないと」
数日後、皿やコップなど食事処でよく使われている食器を使い洗浄試験を繰り返し、幾度かの手直しの末に食器洗い機が完成した。
マリーレインとロレットが魔法薬の調合の合間に様子を見にきていたために試験結果を喜んでいた。
汚した食器を籠に入れて、食器洗い機の所定の位置に収めて扉を閉めて起動する。
「結局、どこが失敗してたの?」
「ん。洗浄用の温水を噴射する勢いが強かったし角度も悪かった。濃い霧状の温水で汚れを浮かせれば、噴射するほうは勢いが無くても問題無かった」
「でもこれ『浄化』だけじゃ駄目だったの?」
「ん? 術者が『浄化』を使うときは、その場で何が汚れか判断できるけど、魔導具にはそれができないから、事前にある程度の汚れは落としておくほうが良い」
「あぁ、なるほどねー。それで今までこの手の魔導具はハズレしか無かったのね」
マリーレインはしきりに感心して稼働中の食器洗い機に目を向けるのだった。
◇
錬金組合に完成した魔導具と魔法陣に書類を持っていくと受付嬢はひどく感激し、早速準備して試験稼働をさせながら書類に目を通していくのだった。
「凄いわね……、食事処の流し台の大きさに合わせてるのね。これならどこも使い勝手が良くなりそう。後はちゃんと綺麗になるかだけ、っと」
最終形となってから十数回の試験ではあるがリアーネも行っているため、問題無く登録もされることになる。
それから調理人組合へと連絡を入れ、やってきた年配の調理指導員が現物を見て話を聞くと、早速組合の調理場に取り付けてくれと頼んでくるのだった。
食事処の経営者は調理人組合に相談に行くことはあっても、錬金組合に直接有用な魔導具を探しに来ることは稀であるため実演の場として使いたいということである。
後日、多くの食事処で利用されることになり、一般家庭にも広がっていくことになる。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。