171 お手伝いと白大鷲
最も寒さの厳しい九月に入った頃、ノィエトゥアの迷宮最下層にあるのが迷宮核の複製であることが判明し、今後の対応が決まったのだ。
ラウリー達が最深部へと赴き核を調べたところで、ほかの複製と同一であるとの結果しか得られず早々に調査は終わっていた。
「お前さんらも、魔物の討伐に参加せんかね」
組長の言葉で、未だ見つかっていない迷宮核の複製を捜索するための魔物狩りに、ラウリーとルシアナも多くの者達と一緒に参加することになった。
◇
「やっと一緒に狩りができるな!」
「結局、最下層に到達するまでに追いつけなかったのも、リアーネが居ないのも残念だけどね」
「あー、うん。言ってたね」
元気のありそうな言葉ではあるが、耳も萎れて明らかに覇気の無い三人の様子に呆れたような声が掛かる。
「今日行くのって五十九層だしねぇ……。ラーリ達がそうなるのも解るけど、もうちょっと元気出そう?」
そうして転移してきた五十九層の扉の外は雪の積もった山岳地の様相を見せていた。
「ローはリーネと同じゴーグルだよね?」
「あぁ。地図の確認は任せてくれればいい」
「僕らの班はこの四人だ。で、同じ経路を進むのが、そっちの三つの班だ」
「今日はリーネ、いないのか?」
雪靴なども準備して、地図を前に経路の確認をしているときに同行する者達にローラントが声を掛け、返事の代わりに疑問を発したのは学院時代の同期生であるケイニーであった。
「リーネ、今日は錬金組合へ魔導具造りに行ってるよー」
旧型ゴーグルの改造など最近ノィエトゥアに来た探索者が有用性を認めて依頼を出しており、多くの錬金工房で請け負っていたのだが、依頼が多く滞りがちであったのだ。
ほかにも街と街を通信で繋ぐための大型中継機を造ったりと、リアーネは忙しくしていた。
現在ではテルトーネの近隣の村だけでなくラスカィボッツとブハラトムーレとの通信も可能になっているが、まだまだ人の居る地域に広がっているとは言えない状況であった。
「レーアもロットも居ないのか」
「うん。レーアは鍛冶仕事頼まれてたし、ロットは魔法薬とか作ってるよ。どれも人手が足りないって組合の人に泣きつかれてた」
「あぁ、魔法薬の在庫キツイって溢してたっけ……」
迷宮内では季節に関係なく様々な種類の薬草類が得られるために、魔法薬のためにも採取を頼まれていることと一緒に、忙し過ぎて不満気な顔をしていたロレットのことを思い出す。
探索者が各地から集まり多くなったのに対し、それらを製造する人員が急に増えるわけでもないために供給量はここのところギリギリであったということである。
これまでも休養日には魔法薬の製造などを行っていたために、治癒魔法の苦手な探索者だけでなく班で数本だけとは言え多少の余裕を持てて居たのだが、安心できるほどとは言えない状況なのである。
レアーナに関しては台車や浮揚車などの大物の制作を手伝っており、こちらはテルトーネとノィエトゥアに限りようやく落ち着いてきた状況であった。
浮揚車などはほかの都市向けにも造っているが、班で所有するにも高価な物であるために売れ行き自体は緩やかなものであるが、個人で持ちたいという者が少なからずいるのだった。
ラウリーの答えに納得したように、今日はよろしくと肩に手を置くのは、こちらも同期生のオイヴィだ。
次の階層へと行くためには斜面を登る必要があるが、今回は未踏破領域を進むために気にする程の傾斜では無かった。
割り当てられた領域にたどり着いた頃には、やる気の無さそうにしていたラウリー達猫人族も体が温まってきたためか魔物を積極的に狩っていくのだった。
「はぁー。ここの階層、味方はこの火の付いてた鼠くらいだよね!」
仕留めた後の鼠を抱え、わずかに残る熱気に顔をほころばせながらラウリーは魔法鞄に回収していく。
「全くだよ。ほかの魔物の冷たさといったら……。なぁ、置いてったら駄目か?」
「何を言いだすんだ、ルー……。珍しく良いことを言うじゃないか」
「ちっがうでしょっ!!」
手袋越しに触っても冷たさが凍み込んでくるような程に冷たい凍鳩を、氷斧の先に引っ掛けて回収していたルードルフの言葉にローラントが同意するのだった。
珍しく突っ込むことになっていたルシアナは、自分以外が猫人族ばかりの班で雪山という寒さの厳しい場所になど来るものじゃ無かったと、今更ながらに後悔していた。
「うわぁー……。蜘蛛の巣、凍ってるよー」
「蜘蛛か。どこかに居るか?」
「周辺に反応は無いみたいだね」
「………うーん? 何かきた。鳥……大っきいね」
樹々の生えた場所の縁を移動していた一行は、雪が積もった樹の間に張られた蜘蛛の巣を見つけ周囲に居ないかと警戒していた。よくよく見ると樹や地面を覆い尽くすように蜘蛛の巣が張られていることに気が付くのだった。
地図を確認して進路の変更を考えているローラントを守るように周囲を警戒していると、大きな魔鳥が上空から接近してきたことに気付いたルシアナが弓を構えたが、その種別を認識すると身を隠すために慌てて移動し始めた。
「うわ……。あの、やたら大っきいやつだよ!」
「え? ルーナ、あの鳥ってあれだよね!?」
「まてまて! どうしたんだ!」
「じっとしてても、どうもならないんだから、取りあえず付いて行こう!」
魔鳥に対して身を晒したまま対処するのは危険だと、ラウリー達は凍った蜘蛛の巣を踏み割りながら樹の陰に隠れて、魔法の準備を始めるのだった。
その魔鳥は白大鷲が元となった魔物であると思われる特徴を備えていながらも、翼幅十メートルを超える巨体を誇り、ラウリー達に迫っていたが樹が邪魔であるために一声上げて進路を変えるのだった。
「焼き滅ぼす炎の力よ、衝撃をもって弾けよ………『火球』!」
「「「天を奔る猛き輝きよ、衝撃をもって弾けよ………『雷球』!」」」
離れていく瞬間を狙って魔法を放つと、まともに受けた白大鷲は『火球』の破裂する勢いと『雷球』による一瞬の硬直によって、ガクリと高度を落とした。
「よっしゃーっ!!」
「ラーリも!」
ルードルフとラウリーが両手に短剣を構えて突撃すれば、ルシアナとローラントは射撃で援護を始めたのだ。
白大鷲はそのまま墜落することは無く、バサリと翼を打ち払い体勢を立て直しながら光をまとうと周囲に氷の礫が形成されていき下方に向けてばら撒かれる。
しかし、手を伸ばせば届く程の高さまで降りてきていたために、走り寄ったラウリー達は氷の礫を飛び越えて二撃ずつ翼を斬り付ける。
「「硬っ!」」
思わず声が揃うくらいの硬さに辟易しながらも、着地と同時に距離を取る。
追撃の射撃が撃ちこまれると、白大鷲はその場で旋回するように翼で打ち払って向き直り、地面を蹴って勢いをつけ、ルシアナ達へと突っ込むのだった。
「ひゃーっ!」
「うぉっと!」
ルシアナとローラントは雪原に身を投げ埋まるようにして、何とか避けることができるのだった。
クェェェェエエエエエエエェェェェェェー……ッ!!
見ると白大鷲は凍った蜘蛛の巣を突き破り、両脇の樹によって翼が砕けただけでなく、その先にあった樹に嘴が刺さっているのだった。
「「今のうちにっ!」」
止めを刺そうと足を踏み出したラウリー達よりも早く蜘蛛の魔物が姿を現し、白大鷲を糸で絡め取っていく。
「にゃあっ!」
「うぉっと!」
現れた蜘蛛の魔物は青みがかった白い姿に、濃紺の目が隠されており、雪の中では遠目に判別の難しい姿をしていた。
「ね、どうする?」
「飛ばないだけ楽なんじゃねえのか?」
「雪に足を捕られるから、できれば近付きたくはないんだよねー」
「ボク達で何とかするって! 猛々しく荒ぶる風よ、空の断層を引き裂け……『衝撃波』」
「焼き滅ぼす炎の力よ、燃え盛る死の領域をなせ……『炎壁』! そういうこと」
ルシアナの『衝撃波』が蜘蛛の魔物の周囲にあった雪を吹き飛ばしただけではなく、降り積もった雪をまとっていた蜘蛛本来の姿があらわになった。
鮮やかな蒼の巨体を認識したところにローラントの『炎壁』が取り囲んで焼いていく。
たまらず炎を消そうと転がりながら、氷の礫などを出現させるが、一向に消える気配のない炎によって、氷の礫は放たれること無く淡く消えていくのだった。
その間にも射撃が加えられていき、仕留めることができるのだった。
「はぁー……、よく、あれだけ暴れたよねー」
「あぁ。ちょっと、俺らじゃ対処できんなぁ」
「それより、そっちの対処は任せたよ!」
「そうだね。早くしないと糸が切れそうだ」
炎を消そうと飛び跳ねて周囲の樹々にぶつかっていた蜘蛛のために、白大鷲を拘束していた糸も緩んでいるようだった。
慌てて近付いたラウリー達が、短剣を突き刺し白大鷲に止めを刺してから、周囲に危険が残って無いかと視線を巡らせる。
「ね……、こんなところに穴があるけど、どうする?」
「おぉ? なんか、魔導具の反応あるな」
「確認しないわけには、いかないでしょうね」
「ルーとローに任せた!」
蜘蛛の魔物が暴れた結果、白大鷲の拘束されていた樹の根元近くの穴があらわになっていた。それを見つけたラウリーの尻尾は沸き立つ心のままに振られ、その先にある魔導具の反応に、どうしようかと相談するのだった。
ルシアナは周囲の警戒に当たって、ルードルフとローラントが魔法を使って穴から硬く凍った土をかき出し、小さな箱を見つけだしたのだ。
「おー! ほんとにあった!」
ルシアナが調べて開けると、中には杖を持った魔神ザドゥの意匠が象られた蒼い腕輪が入っていた。
「何だろこれ?」
「魔導具だろ?」
「ルー……、何の魔導具かが知りたいんだって」
「俺に判るわけないし!」
回収だけして戻ってから調べてもらうことにするのだった。
その後も毒を持った蜥蜴の魔物や、氷をまとって水を操り囮として使う蛇の魔物といった、十メートルを超えるような強力な魔物が各領域に一体現れるのだった。
それ以外でも五メートル近くある猿や狼、熊の魔物などを狩っていき、予定していた領域の討伐を済ませるのだった。
地上に戻って魔導具の腕輪を調べてもらったところ、知識を引き出すときなどの補助をしてくれる物であり、魔法を使う際の助けにもなることが判りローラントが所持することに落ち着くのだった。
この腕輪をリアーネに試してもらうと、秒時計で数回測って「ん、誤差」とだけ言い興味を示さなかったのだ。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。