X06 双子の猫の出逢い
「ローッ! はやくのぼってこいよ!」
「ルー、そんなせかすな。さおもったままじゃ、むりだよ」
ルーと呼ばれた金髪に翠の目をした少年は、竿を担いだまま器用に湖畔に突き出す木を登り、樹上に造られた釣り台から声を掛ける。
ローと呼ばれた橙髪に蒼の目をした少年は、釣り台から吊るされた籠の中に荷物を入れて、慎重に登っていくのだった。
この二人、兄のルードルフと弟のローラントという猫人族の双子であった。
ラスカィボッツより西の山裾にはラドゥマータという大都市があり、その近郊の湖畔の村バーザバカラで双子は生まれ育った。
漁師を営む父に連れられ湖畔で釣りをするような幼少期を過ごしていたためか、猫人族の本能によるものかは判らないが、魚好きに育つことになる。
学院へと通うようになると村では獲れない海の魚のことを知ることになり、どうしても食べてみたくなった二人は、村の外に興味を持つようになった。
「父ちゃん、海ってしってるか?」
「もっといろんなお魚がいるって先生がいってた。ぼくたちいってみたいんだ!」
「そうかー。ほかの村や街に行きたいんなら、魔導車の運転手になるのが一番だなー」
「「くるま!」」
そんな父親の言葉に魔導車好きも刷り込まれることになる。
◇
「それがどうして探索者になったのよ」
「あー……あれだ。運輸組合の人に聞いたんだっけ?」
「あぁ。各地へ行く機会はあっても、すぐまた別の街へ行くから、釣りができる程の余裕は無いんだと。その点、探索者は迷宮から帰ってきたら休養日を挿むからね」
鬼人族の女性ダリアの言葉に双子が答えれば、納得の声が返ってきたのだった。
地元で狩人となった双子はラスカィボッツ迷宮以降、地中海沿岸地域を釣りに、迷宮探索にと転々と移動した。
一つの街で腰を落ち着けるよりも、その土地ならではの魚介類と料理があることに、上級迷宮への探索が許される頃には気が付いていたためである。
彼らは現在、港湾都市ランビドの迷宮七階層の探索中であり、ほかに竜人族の男性二人と班を組んでいた。
「それにしても、こう、迷路が続くとまいるよなー」
「ルー……、この辺りは地図もしっかりしてるんだから文句を言うな」
「俺は! 早く、釣りが! したいん、だ!!」
通路脇の水溜まりから這い出てきた蛙の魔物が、ランタンで手元を照らしながら地図を確認していたローラントに向かって舌を伸ばして攻撃してきたところを、左右の短剣で斬り捨てながらルードルフの駄目な叫びが響くのだった。
「ルー、助かったが、なんだその願望駄々洩れの気合の入った叫び声は……」
心底呆れたように頭を抱えて言ってから、経路を示して移動を再開するのだった。
港湾都市にある迷宮だけあって、この迷宮には水溜まりや川、海と呼ばれる広くて塩水を湛えた湖がある。
迷宮の中であるから魔物が居るとはいえ海水魚も多数いるために、一部の探索者にとっては漁師に気兼ねなく釣りのできる、人気の釣り場となっている階層などもあった。
最低でも十五層まで行かねば迷宮核の複製の近くには釣り場が無いために、ルードルフからは逸る気持ちが溢れているのだった。
「はぁー……。やっと八層だよ!」
「野営の準備もしたいが、とりあえずは休憩が先だなー。さすがに疲れたし、何より腹が減ったよ」
ローラントの声に答えるようにルードルフの腹からキュルルルと音がして、気まずそうにしながらも夕食の準備を始めるのだった。
干した野菜と肉で作るスープと硬いパンだけであるため、ほどなく準備も終わらせて、さて食べようかというときに、少女ばかりの五人の班が階段を降りてきた。
「「「ついたーっ!」」」
「お腹減ったー」
「ん。先に八層の確認してる」
「はいはい。扉の確認はボクの役割だよねー」
「スープどれにする?」
「豆とトマトと羊乳と……」
「「「豆っ!」」」
魔法鞄から卓に携帯コンロに鍋を取り出し魔法で生成した水を注ぎ入れ、新鮮そうな肉に野菜を刻み入れて煮込んでいくのを、ルードルフ達は何とはなしに眺めてしまうのだった。
「なぁダリア……お前もあれくらいできないのか?」
「ウィリーの言うことじゃないだろそれ」
「ちげぇねぇ」
竜人族の二人と鬼人族のダリアは三人共に料理が苦手でルードルフとローラントに任せていたのだが、実のところ双子も料理が上手いわけでは無かった。
狐人族の少女が握り拳程の固形物を投入しスープを仕上げると、辺りには美味しそうな香りが一気に広がり、ゴクリと唾を飲み込んで視線が釘付けになるルードルフ達だった。
「すまない。最後にスープに入れたのは何だろうか?」
ローラントが好奇心のままに思わず声を掛けると、凍結乾燥したスープの素だという答えが返ってくる。
その時になって、ようやく少女たちの顔を確認した双子は、先日釣り場と錬金組合で出会ったばかりの猫人族の双子の少女の姿があることを認識するのだった。
「「君らは確か!」」
「その声は?」
「ん? 釣りのお兄さん?」
お互いに探索者であると思っていなかったために、驚きの声を上げるのだった。
先日、食事を一緒にした時にはリアーネの造っていたゴーグルや魔法鞄に気を取られていたが、美味しそうなスープの匂いに釣られるように探索中の食事についての話を聞くことになるのだった。
「そうかー。そのスープの素と封入食品が手に入るようになれば、俺達でも探索中に美味い飯が食べられるようになるんだな」
「これは、本当に凄いことなんだよ。もう、いくら感謝の言葉を言っても足り無さそうだよ。本当にありがとう!」
食事が終われば野営の準備を行い、気になっていることを中心に話が交わされていく。
その過程で地図作製機や新構造の銃、携帯魔導通信機など探索の助けになる魔導具の数々を知ることになるのだった。
翌日、共同で探索をして魔物に不意打ちを受けることも無く、魔石を探す手間も無く、思った以上に高性能な魔導具であると感じるのだった。
その日のうちに十一層へ到達し迷宮核の複製で登録をして地上へ転移し、早々に錬金組合に魔導具の制作依頼を出すのだった。
◇
その後も共同探索を続け、休養日には十五層で共に釣りをして、いつしか双子の兄弟は双子の姉妹に魅せられていくのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。