169 氷の翼竜と目的地
「あー、参考になるかは判らんが迷宮深部の資料に目を通したことはあるか?」
組合へと戻ってきた一行の報告を受けて組長が資料を手にやってきた。
「えぇ。さすがに五十層を越えればその辺りの資料にも目を通さないと、何が起こるか判りませんからね」
「俺らみたいに力押しだけで行ける階層はその辺りまでだな」
「ほかの班と合同だって言っても、何も考えずに行けるのは六十層が限界だろう」
「ん。ここ迷宮、一層が実質十六層とすると、最下層は八十一層になる」
森人のリクハルドも竜人族のイルファン、猫人族のアーロイスというそれぞれの班長は大型の魔物に対する困難さを認識しており、資料にも目を通していると答えるのだった。
対してラウリー達はリアーネがサッと目を通していただけである。
「あぁ……、嬢ちゃん達は仕方のない部分もあらぁな。でだ、大型の魔物の対処法だが、まず考えるのは、身を隠して見つからないように通り過ぎることだ。それが無理なら別の経路を探せば良いし、なんならほかの魔物を誘導してそちらに注意を向けさせるのでも良い。後はまぁ、罠でも仕掛けるくらいしか無いんだがな」
ザックリまとめると、およそこの四種類の方法がとられていた。
ラウリー達が搦め手とも言える方法ばかりを使って攻略をしてきたのには、リアーネがそれらの資料に目を通していたことも影響していたのであった。
「正面から戦ったりは、しないんだ」
「ん。それは論外」
「ははっ。手厳しいがその通りだ。まともにやり合おうなんぞ、間違っても考えるもんじゃねぇよ。生き残れば英雄だが、死んじまったらそれまでだ」
寂しそうに目を伏せて呟く組長は、気を入れなおして先を促す。
「そうですね、私達が取るべき方法としては、罠を張ることでしょうか」
その後はどのような罠を用意できるか、効果的か、設置可能であるかが話し合われて、準備のために数日が掛けられることになる。
◇
『こちらリック班。みんな、準備は良いか?』
後日、準備を終えた一行が再び巨大な氷の翼竜の見える崖の上までやってきた。
崖に沿って屹立している柱の陰に隠れるように班毎に別れて配置に着いており、各員が持つ共通番号に合わされたゴーグルの通信機能を通して、指揮を執るリクハルドからの確認の声が届いたところである。
「ラーリ班。銛撃ち銃と投射機の準備は終わったよ」
『アイス班、準備は終わった。いつでも撃てる』
『イル班。ちょっと待て……、よし、今設置が終わった』
ラウリー達以外のアーロイス率いるアイス班と、イルファン率いるイル班からの報告も聞こえてきて、準備が進んでいることが判るのだった。
『よし、各自強化魔法の付与が終われば報告』
その声に、筋力や器用さなど各種強化を施し終われば報告をして、リクハルドの号令で多数の銛が撃ち出された。
鋼索の付いた銛の多くは翼竜の体表で弾かれていたが、数本とは言え突き刺さった物がある。ほかに投射機から打ち出されて広がった網状の物が翼竜を囲むようにいくつも広がっていく。
『刺突確認! ラーリ班、アイス班。魔法、放て!』
「ん! 『爆裂火球』!!」
ドドドドンッ! と、一斉に翼竜の体の右側に刺さった銛を中心に大きな爆発が起こり崩した体勢を立て直すために翼を広げ浮かび上がる。完全に飛び立つ前にリクハルドの指示が飛び、左体側で爆発が起こるのだった。
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ………!!
ひび割れたような咆哮を上げながら広がっていた網の上に落ちた瞬間に、複数の大きな落とし穴が形成されて転がり落ちるのだった。
「巻き上げ終わんないー!」
「ん。その間の攻撃は任せて」
ラウリーとルシアナ、レアーナの三人は三台設置した巻き上げ機をグルグルと回していたのだった。
リアーネとロレットは狙撃銃を手に、的が大きなために狙いが甘かろうが構わないと速射をしていく。
「こっちきたの!」
「ん! いったん回避!!」
「「「わかった!」」」
巻き上げ終わる前に落とし穴を脱した翼竜はラウリー達の居る崖に向かって移動を始めたために、その場から離れて岩陰に身を隠すと、直後に槍程の大きさのある多数の氷の礫が撃ちつけられて、盾にしている岩が音を立てて削れていくのだった。
「「「にゃーーっ!!」」」
ひとしきり打ち出して気が済んだというよりは、別の場所からの射撃に苛立って、翼竜はその場を離れていった。
「「「助かったー……」」」
「あぁー! 巻き上げ機壊れてるー!」
「ん。あんな攻撃受けたら仕方ない」
砕けて小さくなった岩陰から顔を出して安全を確認してから、元の場所へと戻ってみると設置していた巻き上げ機は全て使い物にならなくなっていた。
「んー……、仕方ない、ラーリ達は鋼索無しで銛を撃って」
リアーネの声にラウリー達三人は用意していた銛を腰鞄から取り出しては装填し、狙いを付けて射撃を始める。
その頃には別の班が巻き上げ終えたらしく、始めと同じように突き刺さった銛を起点に魔法の爆発が翼竜の氷を砕いていった。
「やった! ほかの落とし穴に掛かった!」
「ん。ラーリ、手は止めない」
全ての班が用意していた銛を打ち終わったとき、翼竜は翼に尻尾、右の後脚が砕けてなくなり全身に大小様々なひび割れができていた。
それにもかかわらず、未だに動きが止まることは無く、近付く者に魔法を放つ。
「着弾! 右に一点!」
「ん。………」
ガシャコンと次弾を装填し、双眼鏡を覗くラウリーの弾着報告を参考に照準を修正して一際大きな亀裂へ向けて都合何発目になるのか、同じ場所を狙ってリアーネ達は射撃を続けた。
ほかの班からも同様に間断の無い射撃と魔法が少しづつ翼竜の身を砕いていき、リアーネが弾倉十三個分も撃った頃、ついにゴーグルの表示から魔物の反応が無くなったのだった。
「あ………。やった。リーネ! 倒したよ!」
「ん! 倒した」
「ほんとだ……、魔物の反応が無くなってる」
「はぁー……。やったね!」
「やったの! 倒したの!」
ほかの場所で射撃を続けていた班の者達も、ようやく氷の翼竜を倒したことで歓声を上げていた。
散らかった空の弾倉や目に付く魔筒に壊れた巻き上げ機などを回収し、『浮揚』の魔法で崖下に降り、魔物の近くへ行って見上げるのだった。
「ほんとに氷なんだ……」
「ん。埋まってる大っきい魔石以外に素材になりそうなものは、あんまり無さそう」
氷を砕くのは戦槌を持つ髭小人に任せて周囲に散った銛などを回収していき、それが終わった頃には、魔石と数少ない上質の素材を取り出し終わっていたのだった。
「みんな装備は問題無いか? 大丈夫そうだな。なら、目的地はもうすぐだ。行こうか!」
リクハルドの声に隊列を組みなおし、最後の領域へと向かっていく。
小さな領域の三方に氷の魔物が門番のように守る場所があり、そこへ続く通路の一つを進んで行くと、一本の柱で領域を支えている巨大な柱が中心にあり、柱の中へと続く穴が開いているのが見えていた。その中は何度も見てきた小部屋と同じような造りをしており、ようやく一行は目的地へと到達したのだった。
「「「なんでっ!?」」」
七月も終わり頃、ついにノィエトゥア迷宮の最深部に到達した一行がそこで見たのは、どういうわけか迷宮核の『複製』としか言えない物であった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。