168 阻む魔物と最下層
雪山を越えて六十六層へ到達し、いつものごとく扉の設置などをしている間に、地図作製機とゴーグルが階層地図を作成する。
次はどんな階層だと確認すると、下層への階段が見当たらないのだった。
地上へ戻った一行がそのことを報告すると、受付嬢から報告を受けた探索組の組長が声を張り上げ職員に指示を出したのだ。
「お前ら、この魔導具のこと、話だけなら知ってるな?」
職員が運んで来た大きな物は、迷宮核の設定変更用魔導具であった。
折に触れて聞く機会のある魔導具であるが実物を見る機会はそうあるものでもなかった。
魔導具の開発当時は、迷宮核の複製に対して認証札に転移先の登録などができなかったために、帰還のためにしか使うことができなかった。
一番初めに到達した迷宮では核を切り離して地上に持ち帰り、研究者へ渡せばよいと考えられていたのだが、切り離した途端に迷宮内の環境の維持ができなくなったようで、崩落した場所なども有り、大変な思いをして帰還することになったのだ。
それに加えて地上に持ち帰った迷宮核が調べられると、機能のほとんどを喪失していることが判明し、不完全な情報しか得ることができなかったのだ。
迷宮が最も早く攻略された頃には、すでに各地に迷宮が現れていることを龍族や竜族によって知らされていた。
機能を失った迷宮内に魔物が再度発生することは無くなっていたが、ほかの迷宮を放置してはおけないと、その出来事は各地に知らされることになった。
そのため現地で迷宮核の解析をする必要があると考えた錬金術師の要望で、迷宮核までの地図が完成してから魔導具の研究者と護衛の大部隊で迷宮核へと向かっていった。
それが可能であったのも、今では指導迷宮と呼ばれる階層の浅い迷宮であったためである。
迷宮核にたどり着いてからは、核に焼き付けられた魔法陣のいくつかの機能を解明するまでに短くはない期間を要しており、護衛以外の人員が食料の運搬のために何度も往復することとなる。
いくつか判明した機能のうち、『迷宮の拡張』と『魔物の出現数』を変更するための魔導具が造られた。
また、『転移先の指定』方法が判明したため、認証札に登録機能を持たせることができるようになったのだった。
「これが先人の残した魔導具だ」
資料と共に残されていた魔法陣を元にノィエトゥア用に新しく用意された魔導具が、一行の前に姿を見せた。
直径六十センチ、高さ一メートル程の大きさのある車輪の付いた円筒形の物体で、その上には蝶番で開閉できる半円形の部品が真銀線によってつながっており、迷宮核を挟み込んで使うのだろうと予想される魔導具である。
「大っきいねー」
「ん………、調べてみても良い?」
「リーネ? これも改造か小型化する気か?」
「あぁー、組長ー、何で持ってきちゃったの……」
「あははは。迷宮核に着いたら、しばらくはリーネの手が取られちゃうの……」
その様子に失敗したかと顔を歪める組長ではあるが、どのみち迷宮核に到達すれば誰かしらが持って行くことになるため早いか遅いかの違いでしかないかと、気にしないことにするのだった。
そんなことをしながら報告を終えれば、解体所に素材を預けて宿へと戻っていくのだった。
◇
数日の休養を終えて六十六層に降り立つと、一言寒さに文句を言うのはラウリー達を含む猫人族の四人である。
この階層で最後なんだからと周りが宥めることで落ち着きを取り戻すのだが、体を寒さに慣らす意味も込めて、まずはお茶とお菓子で休憩を取る。
「えっと、ここも雪山みたいになってたよね?」
「ん。雪靴忘れないように」
「いっそのこと雪舟で滑っていったら駄目かな?」
「あー……ルーナ? 段差で飛んで落ちた衝撃で雪崩が起きる流れだよね?」
「それか、雪がふわふわ過ぎて上手く滑って行かないか、なの」
レアーナとロレットの指摘に、ありありと情景を思い浮かべてしまったルシアナは、ブルリと身を震わせて、雪舟は迷宮内で使う物じゃないと思うのだった。
全体的に登りの階層と下りの階層が交互に現れており、最下層でもある六十六層は降っていく予定であった。
この辺りの階層になれば、銃弾一発で仕留められていた蟻の魔物も体長一メートルを超えており、二、三発かかることも多くなっていた。
そのため、威力を高めただけの通常弾の使用機会はほとんどなくなり、雷属性弾を主に使用していた。
また、魔物素材で強化できる部分はできる限り強化されてもいる。
ラウリー達にしても防具の更新は行っており、対抗属性を強化する付与のされた魔導具なども装備していた。
「嘘だろっ!? ただの氷の山じゃなくて魔物なのか! どうしろって言うんだっ!?」
一つ目の迷宮核の複製の小部屋をいくつか越えた先の領域は、谷底の幅が百メートル程もありそうな崖が、領域の端から端まで広がっていた。
高さ十メートル程の崖が幅百メートルの階段状に六段も続いており、最上段から見下ろした先には体を起こせば頭部が崖一つ分の高さは越えるのではないかという程の大きさのある翼竜の形をした氷の小山が、キィィィィーンと澄んだ音を響かせながら周囲を覗う姿が見えるのだった。
崖の際に沿って天井を支えるように柱が屹立し、谷底の壁際に次の領域へとつながる通路を確認できた。通路に近い柱の間は数十メートルも氷で覆い尽くされ通ることができなくなっており、氷の翼竜を避けて行くのも容易ではないと感じるのだった。
崖を下るための階段を上五段分を造り上げるのにも随分と時間が掛かるのだが、最後の谷底へと続く階段は、氷の翼竜が居るためにできないでいた。
壁際の氷に穴を開けて通れるようにすれば、氷の翼竜を避けて壁際を移動できるのではないかと試してみると、氷の翼竜が近寄ってきて魔法の息吹を吹きかけて氷の厚さが増す結果となったのだ。
「これじゃ無理だよねー」
「ん。リーネ達の魔法じゃ追いつけない」
「ここは避けたほうが良いかな? 別の経路でも行けるんだっけ?」
「この窪地も広いんだから、壁から引き離してるうちに行けないかな?」
「えーっと………、引き付け役はここで引き返すの? 別の経路を行くにしても、入り口の近くまで戻ることになりそうなの」
「ん。あの通路のすぐ向こうの領域に迷宮核の部屋がある。ここを通れたら楽だけど……」
地図を前に確認をするラウリー達は避けて通ることができるのなら多少の手間や回り道も、安全と引き換えにできるものではないと判断する。
「こっちも駄目だったな………」
「どうあっても相手にしなきゃならんのか」
二つ目の迷宮核の複製のある小部屋の改装を終わらせ休憩しながら、この後の方針を相談していた。
ここに来るまで、ほかの二つの経路を順に巡ったのだが、残された迷宮核があるだろう領域へと続く全ての経路に、巨大な氷の魔物が門番のように控えていたのだった。
「どうしようか? どの魔物が倒しやすいと思う?」
「ん……、翼竜、鳥、蜥蜴。種族だけなら、やり易そうなのって蜥蜴……かな?」
「でもあの大きさじゃ種族なんて気休めにもならないよ」
「あの中では一番小さかったよね。ならそれで決まりかな?」
「翼竜以外の魔物だって、大型の中でも大っき過ぎなの」
氷の翼竜の体長が三十メートル近くあり、鳥が翼幅三十メートル、蜥蜴が体長二十メートルと皆巨大であったのだ。
それでも飛ばない魔物のほうが対処が楽なのは間違いが無く、比較的小柄な蜥蜴の魔物の対処が楽そうに思えるのだった。
「いや、あの蜥蜴はやめたほうが良いな。あの氷の色、確実じゃないが相当強力な毒を持ってるはずだ」
猫人族のアーロイスが蜥蜴と対峙することは得策ではないと説明を始める。
透き通った紫色をした蜥蜴の脚が押し固められた雪の地面から離れると、真っ白だった雪が紫黒色に変色した足跡が残されており、毒や酸、あるいはほかの性質を持った体であることが予測された。
鳥の魔物は機動力が高く遠目も効くだろうから、身を隠して通過するのも困難だろうと思われた。
「じゃあ、鳥が一番楽そうだよね?」
「一体だったら、そうなんだがなぁ……」
「ん。あの領域には鳥と同等の大きさの魔力を持った魔物が、ほかにも居た」
「そうだったの!?」
難しそうに顔をしかめるアーロイスと同意するリアーネ以外、ラウリー達は複数の大型の魔物が居たことには気が付いていなかったのだ。
「谷底を歩いてる姿しか見なかったことだし飛ぶのは苦手なのかもしれないから、翼竜が一番マシじゃないかと思うんだが?」
アーロイスは一同を見回すようにして提案をするのだった。
方針は決まるが既に遅い時刻となっており、いったん地上へと戻る一同だった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。