164 大きな鹿と罠使い
山岳地のような斜面の多い領域であるが水平な地面が全く無いわけでもなく、一行はできる限りの最短でありながら進み易い経路を取っていた。
樹木や下草の多い深い森のような中でも簡易舗装機のおかげで進路の下草などを斬り払うだけで、あとは簡単に道を造ることができるため随分と楽に進むことができていた。
そんな五十五層も半ばまで進んだ頃に、その魔物が見えてきた。
「でけーな」
「あぁ。あの大きさの鹿は初めて見たよ」
「あの角……木じゃなくて角、だよね?」
まだ五十メートル以上離れているが、体長八メートル、体高二・五メートル程はありそうであり、角の先端までなら高さ四メートル近くなるだろう大きな鹿の魔物であった。
竜人族の二人でさえも魔物の肩の高さほどしかないため、力で抑え込めるような相手でもなく、鹿であれば足も速いうえに飛び跳ねることも予想されるのだった。
「リーネ、鹿だと何が良い?」
「ん。括り罠が基本。あの大きな鹿なら鋼索くらい使う必要がありそう」
「もしかして、既に用意してたりするのかな?」
「いーや。鋼索はうちも一緒に造ったけど銛撃ち銃に使った分以外は、そのままだったんじゃない? だよね?」
「なら、今からでも準備ができるの?」
「ん。任せて」
同行者を置いてけぼりに方策を決めるラウリー達は、リアーネが罠を造りルシアナが場所を決めて仕掛けていく。
ついでと言って、その周囲に落とし穴の魔導具までも仕掛けていくのだった。
「どうしたの?」
「ん。後はおびき寄せるだけ」
不思議そうな顔をするラウリーと、狩りの正しい形だと主張するリアーネに、ほかの班の者達は呆れたような目を向けるだけだった。
「まぁ、そうだね。狩りとしては、正しい……か、な?」
森人のリクハルドは納得のいかないような顔ながらも、魔物に対処することを優先することにして、同意の声を上げるのだった。
皆が魔法で強化を済ませて配置に着いたことを確認し、弓を使うリクハルドとルシアナが魔物の気を引く目的で手加減をして射かけていくと、左右に跳ねて矢を避けながら二人の射手を目指して迫ってきた。
「矢を切らすなよっ!」
「わかってる!」
近くまで迫ったときに一際高く飛び跳ねて設置していた罠を越えていく。
「「「なっ!?」」」
「………『雷壁』!」
ギュオォォォォォォォォッ!
罠に掛かるのを身構えて待っていた皆は魔物に避けられてしまったことで、攻撃の瞬間を逃してしまう。そこにリアーネが魔法を放ったために、我に返り待機状態だった魔法が一斉に放たれ、それを追いかけるように銃による追撃も行われるのだった。
たいして攻撃が効いた様子も無く、魔物は一行の脇を走り抜けて距離を取り、光を放つと周囲が霧に包まれていく。
「ね……なんか良い匂いしない?」
「ん………、ん。眠くなってきたかも」
「ちょっ、リーネ!?」
「うちは平気だけど、何が起こってる?」
「ちょっと、まずいの。えっと……肉体を従える眩き御霊よ、蝕む穢れを癒したまえ………『解毒』。リーネ大丈夫?」
「ん? えっと、ありがと?」
遠巻きに様子を覗う魔物の大きな影が、右に左に歩いている。
「拘束されし風の澱みよ、穢れを祓い清浄なる風よ吹け………『空気浄化』! みんな大丈夫か?」
いつの間にか周囲に匂いが充満していることに気が付いたリクハルドが、魔法で眠りを誘う成分を分解すると、それまで眠りに誘われていた皆の目も覚めるのだった。
「助かった」
「厄介なことしてくるな」
何やら思い出したリアーネが腰鞄から取り出したのは、随分と懐かしいものであった。
「リーネ、それ!?」
「ん。これを付けておけば、さっきのは効かなくなるはず」
リアーネが装着するのに合わせるようにラウリー達も腰鞄から取り出した魔導具を装着する。
「そりゃなんだ?」
「これ付けてると、病気の感染を防いでくれるんだよ!」
五人の口と鼻を覆うようにあるのは、成長してから大きく造り直した口面であった。
お互いに様子を見合う状態が続き攻撃の手が止まっていたために、睡眠効果のある香りが効いてきたと判断した魔物が攻勢に転じて駆け寄ってきた。
射撃体勢に入っていないこともあり、後衛は避けるように下がっていく。
前衛は正面からぶつからないように避けながらも斬撃を放つが、半数は避けられてしまっていた。
「しっかりしろっ!!」
「あ……? はっ! クソッ。みんな、近付きすぎるな!」
「すまん、助かった! しかし、あの匂いは厄介だな」
魔物に対して正面に位置取り受け流すように進路をゆがめていた竜人族の二人が眠気の誘われる匂いを多く吸い込み動きが止まっていたところを、鷲人族のダニエルが飛んで近付き肩を蹴りつけ正気に戻した。
魔物がいったん離れると霧が薄れていき、周囲が植物の絡み合った壁で囲われていくところが見えてきた。魔物はぐるぐると外周を歩いて、足跡から勢いよく成長した植物が障害となって、次第に行動範囲を狭まっていく。
「早いとこ何とかしないと、動けなくなっちまうな」
射撃も続けられているが植物の壁と身にまとう水の膜に弾かれ、半数以上が効いていなかった。
そんな中でも『火球』や『雷球』などの魔法が放たれれば嫌うように激しく躱すため、不意を突くように続けざまに魔法と射撃を集中させる。
「あと、ちょっと……」
「ん。次、飛び跳ねたらあの場所になる」
ラウリー達は罠を仕掛けた場所を横目に、誘導するように魔法を放つ位置を調整していた。
そして樹木の囲いが一回り小さくなったとき、ついに魔物は脚を踏み入れた。
ギュォッ! ギュゥゥゥオォォォォォォォォォォォッ!!
鋼索製の括り罠が右の後肢を縛り付け、驚いた魔物が飛び跳ねて逃れようとしたが、ピンと張った鋼索に体勢を崩され地面に落ちると、落とし穴の罠が起動し頭から落ちることになった。
「「「っしゃーっ! 今だっ!」」」
その後は鋼索の根元に駆け寄ったリアーネが『麻痺』の魔法を流すことで暴れる魔物が大人しくなり、危険も無く仕留めることができたのだった。
「「「狩ったぞー……っ!」」」
何とか回収も終わらせて、周囲に巡らされた囲いは丁度良い魔物除けになると言って休憩を取ることにした。
休憩後には囲いの一部を斬り払い、道を造りながら進んでいくのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。