016 魔獣の罠と知恵袋
「むーーーんーー」
「ふん、ふふん♪」
窓を開け放ち扇風機が緩やかに風を送る中、うんうん唸りながら冊子を見るラウリーと何やら書き付けているリアーネの尻尾はリズムを付けるように床を叩いている。朝方の涼しいうちにと、学院から出された夏の課題に取り掛かっていた。答えではなく導き方、考え方をラウリーに教えながらリアーネはサクサクと回答していく。
「終わったー!」
「ん、終わった」
とは言っても、あくまで『今日の分』だ。
今日は何する? の相談に狩人の集会所へ行こうと提案するラウリー。
すぐさま準備を整えて、行ってきますの声が響く。
まだまだ午前中であり大人は仕事に忙しい。集会所には引退した狩人の爺様達がいた。
「「たのもー!」」
「なんだ? ネストん所のちび共か。どうしたね?」
ネストは正しくはネスツィトルと言い双子の祖父の名だ。
「飛熊のこと!」
「ん。教えてほしい」
「おぅ、今騒ぎになっとるの」
「こっちー来なされ」
「飛熊のぅ……ちょいと待っとんさい………」
そうして魔獣図鑑を引っ張り出してきて双子の前に広げて見せると、自分の孫にするように昔語りが始まった。
「………そんで、飛ぶ前には高い所におる必要があるんじゃが、飛熊と言うやつは木登りも得意と来てる」
「じゃっから、木に登ったところで逃げることはでけんと言うことじゃ」
「じゃあ、どうするのー?」
「ん。気付かれる前に逃げる?」
「そうじゃのぅ。こっちが先に気付ければ、その方がえぇなぁ」
「そんためにゃあ、獣の気配を感じる訓練が必要じゃ」
「森んさ入るんだったら、そんができんと話んならんな」
図鑑を前に飛熊ことで、知っておくことは、これくらいだろうと抜き出した。
大型の熊の魔獣で風属性の魔法を使い、前後の脚の間にある膜を広げて滑空する。
爪に風を纏わせ攻撃をする。斬撃を飛ばすこともある。
主に肉食で冬眠する。肉は固く調理は難しい。革は靴や防具の良い素材になる。
「ざっと、こんな所じゃのぅ」
「飛んでみたーい!」
「ん。おっきい」
「わはは、そぉーら」
と、爺様の一人がラウリーを持ち上げてくるくると回る。
「たかーい!」
「ラーリ飛んだー」
「おぉ、疲れたわぃ」
「えぇ年して、無理すんなぃ」
「ほれ、ちびも食え」
話し疲れたのか爺様達は小さな杯を傾けて「生き返る」と、美味そうに言う。
「わーい、お魚!」
「ん。いただきます」
酒の肴として用意してあった味醂干しに双子は齧りつき、優しい甘みに尻尾が揺れる。
「どう、やって。んぐんぐ……」
「……ごくん。倒す?」
「そうじゃのぅ……まずは罠かのぅ。近付かんと対処でけりゃあ、それに越したことは無いからのぅ」
「そんで、眠りの薬か魔法があれば、えぇんじゃがの」
「その次に弓か銃じゃな」
銃を構えてズドンと撃つ真似をする。
「最後は直接、死んどるのを確かめにゃならん。息があれば止めを刺す」
「おお! 罠!」
「ん、教えてほしい」
そうかそうかと笑顔の爺様達は、ちょっと待っとれと部屋の奥の箱を開けると、中から出てきた鋼のギザギザの歯が凶悪な物を持って来て、これが一番だと見せつける。
「ぎざぎざだー?」
「ん? 挟み?」
「そうじゃ、熊挟みじゃ」
「今日は若い者があっちこっちに仕掛けに行っとるからの。森へ行ったら危ないぞー」
他にも、落とし穴や括り罠、檻の罠など多数仕掛けているのだという。
「ちょいと、使い方だけ見せてやるかのぅ」
と、言って、集会所から出た広場で実演だ。
罠が移動しないように杭を打ち付け体重をかけて熊挟みを開いたら、少し離れて持って来た棒切れで、罠の中心を押し込むと……バクンッ! と、挟み、棒切れは千切れ飛んだ。
「にゃっ!!」
「にゃぁっ!」
熊挟みの威力と音に体を震わせて、耳をぺたりと伏せて抱き合う双子。
「ははは。強力じゃろぅ? これぐらいなくちゃ熊は捕らえられん」
「くれぐれも、森さ行くんじゃないぞぃ」
「危ねぇからのぅ」
「わかった!」
「ん。行かない」
勝手に森へ行かなくて、本当に良かったと双子は思った。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。