163 竜の邪魔と噂の魚
五十五層に到達した一行が地上に戻って受付嬢のイェニーナに報告していると、ルードルフとローラント含む一行も戻ってきたようでラウリー達を見つけると、嬉しそうに尻尾を振りながら声を掛けてきた。
「ラウリー! ついに! ついに、二十八層へたどり着いたぞ! これでやっと釣りができる!」
「こんな山の中に立派な釣り場があって驚いたよ! って、リアーネが整備したんだっけ」
「おぉ! おめでとう! じゃあ、釣りはした?」
「いや、さすがにもうこんな時刻だしな。明日にでも行くつもりだ!」
「休養日に当てるし丁度いいからね」
「ん………」
話の弾んだラウリー達は一緒に釣りに行く約束をして、引き留め役の居ない状態で放り出すと大変なことになりそうだと、リアーネも同行することにしたのだった。
◇
「ついに、来た、ぞー……っ!」
「釣るぞーっ!」
まだ数度しか釣られていない魚の噂をラウリーとルードルフは耳にして、ぜひとも釣らねばなるまいと狙っている魚がいるのだった。
その白身の魚は旨味が強くサッパリとした口当たりでありながら、煮て良し、焼いて良し、炒めても揚げても蒸しても生でも美味いと言うのだった。
「ん。準備する」
「リアーネちゃんも慣れたもんだね……」
ラウリーとルードルフが何も考えずに仕掛けの準備を手早く済ませて竿を振っている間に、リアーネとローラントは椅子に卓などを広げてから、水槽の確認をするのだった。
増設されて全部で八基にまで増えている水槽は、組合から増設作業の依頼を受けたリアーネが造った物で、全ての水槽を水が循環しており浄水も行われていた。
正常に機能しているかの確認のほかに、泥抜き中の魚がいることの確認もして、現在五基の水槽が使用中であった。
二十八層に転移してきた双子の姉妹と兄弟は、示し合わせたような息の合った行動をとっていた。
「これが使用表?」
「ん。組合で預かった札をここに掛けておかないと駄目」
リアーネは未使用の水槽前にある立て札に、ラウリーの名が書かれた札を掛けるのだった。
早速最初の一匹を釣り上げたルードルフも含めて黒眼鏡をかけているが、ここで釣りをするような者はその効果を身をもって体験しているため、使っていない釣り好きには体験させて教えるために使用者が増えているのだった。
「うはははははっ!」
「にゃははははっ!」
「「………」」
竿を勢いよく振り被り重りと共に遠くに着水した擬似餌を生きているように見せながら糸巻を巻いていき、狙った場所を通過する頃には魚が食い付くという正に入れ食い状態に、ラウリーもルードルフも尻尾をブンブン振り回し笑いが止まらない程に昂揚していた。
それに呆れたような視線を向けるリアーネとローラントは、ようやく竿の準備を始めるのだった。
「良い竿だな。しっかりしなるのに力強さも感じる」
「ん。気に入ったならそれでいい」
二年の旅の間に各地で手にした竿を参考にして、硬銀合金や角鯨の髭を使ってリアーネが造り上げたものであった。
軽食を摂りながらのんびりと釣りをするリアーネ達と違って、ラウリー達は競うように次々と釣り上げていき、昼を前に水槽がいっぱいになっていた。
「あー、こりゃ、もう終わりか」
「そだねー。残念だけど仕方ないかー」
微妙に耳を萎れさせながらラウリー達は釣ったばかりの魚を水槽へと移していく。
「うおっ! っと。かかった!」
そのときローラントの竿が引かれ、慌てて保持したときに思わず声が漏れていた。
糸巻を巻き引き寄せていくと、遠目にも金色に輝く魚が見えてきた。
「ん? あれって、もしかして黄金魚?」
「なにっ!?」
「ほんとっ!?」
慎重に! 逃がすな! 巻け巻け! と、ルードルフ達がやかましく声を掛けるのは、まさにこの黄金魚こそが、狙っていた魚であったからだった。
「そーれっ!」
引きあげて水面に現れたところを、雷を弾けさせる|雷光烏賊《ライコウイカ》が横から掻っ攫うように奪っていった。
「「「なぁっ!!」」」
驚いた拍子に糸巻の留め金を開放してしまい、するすると糸が引き出されて|雷光烏賊《ライコウイカ》は遠く離れていくのだった。
「ローっ! 糸っ! 出てるぞっ!」
ルードルフの声にハッとしたローラントはそれ以上糸が繰り出されないように止め、ピンと張った糸のために|雷光烏賊《ライコウイカ》の飛ぶ勢いが強かったのか一瞬空中に浮いた後、思い出したように水面に落ちるのだった。
「|雷光烏賊《ライコウイカ》!? あれって食べられたっけ?」
「ん。元は光烏賊だから大丈夫」
「今ならまだ黄金魚も無事かもしれないしな!」
そんな声を聞きながら糸を巻いて引き寄せ始めた瞬間に、水面を割るようにして飛び出してきた巨大な魔物が一口に飲み込んでしまうのだった。
「「「蒼海竜ぅっ!?」」」
体長十数メートルの蒼海竜が|雷光烏賊《ライコウイカ》を飲み込んだために、巻くこともできずに蒼海竜の移動に合わせて竿が引かれて体勢を崩しそうになったローラントは、糸巻を開放して体勢を立て直す。
ルードルフはローラントを支えながら、リアーネに疑問を投げかけた。
「なぁ! いくら何でもこの糸、切れるよな!?」
「ん! 至大至剛のスヴァラよ、強大な膂力をこの身にもたらせ………『筋力強化』! ロー頑張れ。えっと、糸だっけ。三十層辺りに居た水蜘蛛と四十層辺りの蜘蛛の糸を撚り合わせて造った糸を『鎧硬化』の魔法を応用して強化してるから、よっぽどの相手じゃない限り切れる糸じゃない」
「いやいやいや、蒼海竜はよっぽどの相手だろっ!」
リアーネに『筋力強化』された二人掛かりで竿を持つため、引きが弱まった隙に糸巻を止めて力の限り巻き始めた。
その間にもリアーネは巻き上げ機を岸に設置し、銛撃ち銃で迎え撃つ準備を整えていく。
「おいおいおいっ! こっち来たぞっ!」
「任せてっ!」
「ん。肉体を従える眩き御霊よ、仮初めの束縛をなす………」
ラウリーは巻き上げ機から鋼索を引き出して、銛撃ち銃に装填し銛につなげてから狙いを付け、リアーネは魔法の準備を始めるのだった。
ザッバァァァァー……ンッ!!
ドシュッ!
ローラントが振り上げた竿に引かれるように水中から飛び跳ねた蒼海竜に、ラウリーが撃ち出した銛は見事首元へと突き刺さったのだ。
「『麻痺』!」
それを確認したリアーネが待機状態だった魔法を発動させると、鋼索を伝って蒼海竜をあっという間に麻痺させた。
「早く引けーっ!」
ルードルフの声に従いローラントは糸巻を、ラウリーとリアーネは鋼索の巻き取り器を巻いていき、岸辺に着いた蒼海竜に止めを刺すのだった。
「っしゃーっ! 引き揚げだーっ! 黄金魚は無事か!?」
全身の素材の残った蒼海竜を魔法を使って岸に揚げて、ルードルフ達双子はその場で解体を始めるのだった。ラウリー達はこんな大物の解体をしたことは無く、指示を受けながら手伝うだけである。
それでも内臓の不要な部分はかき出して海に廃棄して、胃袋を裂くと半ば姿を崩した|雷光烏賊《ライコウイカ》や噛み砕かれた黄金魚が見つかったのだ。
「………!?」
両手を地面に着いて項垂れるルードルフとラウリーには、どんな言葉も届かなくなってしまったのだ。
その後は『脱血』だけは掛けて蒼海竜を回収すれば釣りを続ける気力も無くして、一行は地上へと戻るのだった。
◇
翌日、水槽の魚を回収してから食事処で料理を作ってもらい、大いに魚料理を堪能するのだが、どうしても逃した黄金魚のことが頭を離れず、楽しみ切れない食事会となってしまうのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。