162 魔物の樹と抜け道
四十七層では脚を広げた大きさが七メートル程も有るような脚の長い大きな蜘蛛に樹上から脚先で突き刺すように襲い掛かられて、前衛主体では対処が大変だろうという場面があったが、後衛が『浮揚』で上を取れば一方的に射撃を行い仕留めたのだった。
上層と同じく蛾の魔物のせいで暗い階層であったが、同じように光でおびき寄せて殲滅し新しく造った魔石回収用の魔導具のおかげで、早く進むことができたのだ。
前回の苦労が何だったのかと、見る間に魔導具に吸い込まれて行くのが楽しいのか、交代で手にしていたのだった。
四十八層は暗闇に閉ざされた迷路だったが迷うこと無く進んでいき、蛾の魔物以外にも多種の魔物を狩っていく。
そんな中でも猛毒で知られる百歩蛇が魔物化し、二十メートルを超える大きなものがいくつもの広間で出現したが、遠距離からの射撃で対処ができたために脅威と言うより、ただの的となっていた。
四十九層は起伏に富んでおり、岩の多い斜面に生えた樹木は根がしっかり地面を掴もうと根元が大きくうねっていたために、一行の進行を阻んでいた。
そんな足場の悪さも気にした風も無く雷燦山羊が駆けまわるため、ここでも後衛の射撃が主体となって対処するのだった。
五十層に降り立った一行は上層と同じく深い森を前にして、枝を掃い道を整備しながら進んでいた。
「おい。あれは何だ? 魔物の反応があるんだが……」
背の高い樹木の立ち並ぶ森を進んでいると、上方に大きな魔物の反応があり見上げてみると、木か蔦か判然としない植物が絡み合い大きな影を作っていた。
ギシギシと軋みを上げて影が動き始め、枝葉を広げた姿は翼竜を思わせるものであった。
強い光を放つと周辺の樹木に足でも生えたように動き出し、開けた場所を作り始めた。
「ちょっ!? 動き始めたぞ!」
「だめなのっ! 木に囲まれて外に行けないのっ!」
周囲を囲むように樹木の囲いができるのに、巻き込まれないようにするので精一杯で逃げることなど、できそうも無かった。
………ドガンッ!
大きな音を立てて魔物が地面に落ちてきて、一行を睨み据えるように様子を覗う。
「リーネ!? 何あれ?」
「ん………、魔樹の類か翼樹竜だと思うけど、記録にある姿と違い過ぎるから自身は無い」
随分と下層まで来たためか魔物はより大きくなり、姿も自身の持つ属性が影響するのか深みのある色になり、魔法の威力が大きくなっていたのだった。
その中でもこの樹の魔物が翼樹竜であったとすれば、肉体が木質化する程に変容した別種の魔物と言っても過言ではない状態である。また魔樹であるならば、翼竜の形態を獲得したことになり、やはり別種の魔物と言えるだろう。
最初の混乱が過ぎれば体勢を整え立ち向かうために武器を構える。
魔法の詠唱も始まった頃には、樹の翼竜が音を立てて走ってきた。
「みんな避けろっ! あんなの受け止めらんねぇぞっ!」
一行の中で最も大柄な竜人族のイルファンであろうとも、体長十メートルを超える樹の翼竜の突進など避ける以外にできることは無い。
樹の翼竜の広げた翼からは多数の蔦が張り出しており、さながら壁が迫ってくるようなものであり、避けることさえ困難であった。
イルファン達は正面を避けて張り出した蔦の部分を切り払って難を逃れる。
鳥人の四人とラウリー達『浮揚』の使える者は上空へ逃れるが、鬼人族のマルワーンと狼人族の二人は樹木の壁と挟まれて身動きができなくなっていた。
「あんなのどうするの!?」
「ん……、樹だし燃やしてみる。焼き滅ぼす炎の力よ、燃え盛る死の領域をなせ………『炎壁』!」
リアーネは大量に魔力を込めて通常よりも高温の炎を樹の翼竜の頭部を中心にまとわせる。
ギジャァァァァアアアアアァァァァァァァッ!!
苦しむような声とも軋み音とも判然としない音を立て炎を消そうと頭を振り回すが、それだけではどうにもならないと判ると転げまわり始めて近付くのは困難になる。
しかし、そのおかげでマルワーン達が拘束から逃れることができたのだった。
振り回されて迫ってくる蔦はイルファン達が盾で受けたり斬り払い、リアーネは『炎壁』の維持、ほかの者が魔法と射撃を浴びせていく。
ロレットが弾倉十本も撃ち切った頃にようやく動きが無くなったが、そのときには樹の翼竜は複数の木が融合したような大きな樹になっていた。
「……これは?」
「さて、何だろうな。とにかく魔物の反応は無くなったから倒したことには違いないんだろうが……」
「あぁ、これじゃあ素材の回収以前の問題だな」
周辺を見回してみると樹木の壁に覆われた広間に、樹の翼竜が突進したために倒れた樹の隙間が一つ在るきりで、そこから外に出るしかなさそうだった。
何か素材になるような物も見つけることはできずに、まずは休憩を取ることに反対する者はいなかった。
「リーネ、あれってどうなったの?」
「ん、たぶんで良ければ。樹属性魔法の暴走じゃないかな?」
「暴走? あんなことが起こるの?」
「魔法失敗して地面に大穴開けたことならあるけど?」
「懐かしいの。魔力の過剰供給で通常より威力を高める方法を教わったときなの」
「ん。それくらいじゃあんなにはならない。魔力が枯渇しても無理やり使い続けるような状態になってたから魔石も残ってないんだと思う」
そんなこともあるんだと大きな樹に目を向けながら、行動食という名のお菓子を口にするのだった。
「地図で見たときはここまでとは思わなかったんだが、本当にここを行くのか?」
探索を再開して先頭で索敵を行っていた梟人族のカルロスが、蔦を掃って先に目を向けると踏み出そうとした足を止めて、振り返って確認の声を上げた。
その森の樹々が途切れて開けた場所には、直径十メートルはありそうな大きな穴が開いており、下に目を向けると暗く深い縦穴がどこまでも続いているようだった。
「ん。ここを降れば、すぐに次の階層に着く」
本当にこんな場所を行くのかと戸惑う一行に警戒を任せて、リアーネとレアーナで穴の周囲の岩を固めながら掘り下げていき、広間になるように壁と天井を造っていく。
大きな岩に見えるように降り階段の周囲の形を整え扉を設置し、大穴の内側には下層へと降るための螺旋階段を掘っていく。下層の天井付近まで近付けば壁に向かい、壁沿いに床まで階段を造り上げてしまうのだった。
その後は通路の前後に休憩用の空間を取って扉を付けていく。
「凄いな、お前ら……。いや、うん。凄い」
「「「………」」」
魔導通信機の中継機を設置しているところへ降りてきた、ほかの班の皆は凄い以外の言葉も無く、ただただ感心するばかりである。
「リーネ、もしかしたら迷宮って直接攻略しなくても、直通の階段掘っちゃえば簡単に最下層まで行けるのかな?」
「ん……、たぶん、可能?」
「うわ。迷宮攻略の改革者が、また何か非常識なこと言ってるぞ!」
「うちもそれはちょっと嫌かな? 最下層まで延々と階段造るのなんて考えたくないよ」
「別にリーネとレーアでやらなくても建築組合の人達に頑張ってもらえば問題無いの!」
離れた場所で聞いていた同行者は、ラウリー達の非常識さに絶句して、ロレットの発言に建築組合の組合員を思って涙した。
五十一層は迷路が広がっており天井から階段を造るのも二十メートル程と、ほかの階層に比べれば短いこともあり、リアーネの非常識な抜け道作成も下層のことを考慮に入れた物であった。もし天井高が百メートル近くある階層であれば、『浮揚』魔法で降りるだけにしただろう。
休憩中に地図が完成したため経路の相談をするのだが、四半刻も掛からないような近くに迷宮核の複製のある広間があるようだった。
障害となる程の魔物と会うことも無く到着し、扉の設置に登録などを済ませてしまうが、まだまだ昼の早い時刻であることから、更に下層を目指して探索を進めることとなる。
「おい……また、知らない魔物だぞ」
「そうだな。全く、この迷宮はどうなってるんだか……」
蒼華蝙蝠以外は蟻や蛾、鼠や兎も皆の知識に無い魔物ばかりが出現するようになっていた。
「いっぱい写真撮れたよ!」
「ん。雷属性の兎なんて始めて見た」
「雷をまとわせた後肢で飛び上がってからの蹴りは、ちょっとカッコよかったよね!」
「ルーナ? あれ、結構びっくりしたんだけど?」
「ルーナ、変な声出てたの。真似でもしてみたらいいの」
ラウリー達の雑談に竜人族のライアンなどは、良いかもしれないなどと思って聞いていたのだった。
初見の魔物の対処のために慎重に行動したため、下層への階段に到達したときには既に日暮れの時刻を過ぎていた。
それから扉などの設置を終わらせ、地上へと戻るのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。