157 暗闇撮影と湖釣り
「リーネ、それ完成したの? 何に使うやつ?」
「ん。写真機に付ける」
リアーネが手にするのは、長さ三十センチ程の円筒で太い側の直径が十五センチ程ある新しく写真機用に造った望遠用のレンズであった。
レンズが捕らえた光景を撮像板へと導くのは同じであるが、最大三十倍まで倍率を高めて、より遠くの対象を大きく映し出すことが可能となった。
写真機本体も『鷹目』によってレンズの性能以上に遠くの物を捉えることができるうえに、素早く焦点が合うようになった。ほかも強すぎる光を防ぐ『防光』、暗所での撮影を可能とするための『暗視』『闇視』、透明化した魔物を撮影するための『透明看破』、魔力を撮影するための『魔力視覚』などの機能を付加していた。
「じゃあ明日、早速出番だね!」
「ん。ラーリに任せる」
望遠レンズを装着した写真機を受け取ったラウリーは、自分の腰鞄に入れておくのだった。
◇
四十一層に転移してから、ラウリーは取り出した写真機を構えて一枚撮影、大型表示板で写り具合を確認すると、リアーネの口元しか写っていない写真に困惑の声を上げるのだった。
「なにこれ!? え? こんな近くで撮って無いよね?」
「おぉー! これなら遠くの魔物も大きく写せるね!」
「あぁ、なんだ、そういうことかー。びっくりしたー」
「ちゃんと明るく撮れてるの。これなら……これなら遠くにいるモフモフ達も大っきく写せるの!」
構造が気になるのか写真機を大きなレンズに視線を向けるレアーナと、可愛い魔物を写すんだと撮影の役割を代わってほしそうなロレットであった。
迷宮内には光源となる照明の魔石が天井に多数埋まっているが、太陽の下とは比べ物にならない程に光量不足の写真しか撮れなかったことを思い出しながら、ラウリーは試し撮りをするのだった。
「ん。ラーリはいっぱい迷宮内の写真撮ってね」
道中沢山の魔物と出会い狩りの様子も多く写真に収めたラウリーも、中程を過ぎた場所にあった迷宮核の複製の奥の領域に広がる大きな湖に、逸る心を静めることはできそうにも無く、写真機はロレットの手に預けるのだった。
「お魚っ!」
「なにっ!? お魚だ!」
「お魚!? ほんとだっ!!」
扉の設置をするためにも先の領域を確認に出たレーヴィの上げた声に反応してリアーネを除く猫人族のアーロイスとラウリーが続き、湖畔から突き出した木の上から尻尾を垂らす狐の魔物が魚を釣り上げた瞬間を目撃してしまったために我慢ができなくなっていた。
「……あー、しゃーねーか。しばらく休憩だし、釣って良し」
「ええ、そうですね。私の声も、もう聞こえてないでしょう」
竜人族のイルファンも森人のリクハルドも諦めたように許可を出すが、既に三人共が釣り竿を魔法鞄から取り出して、良い場所は無いかと相談しながら周囲を窺っているのだった。
「ボクらが面倒見てようか」
「任せておくの」
仕方なさそうな顔をしたルシアナとロレットが釣りの面倒を見ることにした。
その間にリアーネとレアーナは扉の設置などを進めていくのだった。
「なぁ、ラウリーちゃん。この暗い中、その黒い眼鏡で見えてるのか?」
「うん、良く見えるよ。これって明るすぎるのも暗すぎるのも丁度良く光の量を調節してくれるから、水面下の魚の姿も見えやすくなるんだよ。っと、かかった!」
「くぅー、知ってたら、僕だって迷宮にも持って来てたんだけどなぁ」
「いつ何時、必要になるか判らないんだから、普段から持っておくべきだろう?」
迷宮内でも黒眼鏡が有効に機能するとラウリーが言えばレーヴィは悔しそうにし、アーロイスは魔法鞄から取り出して装着するのだった。
「なぁっ! 置いて来るんじゃなかった……」
「二人とも持ってたんだねー。それもリーネが考えたんだよ」
嬉しそうに尻尾を揺らすラウリーは、早々に一匹目の魚を釣り上げた。
三人の元にきたルシアナとロレットが黒眼鏡のことを聞き、ロレットがレーヴィに貸し出すと感謝され、次々に釣り上げられた沢山の魚が網籠に入れられていくのだった。
扉などの設置を終わらせたリアーネ達が軽食を持ってきた頃には、既に網籠三つがいっぱいになっており、どうしようかと相談しているところであった。
「ん。食べながら待ってて」
リアーネは岸辺に大き目の水槽を『石変化』で造っていき、水路に浄水魔導具、硬銀製の蓋を手早く取り付けていった。
「いやいやいや。なんでそんな魔導具まで持ってるの!?」
「用意が良いって、流せるもんじゃないって?」
「え? だって、ここ何層か湖の多い所だったから、リーネ準備してくれてたんだよ?」
「ん。二十……八層? のときも原料から造ると時間が掛かるから、組合で情報を聞いて魔導具と蓋の準備したのに思った以上に広かったから探索時は一基だけ作って、組合に戻ってから追加の水槽の作成頼まれて、残りの水槽の整備したんだよ」
「そうか!? あの釣り場の整備もリアーネちゃんがやってくれたんだね!」
「感謝しかないっ! ありがとう!」
探索の休養日には二十八層で釣りをすることもあるのだと、盛大に尻尾を振って二人が嬉しそうに言っているうちに水槽に水が循環し始めた。
網籠の魚を移し終えると、それだけで水槽がいっぱいになり、釣りへの渇望も満たされたために探索を再開することができるようになったのだ。
パチリパチリとラウリーは魔物の接近から仕留めるまで沢山の写真を撮影していく。
なんといっても『鷹目』の魔法が自動的に焦点も合わせてくれるようになったおかげで、素早い動きを追いながらの撮影が簡単になったことが大きいだろう。
写真機の表示盤の中心に表示された白い枠の中が撮影される範囲だと教えられたおかげもあり、倍率の操作にも慣れて被写体を上手く捉えることができるようになっていた。
休憩のたびに使った撮像札を入れ替えて、嬉しそうに尻尾を揺らして大型表示板で成果の確認をするのだった。
「おや? これは先程の蜥蜴ですね。ふむ……確かこのときは水の膜をまとっていたのでしたね。写真では、このように写るのですか。面白いですね」
蜥蜴の魔物に重なるように魔力の流れが一緒に映り込んだ写真をリクハルドが覗き込み、次々と表示を進めて斬撃や魔法を受け流している様子に、得られるものがあるだろうかと真剣な顔で見るのだった。
「ねー、面白いよね! リーネはだいたい、こんな風に見えてるって言ってたよ」
「と、言うことはリアーネさんは魔力視の持ち主ですか? 私は『魔力視覚』の魔法を使わないことにはできませんが……あー、もしかして魔法が得意なのも、それがあるからですかねー」
魔力が見える者が必ずしも魔法が得意なわけでは無いが、習得が容易になる傾向はあるのだった。何事も修練を積み重ねなければ身に着くことは無く、リアーネも想像以上に修練を続けているのだろうと解ったうえでリクハルドは言っていた。
負けていられないと言いながらも行動食を齧りながらであるために、どの程度本気で言っているのか判らないラウリーだった。
日の暮れる時刻も過ぎて、そろそろ夕食にしたいと思いながら一行が行動食で誤魔化しているのは、すぐ先に下層への階段があるはずの場所まで来ていたからだ。
「本当に、この辺にあるんだな?」
「ん。地図を見る限りはこの辺り。というか、そこにあるはず? 変な魔力の流れも見えるし」
リアーネは岩の柱に挟まれた空間を示して言うが、目を向けても何も無いようにしか見えないのだった。
「みんな! これ見て!」
写真機を掲げたラウリーに近寄り、映し出された柱の間を表示板で確認すると、そこには地下への階段と、それを隠す魔石の発する魔法陣を見ることができたのだった。
「「「えっ!? 広間になって無いの!?」」」
まずはリクハルド班の六人が階段を降って下の様子を確認し、携帯魔導通信機を通じて迷宮核の複製のある広間を見つけたと返事があった。
周辺から石を切り出し急造の小部屋を造り、扉の設置も行うことにした。
これはさすがにリアーネとレアーナの二人だけで行うには大変すぎるので、体格の大きな獣人族の皆が切り出した石材の運搬を手伝った。
その後はいつものごとく作業を終わらせ地上へと転移して戻るのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。