154 狩る方法と滝の裏
ザァァァァァァーーッ。
四月になり雨季がきたとは言え、朝から激しい雨になるのは珍しいことである。
狩人組合へと赴く途中、重く垂れこめていた曇り空から雨へと変わっていた。
「ふぅ。今日はまた凄い降ってきたねー」
「ん。雨の日は休みにするべき」
「リーネ? そう言って冬がきたら寒い日は休み、っていうんでしょ?」
「あー。引きずって行くのが大変だったよねー」
「そうなの。そんなに不満なら、天気を変えたらいいの!」
組合の入り口前でバサリと外套の水気を払いながらも、その手があったか! と、双子の目が見開かれたが、よくよく考えてみると天候魔法も一時的に効果を及ぼすだけですぐに元に戻るものであったと学院時代に試したことを思い出し、肩を落として扉を開けて入っていく。
「ね? あれって何かあった?」
四班そろって三十六層に転移して、探索を始めて早々に歩きながら発したルシアナの疑問の先に目を向けると、同行する他班の持つ銃器の形状が様変わりしていたのだ。
前回、探索から戻ると各班の狙撃銃を使っている者達が押しかけて、リアーネの持つ大型の狙撃銃と銛撃ち銃や通常の狙撃銃にも興味を示し詳細を聞いてきたのだった。
この辺りまではルシアナ達も一緒に居たが、そこから先は双子と彼らだけで射撃場へと場所を移して、銃を貸し出し順番に試射をしていった。
彼らの持つ銃は魔物の素材も使っているため、鍛冶工房へと持ち込んで改造してもらうことになったために、各人の銃に合わせて要点を詰めていく。
「んー、なら、黒鋼銃砲工房がお薦め。リーネも良く行く」
リアーネの銃のこともよく知るクスタヴィ親方の工房を紹介したのだった。
この層は事前の打ち合わせでも言われたことだが、ほぼ対角線上にある端の領域まで移動する必要があり、できる限り起伏の少ない経路を選んで二箇所あるだろう崖を登る地点に階段を造る予定であった。
途中遭遇する中型以下の魔物は全て射撃で対処していくのだが、前回とは違ってリアーネ達の出番は少なかった。
「なるほど、この狩り方は良いね!」
「全くだ。今までやらなかったのが不思議でしかたないな」
猫人族のレーヴィとリアーネ以外に唯一大型の狙撃銃を使う鬼人族のマルワーンが、仕留めた魔物を餌にして魔物を引き寄せる方法を試して、有用性の高さを実感するのだった。
大型の魔物はできる限り遭遇を避けて進路を調整して進むが、それを避けることができないこともある。
「ゥラァァァァアアアアアッ!」
「ダァリャァァァァァッ!!」
「あとは、任せろっ!!」
イルファンら盾役を追い抜き嬉々として斬り込むディートリヒとゲレオルクの虎人族二人の斧槍が、閃刃鹿の鋭い刃のような角を左右立て続けに切断し、髭小人のスレヴィの振り被った戦槌が突進してきた閃刃鹿の頭部を打ち砕くのだった。
魔物の現れる方向によって対処に当たる人員は変わるのだが、概ね同じようにして領域を越えていく。
リアーネ達は『脱血』を掛けて回収し、量が多くなれば浮揚車に乗せ換えて、経路の指示や休憩時の準備などの支援役に徹することとなった。
予定していた二つ目の崖に近付いていくと、ザァァァァァァーーッ、と水の流れる音が聞こえてきた。見ればそこには幅のある大きな滝が存在し、階段を造るのは難しそうだった。
「嬢ちゃん、ここで良いのか?」
「ん。ここが予定の場所………間違いない」
「うぅ……リーネー、ここ寒いねー」
地図と現在地を見比べたリアーネはイルファンの声に答えるのだが、さてどうしようと考え始める。ラウリーも周囲を見回すが、思ってもみなかった寒さに身を震わせていた。
「リーネ? 階段造れそう?」
「ちょっと離さないと滝のせいでずぶ濡れになるよねー」
「うちも、濡れながら階段造るのは嫌だなー……うーん、あの辺とか?」
レアーナの示すのは滝から離れた崖であるが、ひと続きでは目的の高さまで階段が造れないような場所であった。
「ん。上も見ないと。もっといい場所があるかもしれないしね」
「ここはリーネとレーアに任せるの。さぁ、お茶の準備を始めるの!」
リアーネとレアーナの二人で『浮揚』を使い、階段を造るのに良さそうな場所を見て回っていると、周辺の警戒をしていた者達が警戒の声を上げるのだった。
「………気を付けろ! 滝の向こう、魔物の反応だ!」
バッシャー………ンッ!!
滝の流れを突き破って現れたのは、青白い毛に覆われた大きな熊の魔物であった。探索者の多さに警戒しながらも、唸り声を響かせて攻める機会を覗っていた。
熊の魔物の足首を隠す程しかない水深の川の中を歩いてくるだけで、パキリパキリと水面に氷が張っていく。
「随分と魔力垂れ流しだな」
「ああ。確か氷霜熊か。こんな場所で出くわすとは厄介なことだ」
「まぁ、殴れば同じだがね」
「違いない」
そんなことを言い合う内にも狙撃銃を構えた後衛陣が、前衛陣に身体強化魔法を掛けて支援する。
準備が整い気を漲らせ、今にも飛び掛かってこようと動きを見せた氷霜熊に、一斉に銃弾が突き刺さる。
「「「ダリャァァァァァアアアアアアアアー………ッ!」」」
銃弾を嫌そうに身を捩った氷霜熊に、バシャバシャと水を蹴散らし間合いを詰めて、一気に終わらせると重い攻撃が叩き込まれていく。
氷霜熊も何の対策もしていなかったわけでは無く、足元の水が渦巻いたかと思えば身にまとって氷の鎧となるのだった。
ガガガガシャンッ!
次々打ち込まれる斬撃に打突は、細かな氷を押し固めたような鎧の一部を削り取るだけで、一向に堪えた様子が見られなかった。
「こいつを打ち込め!」
髭小人のスレヴィが声を張り上げ放り投げ、氷霜熊の間近で戦棍を振るっていた竜人族のライアンが、申し合わせてでもいたように近くへ来た鏨の先端が埋まるくらいに打撃を放つ。
「よくやった! 後は儂がやってやるわい!」
盛大に水を蹴立てて走り寄り、ぐるりと半円を描くように勢いを付けて戦槌で鏨を殴打した。
氷の鎧自体は同じように削られただけだが、戦槌で押し込まれた鏨が氷霜熊の頭部を打ち砕いたのだった。
「みんな凄いねー」
「ボクらにはボクらのやり方があるって」
「そうなの。あれは真似できないの」
強化魔法を掛けるくらいしかできなかったラウリー達は、皆の強さに感心するばかりである。
「ん。もういい? 良さそうな場所はあったけど、あそこはどうなってるかな?」
「調べないとね」
リアーネとレアーナの目は氷霜熊の現れた滝に向いていた。
「ここは俺達が行こう」
竜人族の二人が水に濡れるのも気にせずに進んで行くが、すぐに戻ってくるのだった。
「どうした、行き止まりだったか?」
「いや。思いのほか広そうだ。リアーネ! 地図の確認をしてみてくれ」
疑問を浮かべたレーヴィに答えたイルファンは、地図のことなら任せたほうが早いだろうと判断してリアーネに声を掛けた。
「ん………? あー、これは広域表示だと気付けない」
ゴーグルを操作して表示倍率の変更をすると、滝の裏に広がる迷路が姿を現し、迷路を抜けた先には目的地へと続く階段があることが判るのだった。
「ん……魔導具の反応がある。どうする? ここ抜けるより、あそこに階段があったほうが楽ではある」
「わかった。階段の作成は任せる。その間こっちを探索しておくよ」
周辺の警戒要員とリアーネ達の手伝い以外に、滝の裏を調べる班に別れるのだった。
いつものごとく階段上での戦闘も考慮して一段の幅も奥行きも広く取り、長くなり過ぎないように何度か折り返すようにして鉄筋入りの階段が造られていくのだった。
「「できたーっ!」」
「おつかれリーネ、レーア!」
一足先に休憩を摂り、行動食という名のお菓子を食べて待っていると、滝裏の探索班が戻ってきた。
「おぅ! 戻ったぞ!」
「こいつを見てくれ!」
魔法鞄から取り出された魔導具は、片手で持てるような大きさの持ち手のすぐ上に丸みを帯びた金属に細かな穴が無数に開いており、魔力を流して起動するとヴゥゥゥーンと内部から小さな音が聞こえる物だった。
「なにこれ?」
「はっは! 嬢ちゃん達には縁の無い物だろうな。これは、髭剃り器だ!」
竜人族の肌は鱗で覆われており髭の生えない種族にとって必要の無い物であるはずが、なぜか嬉しそうに話すイルファンを見て、ラウリー達は首を傾げるのだった。
休憩を終えれば階段を上った先を進み、大物に出会うことも無く狩りを続けて下層への階段に到達する。
その後は扉の設置など、いつもの作業を済ませて地上へと転移していくのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。