152 遺物志向と革新家
二十九層の迷路の階層を越えた三十層は、多数の探索者が共同で領域毎に狩りを進めていた。
本日よりラウリー達も三十層の探索を始めるのだが、魔物の狩りでは無く下層を目指すために、もう一つの班と共同探索をすることになっていた。
それというのも十分な力のある班であることは当然であるが、何より橋を架けるなど後々の迷宮探索を楽に進めるのに非常に貢献できるからであった。
「えっとね、今までのように最短の経路を構築してくれれば良いってことよ。頑張ってね」
狩人組合の受付嬢、イェニーナが兎耳を揺らしながら笑顔で説明する。
「うん! 頑張る!」
「んー……、皆で狩りをしたほうが良いと思うんだけど?」
「大丈夫だって! ボク達はこれまでどんな魔物も乗り越えてきたじゃない!」
「うん。まぁ、そう……かな?」
「レーア、騙されちゃ駄目なの! ルーナのおバカが酷くなってるの!」
「ロット!? 酷くない!?」
拳を振り上げ元気なラウリーに小首を傾げるリアーネとロレットの襟首をつかんでガクガクと揺らすルシアナに流されそうになっていたレアーナ達は、待合室の一画にある卓で賑やかに話をしているのだった。
「あぁ……共同探索の班ってのは、お前達……なのか? 本気かイェニーナ?」
そこへ、見上げる程に大きな体をした橙色の鱗を持つ竜人族の男性を含む五人組が近付いてきて、ラウリーの頭越しに話を始めるのだった。
ほかの四人は竜人族と虎人族、鬼人族に猫人族の男性ばかりの班であるようだ。
「あら、この娘達のことバカにする気なの? だったら、その装備を置いて地元に帰って良いわよ」
ラウリーの肩に手を置きながら不機嫌そうな声を出すイェニーナは、男性が首から下げるゴーグルを示して言うのだった。
「なぜそうなる? これは関係ないだろう」
「大ありよ! だってそれの開発者はこの娘……じゃない、この娘なんだから!」
ラウリーを押し出して語気を強めたが、間違えていたことに気が付いてリアーネの背を押し出して言い放つ。
リアーネはキョトンとした様子で、何を言い始めたのだろうと見上げるようにイェニーナに目を向ける。
「もう一度聞くが、本気かイェニーナ? 俺が聞いた話じゃこのゴーグルの開発者はこれだけでなく、通信機や保存食、新型の魔法鞄に今話題の浮揚車なんかも造ったっていうじゃねぇか。それをこんな小娘が探索者の片手間に造り出したってのか? そりゃ一体どこのお伽噺だ?」
「なんか、言い合いし始めちゃったね」
「ん。三十層の情報のおさらいでもしておこうか」
受付嬢と竜人族の男性を放って、ラウリー達は地図を囲んで経路などを相談する。
前回の帰還前に確認した地図をリアーネは光魔法で再現し最初の領域は高低差も視認できる状態にして、いつものように障害を無視した最短の経路を検討する。
大型の魔物の出現が少なく橋や階段を造る労力が大きすぎない場所という、でき得る限り最短経路となるようにという見解であるため、ほかの班とは選定の基準が違うのであった。
地図に経路と橋などを造らなければならない場所を描き込んでいく。
「よう! ラーリ。今日は同じ階層なんだって?」
「やっと追いついてきたわね! おかげで地上とも通話がつながるようになって、みんな感謝してたわよ」
「どういたしまして! 階層は一緒になるけど、合同の狩りに参加するのとは違うみたいだよ?」
次に声を掛けてきたケイニーとオイヴィに、ラウリーが組合側からの要望を伝えると、残念そうな悔しそうな複雑な表情を浮かべるのだった。
「それより! 浮揚車だよ、浮揚車! あれ凄いな!」
「全くだよ。リーネが開発したんだってね。先輩方の話を聞いてみても、探索の仕方が随分と変わったとか楽になったとか色々聞くよ。こんなに探索者のことが解ってる魔導具師はほかにないって評判良いよ」
「ん。使ってみないと道具の良し悪しは判り辛い。浮揚車だってレーアのお爺ちゃんが居なかったら最初の扱い辛いのを、そのまま使ってたかも」
二人の言葉が嬉しくて双子の尻尾が機嫌良く揺れていた。
「自己紹介がまだだったな。俺が班長のイルファンだ。見ての通り剣と盾を使う」
そう言うのはイェニーナと言い合いをしていた、橙色の鱗を持つ竜人族の男性である。
背負った盾の幅は五十センチを超えるくらいで彼の体格から考えると細身だが、高さが二・五メートル近くあり、半身になれば大柄の体を覆い隠す程もある。盾の足元からは杭が突き出しており、相当な重量を感じさせた。対して剣は普通の片手剣のように見えるが、ラウリー達にとっては両手剣を越えるようなものである。そんな装備に対して革の道着姿はどういうことだろうかと疑問に思うところであった。
「俺はライアンだ。前衛は俺達に任せて嬢ちゃん達は後ろで見てればいいからな」
もう一人の竜人族の男性は濃紺の鱗を持っており、手にしているのは四メートル程ある巨大な棍であった。金属で補強されているようだが魔物素材を主体としており、両端は大きく凶悪な外見をしていた。彼も革の道着姿であるのは竜人族なりの拘りなのだろうかとラウリーは首をひねっていた。
「ふん。せいぜい足手まといにならんようにな。ディートリヒだ。好きに呼べ」
次に名乗ったのは橙髪の虎人族の男性で、隣に並ぶ竜人族二人のせいで小さく感じるが、それでも二メートルを超える大柄な人物だ。
四メートルを超えるような長さのある斧槍を手にしており、これも魔物素材が使われていると判る形状をしていた。軽鎧に分類されるだろう鎧にも同じ魔物の素材を使っているのか、共通点を見ることができた。
「マルワーンだ。狙撃もこちらに任せてもらって構わないよ。この大きさの物は君らじゃ扱えないだろう?」
一・七メートル程とラウリー達からすれば十分に大柄な男性は、額から二本の角を生やした鬼人族であり、肩にかけた大型の狙撃銃を強調しながら名乗るのだった。
ラウリー達と同じような軽装備ではあるが魔物素材を惜しみなく使った質の高い物であると判るのだった。対して大型の狙撃銃は古くから有るような物を使っており、リアーネは随分久しぶりに見たと感じるのだった。
「彼らも悪気は無いんだろうけどね、俺らみたいな小柄な者はどうにも下に見がちなんだよ。こっちが大人の対応をしてやらなきゃいけないからね……。あぁ、そうだ、僕はレーヴィ。よろしくな」
彼らの班で唯一馴染んだ背丈をした猫人族の男性が、人懐っこそうな笑顔で仲間の非礼を詫びてくる。
マルワーン同様、こちらも古い型の狙撃銃を肩にかけ、軽装鎧を身に着けていた。
狩り班との打ち合わせの前にお互いに自己紹介をしたのだが、ラウリー達は気にしても仕方が無いと思うことにした。
探索自体は移動経路もリアーネの計画通りに進めることで合意を得られ、三十層へと転移していく。
合同で下層を目指す竜人族を含む班員は、探索方法が違うことに戸惑うばかりで、最初の勢いはどこへ行ったのか、ついて来ているだけになっていた。
それというのも中型の魔物までならば遠距離で狙撃して、魔石狙いのほかの魔物が近寄っていったところを更に狙撃し多くの素材を一箇所に集めていたからだ。
ひとしきり魔物を狩ればまとめて回収をするという方法で、その間周囲の警戒を任されるが近寄ってくる気配さえ無く、彼らに出番が無かったのだ。
「あぁー……お前達の探索はいつもこんな感じ、なのか?」
「そうだよ? お兄さんの所は違うの?」
彼らは近接戦闘が主体で射撃は大型の魔物が近付くまでに行ったり、周囲の警戒のためでしかないというのだった。
リアーネの大型の狙撃銃や全員が潤沢に魔法鞄や魔導具を持っていることにも驚いてばかりで役に立っていなかった。
何より橋を架ける作業を始めると警戒も忘れて見ていたほどだった。
途中で摂った昼食や休憩中でも凍結乾燥スープや封入食品の量であったり、店売りしていない種類の物を無造作に使っていることにも一々驚いていたのだ。
そのうえ浮揚車で海上を移動し巻き取り器と銛撃ち銃を使って酔魹を狩る姿に、自分達の探索がえらく非効率で体力に頼っただけのものかと考えることになるのだった。
「ふぅ。これで造るのも終わりかな?」
「ん。階段まで、あと少し」
岸壁に下り階段を造り終わった一行は下りきった所にある下層への階段を降りていく。
「いつも思うけど、階層移動の階段もう少し短くならないものかな? 降りるの大変なんだけど」
「荷物が多いときは特に思うよねー」
「今は浮揚車で運んだ荷物って登り口側に戻ってるの? 下り口近くの領域からだと移動だけでも大変なの」
「ん? そこは考えてなかった………」
リアーネは階段を降りながらも何かいい方法が無いかと考え始めるのだった。
後で聞いてみると、浮揚車が階段を降りることができる程度には広さがあるが、迫る天井に対して心理的な圧迫感を感じるために、登り口に戻っている者もそれなりに居るということだった。
夕方頃、組合に戻ってきた一行が受付嬢に報告すると、イェニーナは竜人族の男性に勝ち誇ったような顔をして一言漏らすのだ。
「で? あなた達はどうするの?」
「「「すまなかった!!」」」
一斉に頭を下げて謝罪の言葉を放つ様子に、ラウリー達は一体何事かと驚き後ずさってしまうのだった。
「あー? うん。大丈夫……だよ?」
いつまでも頭を下げたままの彼らの様子に、ラウリーが代表しておずおずと声を掛けた。
すると様子が一変して、新しい探索の在り方について、どうすれば良いのかと相談してくるのだが、新しい探索が何なのか判っていないラウリー達に答えることはできなかった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。