150 作り込みと新工房
山岳や森林の領域の多い十七層から二十二層まではラスカィボッツ周辺の魔物を多く確認したが、二月も終わりが迫ってきた頃に迷路の広がる二十三層に到達した。そこでは地中海沿岸域の魔物の出現を確認したのだった。
「最近、探索時間が随分と短くなってない?」
二十三層の迷路を抜けてから地上に転移し、組合に戻ると受付嬢に言われたのだ。
「そうだっけ?」
「ん……、階層毎に翼竜と戦闘になったから最近の探索は大変になってた。最短経路で移動してるのはこれまでと同じだから、階段のある領域が近くにあるだけじゃないかな?」
「あと、あれだね。橋掛けたり階段造ったりしてないでしょ」
「歩き易い地形ばっかりだったもんね」
「あれが、なの? 無理せず『浮揚』で行ってただけなの……」
手を加えるには数日掛かりの大工事になるような場所は、諦めて『浮揚』で越えることにし、そのほかは比較的なだらかな斜面や低い段差の連続であったため、そのまま移動ができたのであった。
「ま、何にしても無事に戻ってきてくれれば問題無いわ」
◇
三月に入りテルトーネも夏の気候に変わってきたことと、迷宮内も温かい階層が続いていたため探索用の外套も薄手の物に変えていた。
二十六層に到達して地上に戻った翌日。
黒銀の槌工房にレアーナの祖父ヴィヒトリが、大荷物を満載した小型魔導車に乗って現れた。魔導車の工房は息子に任せてきたから、これからは悠々自適な隠居生活だと、帰宅したレアーナに目を細めて笑いながら言うのだった。
「何でも新方式の小型運搬車の噂を聞いたんじゃが、知らんかのぅ?」
「爺ちゃん、引退って言うけど、そっちに興味が移っただけじゃあ……」
「ほっほ。確か浮揚車じゃったかのぅ? 現物を見るのが楽しみじゃ」
楽しそうに話す祖父の様子に呆れながらも、まだまだ隠居生活は遠そうだと思うレアーナだった。
◇
日が明けてレアーナは携帯魔導通信機で双子を呼び出して、祖父と引き合わせる。
「よぉ、嬢ちゃん達、元気そうじゃのぅ。早速で悪いが見せてくれんかのぅ」
「レーアの爺ちゃん、久しぶりー!」
ラウリーが元気に挨拶しているうちに、リアーネ達は広い作業場に場所を移して腰鞄から浮揚車を取り出した。
「ほほぅ! これか! 相変わらず飾りっ気の無い造りじゃのぅ……」
そう言ったきり浮揚車の構造や機能を見分し始めてはブツブツと呟き、リアーネに疑問をぶつけ形状や構造の意味を読み取り理解を深めていく。
時間が掛かりそうと感じたレアーナは、山羊乳とたっぷりのお砂糖の入ったお茶を煎れて、ラウリーと一緒にレアーナ達の様子を見ているのだった。
「とりあえず使える状態なだけで、まだまだ問題も多そうじゃのぅ」
「えっ!? そうなの爺ちゃん? 十分使えてると思ったんだけど……」
一通り見分して浮揚車に残る問題点に気が付く辺り、レアーナと違ってヴィヒトリは一流の技術者であり多くの知識を持っていると覗わせる。
「ん。魔力の消費が多い。今のままじゃ迷宮内でしか使えない」
「そうなのリーネ?」
「さすがにわかっておるか。そうじゃな、浮くというのはそれだけで大変なことじゃから、嬢ちゃんでなければ形にもできんかったじゃろうな」
この欠点も運用するのが迷宮内に限るならば魔力の蓄積速度が地上よりも早いために、今のままでも実用に足る性能があった。
「実際に使った探索者からは、こんな意見が聞けてる」
リアーネは腰鞄から組合がまとめてくれた意見書の束を取り出して見せていく。
その中には、魔導車みたいに屋根を付けてほしいだとか、銃を積んでほしいなど、大きな変更をともなうものから細々としたものまであるのだった。
「はぁ、まったく……なにも判っとらんなぁ。これとこれ、ここら辺は好みの問題じゃし、どうとでもなるが、これは論外。じゃが、これに関しては浮揚車の根本にかかわる部分じゃし、考える必要があるじゃろうな」
ヴィヒトリが指さしたのは、上下移動をもっと自在に行いたいと書かれた部分であった。
「ん。リーネもどうにかしたかった。操作方法を考えてたところ」
操縦席に腰かけて、操作するのに、どこにどの程度の余裕があるかを検討する。
一通り納得いけば小さな模型を作成して、全体の重量配分や見た目、機能や配置を考えると良いと言って浮揚車の持つ要素毎に部品を造り組み合わせ始めた。
実のところリアーネはこの過程を光魔法で行っていたが、ヴィヒトリは工房にあった軽銀を使っていた。
形を残せるという意味でも、実際に造ったほうが良さそうだと感じる部分であった。
何種類か造り出し重心を調べて印をつけて見比べていく。
「解るか嬢ちゃん。重心がここら辺なのに浮揚機がこう付いとる……」
重量配分が悪い中で水平を保つようになっているため、無駄に魔力が使われているのだろうとヴィヒトリは予測を立てる。更に移動中には見かけ上の重心が後部に移動するため、前方が跳ね上がりかねないのを、無理やり抑え付けるようにしているのも魔力を無駄にしているのだろうという。
「まぁ、実際には操縦者の重量と、圧縮庫にどれだけ荷物を入れているかも問題になるわけじゃが、空のときと満杯のときで重心位置を割り出して設計していく必要がある」
「ん。前方に持っていったほうが構造としては優位かな?」
「多少楽にはなるかも知れんが浮揚機の位置次第じゃろうなぁ。操縦性にも関わるじゃろうし、どちらが良いとは一概には言えん」
様々な検討に試作の模型が造られていく中で、浮揚機関は上部に付けて機体を吊り下げたほうが安定させやすいなどは、長年魔導車を造り改良してきた職人ならではの経験則から導き出されたものだろう。
「もうすぐお昼だよ?」
「あー。終わりそうもないし飯にするか。根を詰めとるだけじゃ、いかんからのぅ」
ラウリーとレアーナは二人の議論と試作に着いていけずに、足りない資材を持ってきたりと手伝っていたのだが、たいして役にも立てないのならばと昼食の準備をしていたのだ。
数種類の腸詰めに蒸し薯とスープに薄切りにしたパンを用意し戻ってくると、さすがに腹を空かせていたのか卓上が片付けられていた。
「待っておったぞ。上手そうな匂いじゃな」
手早く配膳を済ませて食べ始めると、食べながらも議論が続くのだった。
昼食後には、検討を済ませて選ばれた数種類の浮揚車を、実機の四分の一の大きさで試作して検証をしようと予定が立てられていく。それだけの大きさがあれば魔法陣を焼き込んだ魔石を取り付けることもできるために、実働試験も行うことができるからだった。
一通り予定が決まると案内したい場所があるとノィエトゥアへと連れられた。
このところずっと工事をしていた広い工房が完成したのだと案内されたのだ。
「「「ここって!?」」」
「鍛冶組合から浮揚車の話と一緒に工房を仕切る気は無いかと連絡がきてなぁ、色々あってこっちにくることにしたんじゃよ。この工房も完成したのはガワだけじゃし、内装なり、工作魔導具なりはこれから設置せにゃならん」
実に楽しそうに笑い声をあげるヴィヒトリであった。
◇
その後は、迷宮探索から戻れば黒銀の槌工房で浮揚車の試作と改良を続ける日が続くことになる。
初期の『座席付きの箱』といった形状では無く意匠を凝らしたうえで必要魔力を削減し、地上での使用も十分にこなせるものができ上がるのだった。
そのうえで、必要になる部品の工作魔導具などを設計と改良に、魔法陣の作成をリアーネが手伝うことになるのだった。
工房が本格的に稼働し始めると、探索向けの浮揚車以外に他所の迷宮向けや一般向けにも製造が始められた。
前方に座席のある物のほか、後方に座席のある物や圧縮庫を小さくして二人乗りができる物など複数種類が用意されていた。
加工難度の問題で量産が難しい試作車は、ラウリー達が使うために各部の調整が施されるのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。