148 氷雪地帯と翼翠竜
十四層の深い森の領域は背の高い樹木のほかにも低木や下草、苔の類で覆われており、剣鉈で斬り払い魔導具を利用しながら道を固めて進んでいた。
この魔導具は『獣道』や『森林迷路』の魔法を応用し、切り開いた幅四メートル程から植物をどけて『土変形』や『石変形』『石化』などで道を造るようなものであり、地面を平らに均す手把のような形状の物である。地面に接する部分は魔導具を起動すると『浮揚』によって浮き上がり水平に保たれるようになっているため、左右に傾きの無い道を造ることができるのだった。
ようやく形になった簡易舗装用の魔導具のおかげで、ラウリー達は随分と楽に進むことができるようになり十五層へと到達した。
野営の準備に通信状況の確認、夕飯の準備を始める中でリアーネは地図の取得のためにルシアナに確認してもらってから扉を開けた。
「「寒っ!?」」
扉の外は高山の頂から見下ろすような風景が広がっており、深い雪と氷に覆われていた。
慌てて引き返してストーブを取り出し温まろうとするリアーネに、やり過ぎだと呆れたように言うルシアナだった。
「それにしても見事な雪景色だったねー。びっくりだよ」
「ん。あの扉、思った以上に高性能だったみたい。閉めたら寒さも遮断してくれてる」
温まったおかげで冷静さを取り戻したリアーネは、防寒装備をしっかり着込んで『暖房』魔法も追加してから、地図を作製するために起動状態のゴーグルだけを扉の外に出すのだった。
◇
交代でゆっくりと体を休めたラウリー達は、朝食を済ませ新調したばかりの寒冷地用の装備も身にまとい探索を始めるのだった。
「はぁー……もう、帰っていい?」
「ん。賛成」
「「「今から行くんでしょっ!」」」
視界を埋め尽くす雪と氷の風景に、双子は耳を萎れさせて全身で行きたくないと主張していたが、ルシアナ達に背中を押されて渋々ながらに足を進めるのだった。
爪靴が立てるザクザクという音以外にほとんど音の無い中を、ラウリー達は転倒防止用の杖を手にして滑らないように気を付けながらゆっくりと斜面を下っていく。
「こんなとこにも魔物って居るんだね」
「ん。あれくらいなら何とかなる」
「難しそうだけど、やってみるの」
リアーネとロレットは足場が不安定なために杖を雪に突き刺し構えた狙撃銃の台座に利用して、照準器に捉えた体長五十センチ程の岩鼠を手早く仕留めていくのだった。
「ボクの出番がー……」
「いや、うちらだって出番無かったし」
「そうそう。岩の隙間を通して鼠を狙うなんて、弓じゃ難しいよ」
ラウリーの指摘通りに針の穴を通すような射撃であったため、ルシアナも弓では難しいと解ってはいたのだった。
「あー、猫だ!」
「ん。丸っこい。可愛い……けど、丸過ぎ?」
ルシアナの愚痴が収まった頃に岩鼠を倒した辺りを見れば、一頭の岩穴猫が残されていた魔石に近付いているところであった。
しかしその猫、以前に見た個体に比べて体形が随分と丸く、よく観察してみればほかにも微妙な差があることが判ってくる。
「リーネ、どうしたの?」
「ん……。多分あれが属性魔力の強くなった魔物なんだと思う」
「あぁ! 外見が違うってそれでなの」
「丸鹿はもっと上の階層で丸っこくなってたよね?」
「そうだね。それとは違うのかな?」
魔物の魔力が強くなると属性による変化が外見に現れる傾向にあると、知識として知っていたリアーネとロレットは一瞬納得の声を上げるのだが、ルシアナが挙げた丸鹿の例のために考え込んでしまうのだった。
氷雪の斜面は気を付けてゆっくり移動を続けていても、十メートル近くを滑り落ちるようなこともあった。
「はぁー……、楽しかった!」
「ラーリー、うちは心配したのに……」
「レーアは焦って自分もこけてただけじゃない」
「はいはい。みんな気を抜かないの」
「ん。置いてかれた」
楽しんでしまうラウリーを見ると、皆はわざとしているのでは無いかと思ってしまうのだった。
「ね、『浮揚』で移動したほうが良くない?」
座り込んだままのラウリーが疑問に思って言葉にすると、問題点があげられる。
「ん。リーネはそのほうが楽」
「あー……確かにそうかも? でもボクらはまだそんなに使い続けるのは無理だよ?」
「うちもだねー。領域一つ移動するだけで、しばらく魔法が使えなくなるんじゃないかな」
「みんな修練が足りないの。だからって代わりに私達が使うのも違うと思うの」
「あー、そっかー。ラーリもずっとは無理かなー」
気を取り直して斜面を降って次の領域へと進んでいくが、領域どうしを繋ぐ通路は雪も氷も無いようなので、爪靴に足を取られるために外して進むことになる。
そこは平坦な雪面の広がる場所で領域の端の壁までは、雪のような色をした柱が天井までつながって、氷でできたような樹木がちらほらと見ることができた。ゴーグルが無ければ魔物の存在にも気付けないほど、何もかもが白い領域だった。
「うにゃあっ!? 埋まっちゃうよ、ここっ!」
雪の平原に踏み出したラウリーの脚は膝近くまで埋まっており、倒れそうになるのを支えようと手を突くが、体ごと飲み込まれるようにして埋もれるのだった。
驚きと寒さで尻尾を膨らませて硬直したラウリーを、リアーネが『浮揚』を掛けて助け出し、雪靴を取り出して皆は靴に取り付けていく。
「歩きにくい……」
「ん……埋まらないだけまし」
横幅のある網状の底面が雪に深く沈み込むことを防ぎ、爪先を中心に突き出す爪が足元が凍っていても滑らずに済むようになっていた。
それに加えて転倒防止の杖を手にして、ラウリー達は雪原を進み始めた。
それでもラウリーにとっては足首近くまで埋まってしまい、いつものように走り回ることが困難となるために、魔物との近接戦闘時に著しく機動力が削がれるのを不満に思っていた。
進行方向を見定めて冬毛で真っ白な藍鎧兎を射撃で仕留めていくのだが、雪原を滑って高速で近付いてくるために、ほとんどの場合近接戦になるのだった。
「もうちょっと遠くにいるうちに対処できたらいいのにね……」
「ん。それより手前にも兎が居るから無理だけど」
足を持ち上げ呟くラウリーは鬱憤を晴らすように雪を蹴り上げるが、勢い余って尻もちを着いてしまうのだ。
その後もいくつかの領域を通り過ぎ、階段状になった崖のある場所へとやってきた。
「ここ、登るの?」
「ん、そうだね。次の領域がこの上だから登らないといけない」
リアーネの示す方向には、ほぼ垂直な五メートル程の壁が三段ばかり見えていた。
段差の壁に沿ってリアーネとレアーナで階段を幅五メートル、一段の奥行き一メートルと余裕を持たせた造りで作成することにした。
後々雪が降り積もっても利用し易いように、また段差をよじ登るような移動もできるようにと考えたためである。
そうやって階段を造って二段目にきたとき、頭上からドシンと音高く魔物が現れた。
「わわっ!? 翼竜!?」
「ん!?」
ギャーーグゴオォォーー………!!
慌てて段差の影に身を隠して様子を覗うが、既に見つかっているようで咆哮を上げてから睨み付けるように近付いてくる翼翠竜は、淡く光を発して風を身にまとっているのが見えていた。
強化魔法を使いながら階段から飛び降りるように下段に移動して、壁に張り付くように隠れながら攻撃魔法の準備が終わったところで、翼翠竜が覗き込むように頭を出した。
「今だ!『雷球』!」
「「「『雷球』!」」」
至近から放たれた魔法と続くように射撃も行われ、一度に顔面に直撃した翼翠竜は仰け反るように顔を逸らして怒りの声を漏らすのだった。
「今のうち!」
ラウリーの声に従って、翼翠竜の左側から右側へと移動して追撃の魔法の準備を始めた。
ひとしきり咆哮を上げて気が済んだのか段差の上から顔を出し、確認もせずに先程までラウリー達の居た場所を目掛けて収束した空気の塊が吐き出された。
「「「『雷球』!」」」
続けて頭部に魔法と射撃を受けた翼翠竜は、堪らず体勢を崩して足を踏み外し、転がるように落ちてきた。
「「「ひゃぁっ!!」」」
すぐ脇を掠めるように転がった翼翠竜に、ラウリー達の体はブワリと尻尾の毛が立ち硬直してしまうのだった。
「つ、追撃なの!」
いち早く正気を取り戻したロレットの声に魔法を準備しながらも射撃を始める。
頭部を狙った射撃の邪魔にならないように、ラウリーとレアーナは尻尾の側から武器を構えて雪を蹴散らし速足で近付いていく。
「歩き、難い!」
「何か、考えないと……ねっ!」
丁度身を起こしたばかりで頭を振っていた翼翠竜の後脚の踵に向かって、レアーナの振り回す勢いを加えた戦槌が打ち付けられて、すかさずラウリーが両の短剣で斬りつけていく。
ガァァァァアアアーー………!!
「にゃったっ!」
起き上がったばかりの翼翠竜だったが再度転倒することになり、巻き込まれそうになったラウリーは転がるようにして避けるのだった。
何度目かの『雷球』の効果か属性弾が効いたのか、翼翠竜の身は痺れによってピクピクと痙攣し始める。
「やった! 今のうち!」
「ん。任せて!」
リアーネは頭部に近付き構えた銃を眼に向けて、至近から一発二発と撃つのだった。
四発も放った頃にはラウリーによって翼が斬り裂かれ、レアーナがもう一方の脚の踵を砕いており、翼翠竜を仕留めることができたのだった。
「「「狩ったーっ!」」」
溶けるように消えた翼翠竜の跡には、大きな魔石といくつかの素材が残されていた。
その後は階段造りを再開し最上段まで移動して、次の領域へと行くのだった。
魔物よりも雪氷のほうが厄介だと思いながらも下層への階段に到達し、降りた先では通信状態の確認をして中継機を設置してから地上へと戻るのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。