147 迷いの路と多い罠
数日ぶりに迷宮へと足を踏み入れた一行は、十二層の扉を開けて様子の違いに嫌そうな顔になる。
「やっぱり迷路だねー。見間違いじゃなかったんだー」
「ん。しかも広さは十層の全部の領域を合わせたくらいある」
「えっと。それってどれくらい?」
「たしか、ほかの迷宮の一層って領域一つ分くらいじゃなかったっけ?」
「そうなの。それくらいなの。だから、ここはとっても広いの……」
ロレットが取り出した地図はびっしりと描き込まれており、ゴーグルや地図作製機をリアーネが開発していなければ、この階層の突破には随分と苦労をすることになったのだろうと思わせる程に複雑に入り組んだ構造をしていたのだ。
上層の迷路と違って、高さも幅も二十メートル程もある広い通路のために、大型の魔物も移動がしやすくなっているようだった。
通路を進み広間に出ると、見たことのある農耕蟻が迷宮の壁を齧っている姿のほかに、岩鼠や岩鴉蜂などのテルトーネで見ることの無い魔獣を元にした魔物とも出くわすようになる。
「えっと、この周辺にこんなの居たっけ?」
「んーん。ラスカィボッツとか、もっと南のほうに居る」
「それって、どういうこと?」
「上級の迷宮深くって、そんな感じだったりするの?」
「ほかの迷宮では聞いたことが無いって言ってたの」
どういうことだろうかと首を傾げながらも、立ち止まっていてはどうしようもないと先へ進むことにするのだった。
通路は比較的平坦ではあるのだが、時おり微妙な段差があり危険を減らすためにも土属性魔法で平らに均しながらの移動であるため、それなりに時間もかかっていた。
「この罠、仕掛けが大きいね……っと、解除できたよ!」
「小さいのだったら避けて通れるのに。『浮揚』でも良かったんじゃ無いの?」
「ほかの探索者がみんな気が付くと思わないほうがいいの」
通路の横幅いっぱいに仕掛けられていたのは落とし穴であったらしく、ルシアナが戻ってきたところでカパリと通路が落ちていき、深い穴が姿を現した。
「………あれぇー……?」
「解除できたと聞いたの」
たらりと汗を滴らせながら目線を逸らして乾いた笑い上げるルシアナに、呆れを含んだ目を向けて聞きなおすロレットであった。
「深いねー」
「ん。何かある?」
「どれ? えーっと……あれかな? 箱?」
大きく開いた穴を覗き込んだラウリー達は、底に箱のような物を発見する。
それ以外には刃物などが仕掛けられているわけでもなく、十メートル近くになる深さが障害となっているようだった。
「おぉー。ほんとだ。何かあるね。じゃあ、調べてこないとね!」
ロレットから逃げるようにルシアナは口早に言って『浮揚』を唱え穴の底へと降りて行き、しばらく調べた後に蓋を開けることができたのだった。
「お宝だっ!」
「「「お宝!?」」」
箱から取り出し持って上がったルシアナは、魔物の素材で造られたらしき大きな脛当を手にしていた。
「迷宮でお宝見つけるの初めてだよね!」
「ん。でも、これは使えない」
リアーネが調べた限りでは『鎧硬化』『魔力鎧』『敏捷強化』などが付与されている上質な物であったが、残念なことに大型獣人でもなければ使えないような大きさの物だった。
「ボクらには、そうだよねー。でもほんとに迷宮でお宝が手に入ったりするんだね」
「どこから出てくるんだろうね? 毎回ここでお宝が見つかるわけじゃないんだよね?」
「迷宮核には魔導具を精製する機能があると言われてるの。一番目にしてるのは迷宮核の複製なの」
迷宮核は集まった魔力を使って迷宮を維持管理しており、魔力や魔石を元に魔物を生み出していた。その過程で魔導具に使われていた魔石の情報を取り込んだために魔物では無く魔導具などが生成されるのではないかと考えられていた。
そのためかどうか、迷宮内で入手できる道具類はどこかしらに魔石が使われた物ばかりであった。
大きく開いた落とし穴は結局そのままに、通路の壁際に橋を架けることにしたのだった。
通路で遭遇する魔物は数は少なく単独行動のものも沢山おり、そういった相手のほとんどは銃弾一発で仕留めていった。
対して広間では魔物が多く集まっており、範囲魔法や射撃だけでは対処ができず、ラウリー達も奮戦することになる。
「リーネ? ここ通るの? 通れるの?」
「ん………? ここのはずなんだけど、どうなってるのかな?」
とある広間に居た魔物を一掃してから先に進もうとするのだが、地図で見ると通路があるはずの場所には、周囲と同じように壁が続いているだけだった。
「えっと? 隠し扉とか?」
「確かめるしかないでしょ」
「なら……えいっ!」
ロレットが拾った小石を放り投げると飲み込まれるように壁を透過していった。
「おぉ! 通れるんだね!」
「んー、待ってラーリ。いくなら『浮揚』掛けてから」
「あぁ! これも罠なのか。じゃあ、どこかに仕掛けがあるはずだけど……」
皆で周囲を探してみると、あれじゃないかとロレットが示した先の天井には、照明の物を含めて三つの魔石が三角を描くように埋まっていた。
リアーネが『浮揚』を使って魔石を調べに行くと、照明用は一つだけで残りの二つで『幻像』を作り出していることが判ったために、『石変形』を使って魔石を取り出すと『幻像』の壁面がグニャリと歪んでいくのだった。
「うわぁー……。うぅ、何か気持ち悪い」
「ん。今止める」
歪んだ壁を見て気持ち悪くなっていたラウリーとロレットが頭を抱えているところに、降りてきたリアーネが、魔石に魔力を流して動作を停止させると『幻像』が消え去った。
「ほんとに通路があったねー。ほかの探索者はどうしてたんだろうね?」
「さぁ? 遠回りしたのか、気にせず通り抜けたのか」
「はぁ……。たぶん、気にしなかったと思うの」
頭を振ったり目をシパシパと開閉させて気分の悪さを解消していたラウリー達も調子を取り戻したようだった。
「もしかしたら、こんな感じに小部屋が隠されててお宝が見つかったりするのかな?」
「あるかも知れないけど、今は関係ないかな?」
「なの。先に進むだけなの」
この階層は罠が多く設置されているらしく、広い範囲に起動領域が施されていて避けて通れない罠や危険度の高い罠をルシアナが解除していく。
その度に脚を止めて周囲を警戒する一行は、ときには魔物に見つかり戦闘にもなるが、そういうときは魔物を罠に誘い込んで両方一度に片付けていくのだった。
そういう意味では『幻像』の壁のような常に起動状態の罠は発見が容易では無い部類になるだろう。同種の罠には、ほかにも『鏡像』『騒音』『静寂』に遭遇することになった。
特に困ったのは『騒音』で、魔物も近付かない煩い空間であったのだ。
「うるさーい!!」
「ん………無理」
双子とロレットが耳を抑えて蹲ってしまい、顔をしかめながらもルシアナとレアーナが引きずるようにして離れていった。
「大丈夫かー」
「……ありがとうなの」
「どうするの? あれ」
少し離れると嘘のように『騒音』が聞こえなくなることからも、魔法によるものであると推測されるのだった。
「ん。どこかにあの音を発生させてる魔導具があるはず」
「じゃあ、それを停止させればいいんだね!」
進むか戻るかを聞いたレアーナに、原因を取り除くことをリアーネは提案するのだった。
ゴーグルの魔石、魔導具を発見する機能を使えば、すぐさま場所を示してくれるために、少し見回せば容易に見つかるのであった。
「えっと、誰があそこまでいくの?」
「ん。レーアに任せる。えっと、はい、耳栓」
リアーネは腰鞄からゴムの塊を取り出して『木材変形』で発泡質の耳栓を手早く造り出したのだ。
「うちが!?」
「まぁ、リーネが行っても大丈夫だろうけど、レーアのほうが良いんじゃない?」
「任せたの。うぅー、まだ耳が痛い気がするの……」
三人が耳を押さえる様子を見て、渋々とレアーナは受け取った耳栓を詰めて『浮揚』して魔石の元へと浮き上がり、『石変形』で取り出してから魔力を流して停止させた。
「ぃしょ……っと。うん。ラーリ! もう大丈夫だよ!」
耳栓を外して確かめたレアーナは、戻ってきて魔石をリアーネに手渡した。
その後も迷路の罠を解除しながら突き進み、夕暮れ時には十三層へと降り立ち野営を挿む。
翌日には森林の領域の多い十三層も踏破して、十四層に降りた所に中継機の設置を終わらせ、夕暮れ前に地上へと戻った一行は受付嬢のイェニーナと話をして、十二層からしばらくはラスカイボッツ周辺で見るような魔物が出てくることを改めて確認するのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。