146 開発検証と運搬方
「うーにゃー……ふぅ」
「んにゃー……ぁぅ……」
地上へ戻った翌日の朝、というには遅い随分と日が高くなってから双子は目を覚まし体を伸ばしていた。
「ぅー、ご飯、行こうか」
「ん。行こう」
自然と目が覚めるのを待つように、ゆっくりと着替えてから宿を出る。
いくつかの屋台で香りに誘われるままに饅頭や肉串などを買い求め、狩人組合の待合室で朝食を摂り始めると受付嬢のイェニーナが声を掛けてきた。
「いらっしゃい。今お昼? そうそう、携帯魔導通信機なんだけど好評よ」
「んぐんぐ。ん? もう使い始めてるの?」
「上層の狩りをお願いしてる班と、前線に行ってる班毎に二台ずつ貸し出してるのよ。中継機は無くても同じ階層内なら通話は可能だから、ほかの班との連携がしやすくなったって言ってるわね。何組かは自分達用の作成依頼を出したとか聞いたわよ」
「おぉー、やったねリーネ。ほかは何かある?」
嬉しそうに尻尾を揺らす双子は、先を促すように目を向ける。
「そうねー、大型の銃は使い手が増えたかしらね。中型の魔物までなら銃のほうが楽だって言ってたわよ。改良型のゴーグルも評判になってるし、おかげで多少は早く進めるようになってるんじゃないかしら」
魔導具の不満点、使いにくい所、欲しい機能などがあれば聞いておいてほしいと頼んで組合を後にする。
携帯魔導通信機でルシアナ達と連絡を取って、テルトーネ行きのバス乗り場で待ち合わせると、双子が着くまでに先に来て待っていた。
「もっとのんびりでも良かったんじゃない?」
「おはよー。ゆっくり寝てたよね」
「ルーナは新しいお店を探したいだけなの。気にすること無いの」
「みんなおはよー。向こうにも新しいお菓子とか、あるかもだし」
「ん。移動したほうが、できることは多い」
話している内にも発車時間になり、テルトーネへと移動した。
ラウリーとルシアナは露店巡りに出かけ、ロレットはマリーレインの手伝いを、リアーネとレアーナで黒銀の槌工房へとやってきた。
ただいまと声を掛けて奥へ入っていくと、レアーナの父ウォルガネスが大きな骨組みを前に作業をしているところだった。
「なんだ早かったな。こっちはまだ全部の部品はできとらんぞ」
「結構できてると思ったけど、これでもまだなんだ」
「ん。こっちも魔石の準備がまだ。どの程度できたか見にきただけ」
「そうか。で、どうだ? 注文通りできてるはずだ」
「ん、信用してる。一度組み上げてから使ってみないと良い悪いの評価はできないし」
「ちげぇねぇ」
リアーネは作業場を借りて残りの魔法陣の検討をしてから作成を進めていく。
その日のうちにできたのは安全確保用の魔法陣が一つで、残すはあと一つであった。
「リーネ! これお土産!」
「あのおっちゃんの店、新作のお菓子があった!」
皆が錬金術工房へと戻ってから、ラウリーとルシアナは元行商人で現在は甘味処を構えるマルセロの店で新しい菓子を発見したと嬉しそうに話すのだった。
食後に皆で摘みながらの賑やかな時間が過ぎていく。
◇
それから二日、テルトーネの狩人組合の訓練場に五人とウォルガネスの姿があった。
「ん。これでひとまずは完成」
「やったー。ラーリ、乗っていい?」
皆の前にある物は、先日のような骨組みでは無く、組み上がったばかりの物である。
大きな箱を後部に備え前方には座席と方向盤のある、全長二・五メートル程の小型の舟のような物だった。
「リーネ、これどうやって動くの?」
「車輪も無いし魔導車とは違うんでしょ?」
リアーネは操作方法を説明しラウリーが嬉々として乗り込み起動させる。
「おぉ! 浮いたよ! えっと……、ここを、こうして………っと」
専用の腕輪とつながった起動用の鍵を差し込み魔力を流すと、五十センチ程ゆっくりと浮き上がり足元の加速盤を踏み込むと、ゆるゆると前進を始めるのだった。
「そう言えばこの腕輪って何かあるの?」
「ん。もし落ちたときはその腕輪の『浮揚』魔法でゆっくり降りてくる。あと、飛んでいった台車が腕輪の近くに戻ってくるようになってる」
ラウリーは飛行中にわざと飛び降りて試してみたり、速度はそのまま右へ左へ進路を変えて制動機で止まることを確認していった。
それからもう一度動き始めて、のろのろと皆の周囲を一周してから停止した。
「リーネ、これ以上速く移動できないの?」
「ん? あっ!? 加速盤を目一杯踏み込んでも無理? ……ん、今から造る」
リアーネは作業台と素材を取り出して手早く光魔法で魔法陣を作り出し、動作の確認をしてから魔法陣の作成、魔石に焼き付けて交換までを十分かからずに終わらせた。
追加で方向盤の左右に速度域を変更する変速櫂を取り付けていく。
「ん。これで大丈夫……多分」
速度域を変えて移動ができるようになり、十分に使えることを検証できたのだった。
「ね、リーネ。これって浮き上がる高さって変わらないの?」
「だねー、あとは、坂道とかどうなる?」
「水の上も気になるの」
方向盤の中央の速度計の隣にある高度計で調整できるようになっていた。構造から移動中の高度の変更はしないほうが良さそうな造りになっていた。
「ん。基本的に水平を保つようになってるから坂道も大丈夫なはず。急坂だと斜めに進む必要はあるかも」
ラウリーの確かめてみようの声に、訓練場内に土魔法で障害物を作り出し、更に検証を進めるのだった。
一杯まで荷物を載せたうえで、暇をしていた大型獣人の狩人が稼働させた後に機体の状態を確かめて、補強の必要な場所などを調べていくのだった。
「ふむ。なかなか良くなったんじゃないか?」
「おぉ! これで完成かな、リーネ?」
「ん。問題無く使えそう」
「もうちょっと、早く移動できたりしないかな?」
「いや、ルーナ? 結構早かったでしょ?」
「そうなの。ノィエトゥア行きのバスくらいは出てたと思うの」
各部を調べて光魔法で図面を起こし直して紙に『転写』し、魔法陣の書類も作っていく。
「さすがに慣れとるのぉ」
「ん。いっぱい書くの大変だから」
魔法で書くほうが無理だという皆の目を、リアーネは受け付ける気が無さそうに、ゆらりと尻尾を振るのであった。
「それでこれって、何て呼べばいい?」
「ん!? 考えてなかった」
皆でうんうん頭を悩ませ、無難でわかりやすい名前を採用することにした。
浮揚車と名付けられた魔導具を狩人組の組長を呼んできて見せると思った通り驚きの咆哮を上げられ、錬金組合と鍛冶組合に話を持って行ったときにも驚かれ、後日ノィエトゥアの探索組の組長にも驚かれながらも歓迎の声で迎えられるのだった。
浮揚車のおかげで数日間はリアーネが制作依頼で拘束されることになり、探索者による試乗会なども行われることになったのだ。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。