014 大きな湖と魚釣り
「んなぁーーー」
「ねむ……い」
「ほれ、しゃんとしぃ。魚が待っとるぞ」
「お魚!」
「……ん?」
空が薄明るくなり始めた頃にやって来た祖父に起こされた双子は、一瞬起きても、まだまだ夢うつつな状態で、祖父に手を引かれてフラフラと着いて行く。釣りの道具や弁当の入った背負い袋を担いだ祖父は、のんびり朝の散歩気分でゆっくり歩みを進めるのだった。
ここフシャラハーンはサンヤルビ湖畔の村の一つである。他にも虎人族、狐人族、犬人族などの村もある程で龍の山脈でも二番目に大きな湖だ。
「いい加減、目ぇ覚めたか?」
「おー? 湖!」
「ん? いつの間に」
半刻程歩いて、たどり着いた湖の岸辺。岩場の上に三人がいた。
「この辺は急に深くなるからよぅ、落ちんよぅに気ぃつけんだぜぇ」
「おぉぅ……、気を付ける」
「ん。わかった」
耳を倒し手をギュッとつなぎながら、こわごわと湖面を覗き込んでいると、そんな注意に腹の虫が鳴き始める。
「腹ぁ減ったか! まずは朝飯にするか!」
「お腹減った!」
「ん! 食べる」
怖い思いは霧散して、お腹を満たし元気が出て来る。
お弁当の後は早速釣りの準備をするぞと、鞄の中から竿などを出し手渡していく。
「使ぇ方、わかるな? ほれ、ちゃんと持て」
ラウリーは芋と小麦と魚粉などを混ぜた練り餌をネリネリ練っていく。
リアーネは竿を伸ばして糸巻を確認。釣り糸を繰り出し竿のガイドに通していく。
祖父は仕掛け針と浮きを用意し、餌のつけ方、竿の振り方を教えていく。
えいやっ、と投げ入れプカリと浮きが上がればゆっくりとした時間となった。
時おり震える浮きを指して「もうかかった?」「いや、まだじゃ」とのやり取りを横目にえいっっとばかりに竿を立て、糸巻を巻き取るリアーネ。
「おおー! リーネかかった?」
「ん……重い」
巻ききった竿の先は湖面に着きそうなほどに下げられて、魚の重さにプルプル震えるリアーネの力では竿を立てることさえできない。
「ほれ、貸してみぃ。うん? 大物じゃな」
祖父が手を貸して釣り上げられたのは一メートル程はあるだろう髭の立派な黒く丸々とした黒餅鯰だ。湖に浸けた網籠に入れるまでも大変だった。
「リーネすごい!」
「ん。大きかった!」
「良かったな、あれは美味いぞ!」
「「おおー!」」
喜びに振り上げた竿がしなって糸が繰り出される音が鳴り、一瞬何が起こったのか呆けてしまったラウリーだった。
「え!? かかったの?」
「ん! 糸巻止める!」
びっくりしながら糸巻を抑え、引かれる強さに竿のしなりが強くなる。糸巻を巻こうとするが力負けしてうんうんうなる。
「竿ぉー立てろ。ほうじゃ。で、巻きながら倒していけ」
「おぉー巻ける」
「頑張れラーリ」
えっちらおっちら糸を巻き、上がったのは二十センチ程の魚がしぶきを飛ばし暴れ狂う。
「ちっさいのに、なんか強いー!」
「んー……とげとげだねー」
「気ぃつけろ。そりゃ藍棘魚だ。刺さると痛ぇぞ」
「美味しい?」
「食べれる?」
「あんまり美味くはねぇなぁ。捌いて餌にする」
ぶつ切りにした藍棘魚の切り身を大きく付けてラウリーが投げ入れることしばし。細い浮きに変えたのにも意味はあったのだろうかと見るリアーネ。
「ほれ、引いとるぞぃ」
「おぉ? 巻いていい?」
「んー? 引いてるの?」
「はよぅ巻け」
それまでの当たりと違う手ごたえに戸惑いつつも糸を巻く。釣り上がったのは鋏苔蟹だった。
「かにー!」
「蟹!」
驚く双子は置いてけぼりに、祖父はササッと網籠に入れてしまう。
「もう一匹行けるかのぅ?」と追加で二匹の蟹を釣り上げた。
そろそろ太陽も中天に掛かる頃、お昼の弁当を広げだす。
「おいひー!」
「ん。んぐんぐ……」
フォーク片手につつくのは肉や野菜を具としたおにぎりだ。一口サイズに作られたおにぎりは塩漬けにされた蒼紫蘇の葉で包まれている。水筒のお茶とお漬物と一緒に食べていく。
「もうひと当てで帰ぇろうか」
「ぜったい大物!」
「ん、美味しいの釣る!」
午後の釣りが始まった。
「リーネ引いてる!」
「ん! 巻いてく!」
「なに? へび!?」
「おお? ……長い?」
なんだなんだと釣り上げたのは、黒く長くてぬめりと光る。
「こりぁ、煤鰻だな」
「へび違う?」
「んー? 美味しい?」
「おぅよ、美味いぞ!」
ぬるぬるに騒ぎつつ網籠へと入れ終わる頃にはぐったりとなる双子だった。
他に釣れたのは、銀月鮒に紅白鯉と岩鱒だ。
網籠に入れて一刻以上、泥を吐かせる時間を使って帰る準備と周囲の散策。王目箒に薄香、蒼紫蘇など見つけた香草は採取した。
網籠を引き上げ蟹以外は〆ていき、臭みの元だと取り除いた内臓を湖に撒く。
◇
「いっぱい釣れた!」
「ん。大物」
「そう急くな。さすがにじーじも疲れたぞ」
蟹は泥を吐かせるのに時間が掛かると裏庭の水槽に数日入れることにして、祖父の手を取り双子は釣果を披露する。手伝いはいいからお風呂へ行けと放り込まれたのは、一日釣りをし魚臭くなっていたためだ。
その間にと料理を始める母と祖母。
ぬめりを取って、鱗を剥ぎ、三枚に下ろして小骨を取り除く。手際よく全ての魚の下準備が終わったら、残った魚骨からは出汁がとられ、鮒と鯉はすり身にされてスープの具となった。鱒はたっぷりの野菜と茸に乳酪を合わせ窯で焼き、鰻は蒸された後に調味液を塗り炭火で焼かれた。鯰は衣を付けて油で揚げられ、タルタルソールで飾られる。
料理が終わる頃にお風呂から出てきた双子は、祖父に頭を拭かれている。
「おぉ、いい匂いだな!」
「とーちゃ、おかえり!」
「ん、おかえり」
父の帰宅を笑顔で迎え、食卓一面のお魚料理に賑やかしい夕食が始まった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。