142 新作菓子と防寒具
迷宮から戻ってきたラウリー達は、昼近くまでゆっくりと睡眠をとっていたために、空腹で目を覚ましていた。
のたのたと支度を済ませて、行きがけの屋台で昼食を買い込み、狩人組合の待合室でのんびりと昼食を摂ることにする。
「………えーと、じゃあ、この印の所に橋を架けてきたということね。はぁ、ありがたいんだけど、こういう大きいのは建築組合の人にやってもらってたんだけど……。本当に報酬はこれで良いの?」
「んぐんぐ。うん。自分達のために造っただけだもん」
「ん。『浮揚』で飛び越えても良かったけど、後々のこと考えただけ。どうせ自分で使う」
「みんながこの経路を使えば、周辺の魔物も少なくなるでしょ。次から楽に通れるようになるよね」
「造るのはともかく修理なら探索者でもできる人って居るんじゃないかな。んぐんぐ」
「建築組合だって、まだまだ忙しそうなの。それに、いっぱい護衛を付けて工事ができるほど、探索者にも余裕は無いの」
「はいはい。いやーありがたいのは本当よ。優秀過ぎて困っちゃうわ。できれば早くほかの人達に追いついてほしいんだけどね」
食事をしながら先日までの迷宮探索中に、複数の橋を造ったことなど、地図を前に報告を行っていた。
話し終わった頃を見計らったように、ケイニー達も現れ隣の卓に着いて話に混ざる。
「ケイニー……、ラーリ達と一緒って、それだけじゃ報告になってないよ」
「そうだそうだ! ボクらと見てるところが違うだろー」
面倒臭いと手を抜こうとしたケイニーに対して、エーリクとルシアナの苦言が飛ぶことになる。
「ハッ! 確かにな。ルシアナの見てるところなんざ、寝転がらねぇと見えねぇな!」
「なんだとー! やるかー!」
ケイニーとルシアナが言い合いを始めてしまい、オイヴィ達も買って来た食事を摂っているばかりで、結局エーリクが一人で苦労することになるのだ。
狩人組合を出て散策中に狩人組合以外が合同になっている、組合支部の建物を覗いて見れば、街中の区分や商店に工房の案内などを受けることができたのだ。
ゆくゆくは各組合を個別に構えて、合同支部は街の管理を行う場所となるので、そういったこともしているのだと受付嬢に教えてもらった。
消耗品の購入をしながら周辺を見て回ることになり、武具店に雑貨店など気の向くままに足を向けるので、それだけでも楽しい時間となるのだった。
これまで持っていた防寒装備は、寒さの厳しい季節のテルトーネ周辺で活動するためのものであり、二年の旅の間は十分に用を満たす温かな地域ばかりであった。
それに対して迷宮を更に下層へと進めば、テルトーネ周辺でも冬山を登った先のような過酷な環境もあるという受付嬢やほかの探索者の言葉を受けて、防寒装備の見直しをするために組合支部で紹介された服飾工房に訪れていた。
「新しい装備。どんなのにしようか?」
「ん。あったかいのが良い」
服飾工房の防寒具の見本の並ぶ一画で双子は真剣に装備を吟味しており、ルシアナ達も別の一画で防寒装備を見比べている。
「ふかふかの毛皮が良いよね!」
「ん。それだと冬の提灯鼠の毛皮使ってるのが予算内では一番。火属性で『暖房』も強化できる」
見本の防寒具や毛皮などを見ながら、あれこれと相談していると店員が話しかけてきた。
「いらっしゃいませー! 久しぶりだね! ラーリ! リーネ!」
「ヴェルナだ! ここで働いてたんだね。向こうにルーナ達もいるよ」
ラウリーが示すとヴェルナは後で話しかけると笑顔で答えた。
「ん、久しぶり。ヴェルナの作った服ってある?」
「うーん。売り物は、全部はまだ任せてはもらえないからねー。自分の着る物くらいしか作ってないよ」
学院の同期だった鼠人族のヴェルナは、手を広げて自身の服を見せながら言うのだった。
「それで、今日は何探してるの?」
「防寒具!」
「ん。提灯鼠ってある? 冬の毛皮が良いんだけど」
「しばらく前にいっぱい出回った所だよ。迷宮で一斉に狩りをした成果だって聞いてるよ」
そういった素材を使った衣服も早く作ってみたいのだと、ヴェルナは拳に力が入る程に熱く語り始めた。
双子は頷きながらも、このまま聞いていると時間ばかりが掛かってしまうと、自分達の要望を伝えることにするのである。
「じゃあ、それ使ってる、こんな感じのが欲しいんだー」
「ん。後はこの辺の靴と手袋も」
双子は見本に展示されたフード付きの外套や毛皮で分厚くなった靴や手袋を示していく。
「おぉ! いっぱいだねー。じゃあ、採寸しちゃおうか」
店の奥の着付け室へ移動して採寸を始めるのだが、双子のよく似た見た目とは違って数値に細かな差異があることに、測るたびにヴェルナが声を上げるという賑やかな場となった。
「毎度ありがとうございました! できたら組合通して連絡入れるねー!」
ラウリー達は引き換え用の札を受け取って、またね、と手を振って店を出た。
「ね、あそこ行こう!」
一通り買い物を済ませると小腹が空いたラウリーが、香りに誘われるように甘味処に近付いていく。
皆もすぐに賛成の声を上げ扉を開けると、店中に漂う甘い香りに包まれ笑顔になる。
空いた席に着くなり注文すると、打ち合わせても居ないのに同じ物を頼んでいた。
「「「可可プリン!!」」」
しばらくして運ばれてきて、皆は笑顔で口にするのだった。
「プリンにこんな可能性があるなんて……」
「ん。ルーナ、大げさ。リーネ達でパイに包んだこともある。紅苺とか紫甘薯をプリンにしても美味しいと思う」
「な!? リーネ、帰ったら作ろうね!」
「紫甘薯は今の時期無いだろうから、枇杷、甘蕉、翠林檎、翡翠蜜瓜……とか混ぜてみようよ」
「ルーナ!? それは混ぜて大丈夫?」
「ルーナ……そんなにプリン、好きだったの?」
新しい着想に暴走気味のルシアナに押されるように、プリン作りをすることに決まったのだった。
ルシアナが急かすようにして宿で荷物を回収し、自由に使える台所のためにテルトーネへと戻るのだった。
プリンの材料を購入してからレアーナも一緒に錬金術工房へと帰ってきた。
「ただいま! マリー姉! 台所使うよー!」
「おかえりー。なに? 夕飯作ってくれるのかしら?」
「あー、わかった。夕飯も作るよ」
マリーレインの言葉に多少の冷静さを取り戻したルシアナは夕飯までの時間を見て、まずはプリンの試作を始めようと台所へと移動する。
皆で作業を分担して砂糖と山羊乳を量って卵を割り始めたところ、薬を作るために開発してもらった凍結粉砕機を取り出したリアーネを見てロレットが疑問の声を上げたのだ。
「リーネ、そんなの出してどうしたの?」
「ん? 紅苺の粉を作るつもりだけど?」
「「「紅苺の粉?」」」
良く判らないと四人が様子を見ていると、紅苺を薄切りにして凍結粉砕機に入れて数分待ってから取り出したものは、すっかり粉末になっていたのだった。
三つのボウルに山羊乳を等分にして、沢山できた紅苺の粉を分量を変えて混ぜ入れていく。
後はいつものプリンと同じ要領で作るのだった。
手早く作って冷蔵庫で冷やしている間に、軽く片付けてから夕飯の準備に取り掛かり、一通り準備が終われば仕上げを残して休憩にする。
「プリンもう冷えてるんじゃない?」
「ん。楽しみ」
「あら、美味しいわね」
「ラーリはこれが好き!」
「ん。リーネも」
「えぇー? こっちのほうが美味しいって」
「控えめなのも捨てがたいって」
「どれも美味しいの」
夕食後、紅苺の粉を使った分量の違う三種類のプリンを食べ比べ、沢山入れた物が気に入った双子に中間の物が良いというルシアナ。マリーレインにレアーナ、ロレットはどれも美味しそうに食べていた。
翌日、食品組合に料理人組合を訪れて、果物を粉末に加工しての利用法などをプリンを例に挙げて登録するのだった。
後に様々な果物のお菓子類が登場することになるほか、野菜を粉末にしての利用法も考案されることになる。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。