141 頑丈な橋と夜鴉蜂
八層はラウリー達主導で進むことになったのだが、七層同様に起伏に富んだ領域ばかりで最短距離が必ずしも短時間で進むことのできる場所とは限らないため、事前に計画を練っていく。
ゴーグルの地図作成機能では高低差を見ることはできないために、リアーネが『空間測定』と『持続光』で地図を描き出した。
「相変わらず出鱈目な魔法の使い方するよな……」
「ん? そう?」
元々魔法適性の高い森人のエーリクとしては、自分達以上に魔法を使いこなすリアーネには、溜め息しか出ないようであった。
光の地図上で経路に問題が無いと判断すれば、領域内の進路を描き加えていく。
さすがにリアーネでも階層全体の地形を調べることは、負担が大きすぎてできないために、領域毎に経路を検討する予定であった。
「この領域、ここは結構幅のある谷だったはずだけど、どうする気だ?」
「ん。地図で見る限り、この幅なら橋を掛けるのも難しくは無い」
隣で聞いているレアーナやロレットは結構な無茶をするつもりなんだと苦笑い状態であるが、ほかの面々はそこまでのことが判らずに、リアーネが言うのなら問題無いのだろうと聞き流していた。
八層の扉すぐの斜面を緩やかに下っていくと、ほどなくして背の高い樹木に覆われた一帯となる。天井付近まで届く程の巨樹の並びが斜面に沿って生えており、枝葉が照明の魔石を覆い隠すために随分と暗い道行きとなる。
「なぁリーネよ。ほんとにこっちで良いのか?」
「あぁ、ここまで暗いとやり辛いだろ」
「ゴーグルのおかげで問題無く見えるって言ってもなぁ」
「なぁーに、男がごちゃごちゃと細かいこと言ってんだい。周りはちゃんと見えてんだろ」
ケイニー達はいつもとは違った経路のために、何かに問題を押し付けようという心理で暗さを理由に挙げているだけだった。
「ん。結構、蜂が飛んでるね」
「けど、ボクらでどうとでもなる相手だけどね」
「ケイニーもドーンと任せておけばいいの」
暗い中を羽まで黒い五十センチ程の夜鴉蜂をリアーネ達は射撃で難なく仕留めていった。
「見つけた。けど、想像以上に大っきい巣だねー」
皆で周囲を警戒しながら進んでいたが、ルシアナがいち早く夜鴉蜂の巣を発見した。
前方に巨木の根元を飲み込んで高さ四、五メートルにもなる大きな巣があった。全面が黒いためにゴーグルに魔物の反応が表示されなければ発見は困難だったであろうと思われた。
「ん。冷やすから待ってて。見えざる暗き炎よ、その熱を奪い去れ………『冷却』」
リアーネもこの魔法は使い慣れたもので巣の周りに冷気が漏れ出てくることも無く、うっすらと表面に霜が張り出すまでに、たいして時間は掛からなかった。
それまでの間に巣から出てきた夜鴉蜂もかろうじて動ける程度で、満足に動くこともできずに出入り口を詰まらせる原因になっていた。
「もう大丈夫そうだね!」
「まてまて、これくらい俺らにもやらせろ」
「そうそう。お前らただでさえ、ちっこいんだからな」
「これだけでかいとお前ら潰されるだろうしな」
ケイニー達が割って入り巣を解体して夜鴉蜂も幼虫も止めを刺していく。
「ん? 蜂蜜は採れるんだ」
リアーネが不思議そうにつぶやいた通り、夜鴉蜂は魔石を残して融けて消えたのだが、巣と蜂蜜はそのままだったのだ。
「そうさ。迷宮産の蜂蜜はまた一味違うよ」
巣を回収するオイヴィの声も弾んでおり、楽しみができたと尻尾が揺れるのだった。
農耕蟻や提灯鼠、綿雪蝶に鋸天牛、丸鹿と中り所さえよければ一撃で仕留めることができている魔物ばかりでケイニー達は暇を持て余し気味であったが、問題と言えばそれくらいしか無く、いくつかの領域を抜けていく。
巨木のさえぎる薄暗い中をずっと進んでいたが、数刻ぶりに灯りの差し込む開けた場所が登り斜面の先に見えてきた。
「リーネ? ここであってるの?」
「ん。ここに橋を架ける」
「え? 本気?」
「やっぱり………、どんな無茶させるつもり?」
「リーネに任せたの。レーアも頑張るの」
ケイニー達は言葉も無く見るだけのそこは、対岸までは十メートルも無い場所だったが、深い亀裂の走ったような崖の上でもあったのだ。
こんなのに付き合わされるのかとレアーナは作業の大変さを思い浮かべて辟易するが、ロレットは無責任に励ますだけである。
「あー……。『浮揚』使えば簡単に越えられるけど、本当に、ここに橋……造るの?」
確認するようなエーリクの声に何か問題があるのかと、不思議そうな顔をしながらリアーネは頷くのだった。
さすがに時間が掛かるだろうとリアーネとレアーナ以外は休憩と食事の準備を進めることにした。
まずは周辺の地面から金属を抽出し始めるリアーネに、レアーナが確認をして形状を変えていく。崖の両岸で行っていると、抽出した金属の分だけ低くなっていった。
「リーネ。ご飯できたよ!」
「ん。わかった」
「はぁー。やっと休めるー。うちもお腹減ったー」
具材を追加した凍結乾燥スープに、封入食品を混ぜ込んで炊きあげたご飯が、美味しそうな香りを振りまいていた。
皆は待ち切れないと急かすような目を向けて、リアーネ達が来るのを待ってから食べ始めた。
「それで、あの棒の山はどうするんです?」
「んぐんぐ。ん。橋の芯材にする」
「そのまま石をくっつけて行って、向こう側まで渡そうと思っても、重さで割れるだろうから、だってさ。んぐんぐ」
「あぁ、なるほど。いったん向こう側までしっかりと弧状に掛けることさえできれば安定はすると思ってましたが、どうやってそこまで持っていくのかと思ってましたよ」
リアーネとレアーナにエーリクが橋の作成について聞いていた。
「ね、ラーリはわかる?」
「んぐんぐ。わかんないけど、リーネに任せておけば大丈夫だよ」
話についていけないオイヴィがラウリーに聞くが、周りは聞く気も無さそうに食事に集中しているのだった。
食事を終えるとリアーネ達の作業が再開される。
まずは造った金属の棒を両岸に渡すように並べていって、リアーネとレアーナがそれぞれの崖の上で『石変形』を使って埋め込んでいく。
弧状に埋め込まれた金属棒を足掛かりにして、周辺から切り出してきた岩を変形して岩どおしを接合していき対岸までつなげてしまえば、橋の上が水平になるように岩を追加して接合する。最後に転落防止の柵を付けて、完成するまでには随分と時間が掛かってしまった。
「「かんせーい!」」
「おぉ! やっとか! って、すげーな!」
ケイニーが思わず声を上げたように、目の前には幅五メートル程はある、立派な橋が出来上がっていた。
「ん。リーネ達が作業に集中できるように警戒してくれてたからね」
「あぁ、何か魔物きてたよね。何だったの?」
「あれか。俺はでかい蜘蛛仕留めたぜ」
「それなら俺だってそうだよ」
ケイニーだけでなくベナーリにカレヴァも対抗するように獲物の数を言い合うが、それだけ沢山の魔物が集まっていたのだった。
ルシアナやロレットの射撃や魔法も大いに皆を助けたようで、袋に沢山入った魔石を見せられたのだった。
「じゃあ行こうか! 階段のあるとこって、もうすぐなんでしょ?」
「ん。この先を進んで隣の領域に行けば、すぐにある」
地図を片手に説明すれば随分と近いことが判るのだった。
下層への階段に到達して降り切って、小部屋の中心にある柱の中程に埋まっている迷宮核の複製を目の前にして、ラウリーは通信の状態を確かめた。
「リーネ、問題無く通信できるよ」
「ん。わかった。じゃあ帰ろう」
九層へと降りた一行は迷宮核の複製に登録をしてから地上へと転移し、数日ぶりに狩人組合へと戻ってきた。
「おかえりなさい!」
「「「ただいま!」」」
既に夕刻となっており得られた魔石を卓に乗せ、班で均等割りでお願いして買い取ってもらえば、報告は翌日にでもすると言って食事処へ寄ってから宿へ戻るのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。