139 合同探索と白い虎
ラウリー達は数日の休養日の間に、装備の補修や改修に消耗品の準備調達などを済ませてからノィエトゥアへと移動して、狩人組合へとやって来ていた。
「………っつーことはだ、当分は台車型の魔法鞄を使って何とかしろということか?」
「ん。あれなら、背負わないで済む分いっぱい入ってても運ぶことができる。魔法鞄に使ってる『重量軽減』魔法も重さが無くなるわけじゃ無いし限度もある。これ以上軽くするのは無理。後は入れ物に翼竜の翼を使うとかすれば軽くできるけど、それも一割か二割が限度と考えたほうが良い。根本的な解決策はまだ考え中」
「まぁなぁ。お前さんの開発した魔導具が無けりゃ今ほど攻略も進んじゃいないだろうし、これ以上は仕方が無いか。すまんかったな………」
組長とリアーネが待合室の離れた席で話しているのを、別の卓でラウリー達は待っていた。
「組長の話、長いねー」
「まぁまぁ、それでみんなは先日の続きから迷宮を行くんでしょ?」
「そうだよー。ボクらも早く前線組に追いつかなくちゃね!」
「別に無理して追いつかなくっても、魔導具造ったり開発したりだって十分貢献することになるんだから」
兎人族の受付嬢も、先を急いだばかりに大きな怪我でも負ってしまうことを心配して、注意を促すのだった。
「そうなの。ラーリとルーナ以外は後方支援でだって役に立てるの」
「なっ! ボクだって役に立ってみせるよ」
「どうどうルーナ。怒るくらいなら寝たほうがよっぽど良いよ」
「ラーリー………はぁ」
「ん? お待たせ」
疲れた顔をしたルシアナを、不思議そうに眺めながらも話を終えたリアーネが戻ってきた。
上層に関しては任された班が定期的に狩りを行うだけで、現在双子達の班のみが攻略を行っている状態なため、他班の探索者と会うことはほとんど無かった。
そのはずなのに迷宮六層へと転移してきた一行の前には、ケイニー達の班がそろっていたのだ。
「よう! 遅かったな!」
「ケイニー? どうして居るの?」
「そりゃ、多少はお前らの手伝いをしてやってもいいかと思ってな! 感謝しろ!」
「ケイニー!」
ボカリと、ケイニーの後頭部を叩いたオイヴィが手をひらひらと振りながら近付いてきた。
「ほらこれ。新しくしたから試したくてね。一緒に行動してれば問題が出ても何とかしてくれるでしょ」
殴られた頭を抱えるケイニーを気にもせずにゴーグルを示して言うのだった。
「じゃあ、久々に一緒に狩りができるね!」
「なの! 後衛は任せるの!」
見習いの時期に一緒に行動していたルシアナとロレットはオイヴィと手を取り合って笑顔を浮かべる。
「まぁ、そんなわけです。僕達はそちらの行動方針に合わせますよ。経路はどうします?」
「ん。じゃあ、この経路で行く予定。問題のありそうな場所はある?」
エーリクの言葉にリアーネは地図を出して説明する。
「じゃあ行こうか!」
「先頭は任せろ!」
「ん? ケイニー大っきいから駄目」
すげなく断ったラウリーの言葉に、ケイニーは「大きいからダメって……」と尻尾を垂らして力なく呟いた。
いつも通りにラウリーとレアーナを先頭にエーリクとリアーネ達が銃と弓を手に進むことになる。その後ろをケイニーとベナーリ、カレヴァとオイヴィが左右に分かれて着いていく。
「しかし、このゴーグル、凄いものだね」
「あははー、それって自分が使いやすいように気に入らないところは徹底的に修正してたんだよねー、リーネ」
「ん。当然。使いにくいと判ってる物を、そのまま使い続けるのは魔導具師失格」
エーリクは地図作成機能付きのゴーグルを選んでおり、機能の多さと使い勝手の良さにしきりに感心していたのだった。
「特に階層全域を地図にするのも数分でできるし、領域のみを表示して魔物の所在も把握できるんだからな。避けるにしろ狩るにしろこちらが主導権を握れるのは大きいよ」
「だがなぁエーリク。俺らの出番はいつくるんだよ」
「そうだぜ。俺ら着いて行ってるだけじゃないか」
「リーネの銃、ちょっとおかしいだろ、それ。なぁ?」
「全く、威力があり過ぎるのよ」
「はは。僕もそう思うよ。あれなら弓じゃなくて銃に乗り換えても良いかも、とか思ってしまうよ。銃弾も矢程にはかさ張らないのが良いしね」
既にいくつかの領域を移動して、その間に農耕蟻や提灯鼠、丸鹿に十角鹿を射撃と魔法だけで仕留めていた。
先頭を歩いていたラウリーが足を止めて周囲の様子を覗い始めると、忙しなくあちらこちらへと向けられていた両の耳は、ある一方向で止められた。その方向に不安定ながら魔物の反応も見ることができ、しばらく覗っているとケケケッ! と鳴き声が聞こえてきた。
「ん。蜥蜴だね」
「しかも、何か大物も来ているようだよ」
リアーネは鳴き声の主を判別したが、エーリクはゴーグルに大きな反応の魔物が近付いてきていると班員達に警告をする。
リアーネ達は複数の身体強化の魔法を使って準備をするが、ケイニー達は自身の得意な属性の強化魔法だけしか使っていないようだった。
「お前ら、そんな色々使えるのかよ。ったく、俺らももっと魔法の訓練しとくべきだったか」
「言うなベナーリ」
その間にも攻撃用に『雷球』の詠唱を済ませるリアーネ達に、エーリクもまた準備をするのだった。
ザザザッ! と、草を掻き分け飛び出してきた一メートル弱の潜影蜥蜴を、追いかけるようにして現れたのは体長五メートルを超える白地に黒の縞模様が美しい大きな白虎であった。
グァアアアアァァァァァァォォォォォォ!
一行の姿を認めて足を止めた白虎は、痺れるような咆哮を上げ、身を低く屈めながらも光を発してその姿が森に溶けるように消えていった。
「「「『雷球』!」」」
飛び掛かろうとしていた白虎を囲むような軌道で一斉に放たれた『雷球』は、それぞれが干渉し白虎の周囲に張り巡らされた檻を型作るように雷撃を浴びせるのだ。
雷の檻が消えぬうちにと射撃によって追撃を加えていくが、白虎もただやられるばかりでは無いとチュィンッ! と、光の筋が走り抜けた。
「ぅわっ!?」
光条の先に居たオイヴィの右手に持つ剣に反射して、少しばかり盾の表面を焼き焦がしてしまったのだ。慌てて避ける一瞬で剣自体も赤熱していたようで、持ち手まで熱が伝わってきていた。
「こんなん、どうやって近付けってんだっ!」
「魔法が切れたら行けばいいだろ!」
「俺の槍でも難しいな。あの魔法いつまで続くんだ!?」
「ん。いつでも解除はできるけど、せっかくだからこのままにする」
既に最初の頃の威力は見られないが、ずっとまとわりつくようにリアーネの維持する雷が弾け続けており、白虎は消そうとして転がり廻っていた。
その合間に届きそうなところに居たラウリーやケイニーに向かって、前肢を振り回してくるために近付くことが困難になっていた。
ラウリー達は徐々に後退をして躱しながらも斬撃を放っていく。
リアーネ達の射撃が続けられ、弾倉二つ分を撃ち切った頃には、白虎の動きもほとんどなくなっていた。
いい加減に業を煮やしたケイニーが声を張り上げ止めを刺そうと走り出したので、ここでようやくリアーネは魔法を散らして一息つくのだった。
「ハァアアアアッ!!」
ケイニーの持つ右手の剣が首筋に傷をつけ、左手の剣が深く突き込まれて斬り裂きながら振り抜かれた。
反撃を警戒して飛び退り様子を覗うが、ほどなく白虎は溶けるように消えていき大きな魔石を残したのだった。
「はぁ、ったく。結局最後しか出番無かったじゃねえかよ」
「いいじゃないか、出番があっただけで」
「全くだ。全部持ってかれた気分だよ」
「ウチはそれ以前かな。この剣大丈夫かな……?」
「君らももう少し魔法に力を入れる気になったかな?」
そんなまだるっこしいことができるかと、反論を受けるエーリクのこめかみはヒクヒクと引きつっていた。
「それにしても、君らはいつもこんな戦い方なのかい?」
「だいたいそうかな?」
「ん。だいたいこんな感じ」
「だよねー。麻痺させる、落とし穴に落とす、できるだけ遠距離で仕留める」
「後は地形を利用したり、造ったり?」
「エーリクの班とは狩りの仕方が根本的に違いそうなの」
疑問を投げかけてきたエーリクに答えると、何やら羨ましそうな顔を返されるのだった。
周囲を警戒してみるも、いつの間にか潜影蜥蜴も逃げてしまっていたようで、近くに魔物の反応は無くなっていた。
経路を遮るように蛇行する川の一箇所に、橋を架けるために時間が掛かったが、ほかの領域は順調に進むことができていた。
それでも七層に降りてきた頃には、夕暮れ時には少し早めの時刻となっていた。
「………あ! イェニーナさん。良かったちゃんと聞こえてるね。今七層に降りてきたばっかりなんだー、でね………」
ラウリーが携帯魔導通信機で話し始めると、ケイニー班が目を向ける。
「やはり良いですね、あれ。もう少し頑張らねば」
「なあリーネ。あれって、結局どういう使い方考えてるの?」
羨ましそうにつぶやくエーリクと、自分も使ってみたいオイヴィがリアーネに聞く。
「ん? 基本は個人が自由に使えばいい。後は、いくつか設定してある共通番号で大勢で狩りをするときに離れた班と使うとか、同じように迷宮内で探索中に使ってもいい」
「「「なるほど!」」」
「やっぱ、早めに欲しいな……」
そんな話をしながらも野営と夕食の準備が進められていくのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。