137 木深い森と紅斑蛇
「うにゃー……リーネ、どうする?」
「ん。切り払うしかない」
五層の探索を始めようと開けた扉の先の様子を見て、ラウリーが力なく尻尾を揺らして思わず呟きを漏らしたのは、濃密に生い茂る深い森が眼前を遮っていたからだった。
「ほかの探索者も道を切り開いてたんじゃ無いのかな?」
「見た感じじゃ、そんなことは無さそうだよね」
「うーん……? ね、あそこの木の幹に札がついてるの」
ロレットの指し示した木の幹の少し高い場所に見慣れた赤い木札が下げられていた。
「なんで、迷宮に?」
「ん。移動経路を書いてるね。ほら、向こうにもある」
移動先別に札が下げられているようで、五人の向かう領域へ向けての木札の下がった場所を選び、剣鉈に持ち替えて下草や低木を切り払いながら進むことにした。
全く人の入っていない場所に比べれば楽に進むことができるようで、時おり先を示すように木札が下がっているのを見つけたおかげで、思ったよりは時間が掛からずに済むのだった。
「こんなとこで魔物が出てきたら、対処し辛いよねー」
「ん……でも、ここだと大きい魔物は身動きし辛い」
「じゃあ、小さい魔物が出るってことかな。どっちにしろ弓のままじゃ移動できないしねー」
「これだと草刈り機でもあったほうが楽かもしれないね」
「それはいいかもしれないの。次くるときは用意するの」
レアーナの言った冗談にそのまま乗っかるロレットの言動に思わず想像してしまったラウリー達は、それは既に迷宮探索では無いと肩を落とすのだが、リアーネは何やら考え始めたようだった。
「ん? 魔物の反応……結構大物」
「ほんと!? こんなところで?」
しばらくは無心に下草を掃いながら進んでいると、リアーネが注意を促した。
戦闘態勢を整えるために、ラウリーとレアーナは身体強化系の魔法を使い、いつでも対処できるように身構える。
リアーネ、ロレットは狙撃銃を取り出し照準器を覗き込み、ピンと立てた耳と目で相手の動きを確認しようとする。
ルシアナは弓に持ち替え周囲の警戒を受け持つのだった。
じりじりと反応が近付いてくるのをその場で待つのではなく、下草を切り払った空間に魔物が出てくることを期待して後退していく。
「ん。蛇だね」
「大きいの」
十メートルも後退したとき、リアーネ達が魔物の姿を捉えることができたのだ。
すぐさま射撃に移るのではなく、切り払い開けた空間へと引き付けるために、静かに更に下がっていく。
「もう少しなの」
「ん……きた!」
深い森から現れたのは胴回りだけで一メートルはあるだろうと予想させる程に大きな紅斑蛇の頭だった。
パパシュッ! カンッ!
ジャアアアアアァァァァァァァァッ!!
リアーネの声と共に銃弾と矢が走り、着弾すると紅斑蛇が鎌首を持ち上げ怒りのこもった声を上げて、五メートルはありそうな高さから大口を開けて勢いよく迫ってくる。
口内を狙って射撃を行えばさすがに痛みを覚えたのだろう、一瞬怯んだかと思えば口を閉じて光を放つと炎をまとって圧し掛かってきた。
「「ちょっ!!?」」
慌ててラウリーとレアーナは左右に避けて、寸前まで自分達の居たところを通り過ぎる紅斑蛇を斬りつけたのだが、炎の熱さに剣鉈を取り落としそうになる。
後ろでもリアーネ達がそれぞれに木の幹の影などに身を隠してやり過ごそうとするのだが、紅斑蛇は真っすぐ通り抜けるのではなく、ぐるりとレアーナ、ロレットを巻き込んで蜷局の内側に捉えてしまった。
「秩序ある魔の源よ、盾となりて法を解きほぐせ………『魔法防壁』なの!」
ロレットはかろうじて魔法を発動させて炎に巻かれることを防ぐのだが、状況が好転したとは言えなかった。
「………『石壁』。これで、何とかもってよ!」
レアーナは地面に手を突き『石壁』の魔法を発動させて周囲に張り巡らせた。足元の土を材料に半球状に造られていく『石壁』の中で、ただ身を寄せ合って待つだけでは情けないと各所に小さな穴を開けて、外の状況を見ることができるようにしておくのだった。
「ん。見えざる暗き炎よ、その熱を奪い去れ………『冷却』!」
「リーネ!? 水じゃ無いの!? ってわっかったよ。生命育む清き流れよ、衝撃をもって弾けよ………『水球』」
リアーネとルシアナの魔法のおかげで、紅斑蛇のまとう炎が小さくなっていき『水球』の水分が蒸気となって辺りの視界を奪うのだった。
「凍結されし生命の終焉、凍てつく刃で刺し貫け………『氷剣』! これでも喰らうの!」
石壁の内側からロレットのくぐもった声と共に氷の剣が紅斑蛇の顎を貫いた。
蜷局の内と外から攻撃を受けて締め付けに失敗していることにも気付いたのだろう紅斑蛇は、ルシアナ目掛けて突進しようとするが、属性弾の効果が表れ始めたのかピクピクと身を震えさせて痺れて身動きができなくなっていた。
「今回良いとこ無しだー!」
そんなことを言いながらもラウリーは紅斑蛇の頭の後ろを鱗を避けて斬り裂いた。
「それを言うなら、うちもだってー」
「レーアのおかげで助かったの。ちゃんと良いとこあったの」
「この辺の魔物って、みんなこんな感じなのかな? 今回も大っきい魔石だよ」
「ん。これくらい大きくなれば大きな魔石も期待できる」
「でも、仕留めるのは大変だよ」
一息つくついでに行動食という名のお菓子を口にして、気分を入れ替えるのだった。
夕刻遅くになり、一行はようやく下層への階段にたどり着いた。
「やっとだ……この階層、もう嫌」
「ん。疲れた」
双子とロレットの耳は倒れ尻尾も力なく垂れ下がっていた。
それというのも、ほかの領域へ移動しても深い森に閉ざされるか険しい崖に遮られるかした場所ばかりで、順調に歩くということができなかったのだ。
嫌になって『浮揚』で空中を移動してみれば、刃士鳶や黒頭雁、綿雪蝶に光帝飛蝗といった飛行のできる魔物がどこにこれだけ居たのかという程に集まってきて、倒すだけでも一苦労だったのだ。もちろんその後の魔石の回収にも辟易されることになっていた。
六層へと降りてきて、迷宮核の複製を目にすれば、すぐにでも地上へと戻りたくなるが、ここは堪えて携帯魔導通信機の通信試験を行うと多少の雑音はあるようだが問題無く会話が成立した。
しかし先のことを考えるならばと中継機を設置してから、地上へと戻るのだった。
「「「ただいまー!」」」
「あら! お帰りなさい。早かったわね。というか、随分お疲れのようね」
「五層が大変だった……」
「ん。下草を切り掃った道、何日くらいで無くなってる?」
「もうそんな階層なのね。えっと、確か翌週にはほとんど元に戻ってるらしいわよ。だから、あの階層の探索は集中してお願いすることになってるわ」
その後は回収した魔石の買い取りをお願いして、設置した中継機のことや造った橋のことなど一通り報告して帰っていった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。