133 上級迷宮と金華猪
ラウリー達は朝早くから狩人組合へとやってきたが、既に沢山の探索者が待合室で装備の確認などをして賑わっていた。
「「「おはようございまーす」」」
「あら、おはよう。ラーリちゃん達一層からよね。だったらあそこの集まりに顔出してくれるかな」
イェニーナと名乗った兎人族の受付嬢は十数人で卓を囲んでいる一画を指さした。
「………、なら、こっちの経路で良いんだな?」
「ああ、この領域を押さえておけば、後が楽になるだろうからな」
「おはよう。混ざって大丈夫?」
卓の上に地図を広げて経路の確認をしていたところにラウリーが声を掛けて入っていく。
「うん? ずいぶんちっこいのばっかりきたな。嬢ちゃん達ここは初めてか?」
「だよー。迷宮の開封のときは、まだ狩人一年目だったんだよ」
「ん。許可もらうついでに二年程、旅してた」
「「「何だそりゃ?」」」
普通、探索者になろうという者は近場の指導迷宮から中級迷宮へと足早に済ませて半年から長くても一年かからずに未攻略迷宮への許可が得られるために、ついでに旅をしていたというのんびり具合に驚いたのだ。
「あはははー。旅って言っても錬金組合に頼まれて、各地で魔法陣の登録してたんだよ」
「おかげで、あちこちの迷宮入り口で登録だけはやったよね」
「迷宮探索しなかった街でも登録だけはやってたのって、何か意味があったの?」
せっかく来たのだからと各地の迷宮で登録をしようと、ラウリーが言いだしただけで特に意味は無かったと今更ながらに打ち明けられる。
「ほんとに、何者だ嬢ちゃんらは……」
「魔法陣……。もしかして、これか!?」
ウーヴィンと名乗った狼人族の男性は首から下げていたゴーグルを持ち上げ確認するように聞いてきたのに対して、肯定の意を伝えれば驚きながらもお礼を言われるのだった。
「そうかそうかっ! なら、ほかの前線でもこの魔導具が使われるようになってるんだな」
「ってことは、攻略も随分と進んでるんじゃないのか?」
おかげで一気に打ち解けた雰囲気となり、ラウリー達の予定を聞かれることになる。
「下層を目指すんだよ」
「なら、この経路だな。この三つ目の領域まではうちの班と同行すればいい。注意すべきはこことここの二つ。何度か翼翠竜が現れている。今回の経路には被って無いが一応な。ほかはまぁ、もっと下層に行くまでは大丈夫だろう」
「だな。うちの班は一つ目の領域からして逆方向だからな」
ルベルゲンと名乗る獅子人族の男性は地図を示して双子達の向かう方向から枝分かれして、別方向へと行くのだという。
何でも週に一度はいくつかの班が入れ替わりで、上層に出る大物を中心に狩って安全確保をしているのだという。
ほかにも注意点などを教えられて迷宮へと向かうのだった。
迷宮核の複製で登録を済ませたら、深い縦穴を『浮揚』魔法で降りていく。この二年の間に、一番不得手だったレアーナ含めてラウリーとルシアナも使えるようになっていた。
同行していた班の人員は全員が使えるわけでは無く、リアーネとロレットが肩代わりして一気に穴の底へと降り立った。
「はぁ、こりゃ俺達も練習しなきゃならんかな……」
「だからいつも言っているだろう。『浮揚』くらいは使えるようになっておけと」
「使えると便利だよ? ラーリも最近やっと狩りの最中にも安定して使えるようになったんだー」
「うちはまだ狩りの最中は無理だけど。使えるだけで随分変わったよね」
何とも情けない顔をして、男達は重い息を吐き出していた。
元々は魔法陣の刻まれた壁のあった所に、今では金属製の大きな扉が取り付けられていた。
取っ手を捻り閂を滑らせて扉を開けるとそこは既に領域の内部であるらしいのだが、小部屋が姿を現した。なんでもこの部屋、建築組合の人員が石材を積み上げて造ったものらしく、領域側から見ると大きな岩場を模しているらしい。
そうすることによって、もう一つ扉を付けることができ、探索者の出入りの際に魔物が外へ出ることを防いでいたのだった。
全員が小部屋に入って扉を締めたことを確認してから領域側の扉を開け放つ。
そこに広がるのはこの地の森林によく似ており、近くに魔物の反応もうかがえた。
「さて、気ぃ引き締めて行こうか」
携帯魔導通信機がつながることを確認したら、ウーヴィンを先頭に前衛を担えるものが横に広がり進んでいく。リアーネ達後衛はその後を追うように広がるのだった。
そして魔物が進路を塞ぐように居座っていれば、距離のあるうちに農耕蟻や夜鴉蜂といった小型の魔物なら、一撃で仕留めて進んでいった。
いくらも進まぬうちにルベルゲンの班は手を振り別れていく。
「違和感が……」
「全くだ……」
ウーヴィン達とは同行しており、リアーネが腰鞄から取り出した大型の狙撃銃を目にしたときから、実際に使うところまで見てブツブツと繰り返していた。
その後も潜影蜥蜴や十角鹿、飛猿に導師鷹といった魔物をほとんど一撃で仕留めていくのを見て、銃の威力がおかしいと思い始めるのだった。
「なぁ? 銃ってそんなに威力のあるもんだったか?」
「魔獣ならともかく、ほかの迷宮の十層以下に居るような魔物には、たいして効き目が無かったと思ったんだがなぁ……」
「そうなの? リーネ、威力が足りなかったら、いっつも改造するよ?」
「ん。小型は一撃。中型も二、三発で仕留めてみせる」
「おかげで今では、ボクの矢も特別性じゃないと役立たずだよ」
「鏃とか用意してるの、うちらだけどね」
「そうなの。ルーナも自分の使う矢くらいは、全部自分で作れるようになってほしいの」
「いやいや、矢羽と鏃は付けてるでしょ」
ほかの探索者にも使える物かという話になり、魔法陣も銃の構造も弾丸も各組合に登録しているのだと答えれば、ウーヴィン達も銃を使うことを検討し始めるのだった。
「じゃあ俺達は向こうだ。嬢ちゃん達も気を付けてな」
「「「はい!」」」
双子達は予定通りにウーヴィン達と別れて先へと進んでいく。
ここまでの道のりでも沢山の魔物を仕留めてきたが射撃だけで終わらせて、探すそぶりも無く魔石を拾い集める五人の様子にどうなっているのかと聞かれたりもしたのだった。
「みんな、気を付けて行こう!」
「「「おぅ!」」」
ラウリー達だけになったために、警戒を怠らぬように声を掛け合い周囲へと意識を向けた。
一面の草原には時おり勾配や川が現れるが、ほかの領域では森が広がり行く手を遮る。
まっすぐ歩くことはできずに、右へ左へ大樹や密集し過ぎた低木を避け、沢山の人が通るためにできたのだろう道を魔物を狩りながら進んでいく。
「!? 大物だ」
「ん。弾倉入れ替えなきゃ」
ラウリーの視線を追ってみると、そこには体高三メートルに届きそうな大きな金華猪の姿が見えた。土と雷属性を扱う魔物であるために、一番よく使っている雷属性弾から『魔法停止』『麻痺』『水球』『光弾』の込められた対雷属性弾を装弾していく。
「ん、これお願い、ラーリ」
「任せて!」
リアーネの渡した二十センチ程の円盤を手にラウリーとレアーナは先に進み、しゃがみこんで何やら作業をしてから左右に分かれて近付いていく。ある程度まで金華猪へと接近したのを確認し、三人の射撃が始まった。
パパシュッ! カンッ!
ブギュアアアアアアァァァァァァァッ!
体を傷つけられて怒りに任せて咆哮を上げた金華猪は、バタバタとその場で暴れた後に二射目を受けて、ようやくリアーネ達に気付いて向かって来るのだ。
それを確認したリアーネ達は準備していた『浮揚』の魔法で浮き上がり、突進を難なく躱して高所からの射撃を続けていった。
金華猪の視線が上に向き足元がおろそかになったところで、ラウリーの斬撃とレアーナの打撃が左右の前肢を打ち据えて、堪らず転がることになる。
その先にはラウリーの持っていった円盤が設置されており、金華猪が倒れ込んだ途端に地面が無くなり落ちたのだ。
「「やった!!」」
その円盤は魔導具で『空間圧縮』で直径六メートル、深さ三メートルの落とし穴を作るものであり、ラウリー達は両足首に落とし穴が反応しない魔導具を付けているため自由に行動できるのだった。気を付けるべきはラウリー達が落とし穴の範囲内に居るときには、魔物も罠に掛からないことである。
見事に頭から落ちてしまい嵌まり込んだ金華猪は後肢をバタバタと暴れさせ、光をまとい雷光を周囲にまき散らし始めるが、それ以外に何もできずに後は五人の思うままに攻撃を受けるだけになるのだった。
魔法と射撃を撃ち続けて弾倉が空になった頃、ようやく仕留めきることができたのだった。
「こんなのでも魔石しか出ないのかー、えっと、ここに魔力を流せば……」
「ん。十六層相当とは言っても、ここは一層だから仕方ない」
穴に降りたラウリーが魔石を回収してから、円盤の魔導具中央に魔力を流せば『空間圧縮』が解除され地面がゆっくり元通りの高さに戻ってきた。
「なぁ、リーネ。これってもっといっぱい仕掛けちゃダメなのか?」
「ルーナ……またそれ? 前にも聞いたよね」
「そうなの。罠は探索者にとっても危険があるから、必要なときだけ使うの」
「ん。今使ってるゴーグルなら魔導具の罠にも反応するけど、ここの探索者はまだ初期型の、魔石にすら反応しないのを使ってる」
「さすがに迷宮内じゃ罠表示をする時間も、気に掛けることも難しいからねー」
「わかったってー、言ってみただけじゃない」
後に、足首に付ける落とし穴の罠が作動しなくなる魔導具が探索者の基本装備に加えられてからは、沢山仕掛ける探索者も現れて回収を忘れられることもあるのだった。
その後も何度か落とし穴を仕掛けては大型の魔物も狩っていくが、何度か使っていれば罠の魔導具も壊れることがあるために、使うたびに修理をしながら進んでいった。
この罠のおかげでラウリー達は危険の少ない狩りを実現し、大型魔獣の相手をするのも短時間で済ませて、ほどなくして下層へと降りる階段に到達するのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。