131 久しい街と報告会
「「「ただいま! マリー姉!」」」
「あら、お帰りなさい」
新年早々テルトーネに帰ってきたラウリー達は嬉しそうに挨拶をして、二階建ての三角屋根が沢山集まった懐かしくも感じるマリーレイン錬金術工房の扉を元気よく開けたのだった。
まだ弟子を新しく取ることはせずに部屋はそのままにしてあると言われ、各々以前に使っていた部屋の掃除を始めることになる。
時々はマリーレインが各部屋の掃除をしていたらしく、それほど大変なことも無く夕食前にはすっかり綺麗な状態になった。
「それで、どんな感じだったの? 楽しかった?」
「えっとねー………」
夕食を摂りながら、各地の話に迷宮のことや釣りのこと、リアーネの造った新しい魔導具のことなどを大型表示板に映る写真を交えて、夜更け頃まで賑やかに話が続くのだった。
◇
翌日、朝早くから起こされた双子は、屋台で買った肉饅頭を食べながら錬金組合へと向かった。
「リアーネちゃん!? お帰り! いつ帰ってきたの!」
「昨日帰ってきたとこだよー!」
「ん。ただいま。えっと……これ、ほかの組合でもらった受領書」
「えーと………はい! ご苦労さまでした。そうそう、リアーネちゃんの口座、結構凄いことになってるわよ」
「おぉー! リーネ! 見てみたらどう?」
「ん。お願い」
各地で魔法陣を登録したことが記された書類を狐人族の受付嬢ペトロネラに確認してもらい、旅行計画と合わさった長期間の依頼がようやく終わりを迎えたのだ。
しばらくしてペトロネラが持ってきた書類には、金貨数枚以上の残高が記されていた。それには旅行期間中に各地から振り込まれた金額が含まれている。
「ん? ………ん!? 予想以上」
「でしょ? それだけ凄い魔導具を開発したんだからね。それで今日は各地の組合への魔法陣登録が終わった報告だけかな?」
「違うよねー、リーネ!」
「ん。魔法陣の登録にきた」
「えっと? どういうこと?」
「ん。改良版と新作」
「え? ………新作って何だっけ? って、新作!? この二年あちこち行ってる間に造ったの!?」
「そうだよー。ゴーグルだって随分便利になったんだー」
「ん。実際使ってみないと何が必要な機能か判らなかった」
「へぇー……そうなんだー………本当に凄いわねー。さてと、じゃぁー……ここに全部出せる? 部屋に行ったほうが良い?」
「お部屋行こう!」
どんな反応をするのか楽しみで、尻尾をゆらゆら振りながら話す双子に対して、勢いに怯んだペトロネラは、どんなものが出てくるのかと耳を倒していたのだった。
部屋に移って席に着き、卓上には説明に合わせて次々に魔法陣と資料、中には完済品の魔導具が並べられていく。
その中で改良版の魔法陣はゴーグル、狙撃銃、大型狙撃銃、弾頭用魔法転写機、魔筒用魔法転写機に使われている物だった。
新作としては魔導車用風力魔導機関、船舶用水噴射推進魔導機関、船舶用魔導通信機、携帯魔導通信機、銛撃ち銃、撥水結界腕輪、冷風扇風機などが並べられていく。
ほかにも草木の主要成分の繊維を原料として造る透光性のある薄膜で、紙に近いが水に強く保存容器としても使える物の製造用魔導具に、できた薄膜の裏面に印刷し軽銀を塗布してもう一枚の薄膜で挟み込む魔導具。それらで袋を作って食材や料理を入れて真空密閉したうえで『殺菌』『食料浄化』を行う魔導具という、保存食にかかわる一連の魔導具群も並べられた。
「じゃじゃーん! この中の保存食、一年前に入れたやつなんだよ! 中身見てみたくない?」
「ん、ラーリ。それは食品組合で開ける予定。数が無いから、ここで開けちゃ駄目」
「そうだったー」
「はぁ………。相変わらず凄いわね。手早く登録しちゃうから、食品組合は私もついて行くからね」
注意されたラウリーは残念そうに耳を倒し、ペトロネラはようやく落ち着いて視ることができるようになるのだった。
登録を終わらせた後、食品組合へ移動してから開けた保存食は、一年経ったと思えない状態で美味しく安全に食べることができたのだ。
おかげで、それらの魔導具作成依頼がすぐさま錬金組合に出されることになり、翌日からリアーネは数日間拘束されて大型機械の設計から基幹部分の制作まで関わることになるのだった。
これらは保存食とは区別され『封入食品』と分類されるようになる。
昼食と午睡を取ってから双子は狩人組合に顔を出す。
ルシアナ達とは午前中は別行動をしていたために、組合の待合室で五人共がそろうことになった。
「おぅ、おかえり。長旅ご苦労だった。どうだ? もう上級迷宮の入場許可はもらったんだろう?」
狩人組組長の犬人族の老人が、相変わらず気安い雰囲気で話しかけてきた。
「そうだよ! これでノィエトゥアの迷宮も行けるんだからねー!」
「ん。もっと早く帰ってきたかった」
「リーネ。さすがにそれは無理があるって。すっごい遠くまで行ったんだから」
「魔導車でこれだけかかったんだから、これ以上は無理だって。もっと早くなんてどうやるのよ?」
「組長、どれくらいまで攻略が進んでるの? こっちにも報告は来てるの?」
久しぶりに帰ってきた五人を囲むように、受け付けや休養日の狩人など知り合いが集まってきて、口々に帰還を歓迎する言葉を掛けていくのだった。
「お前ら、挨拶はその辺にしとかんか。嬢ちゃん達だって居ない間の話を聞きにきてんだからな」
「ここらの魔獣なら相変わらずだぜ」
「ノィエトゥアとの道もあれから随分整備が進んだな」
「そうそう、魔導車の行き来もだいぶ増えたぞ。おかげで待ち時間も少なくなった」
「魔物の素材が獲れるようになったからな。防具なんかも安くなったんじゃないかね」
矢継ぎ早に答えてはくれるのだが、早いうえに多すぎて、ラウリーとルシアナ、レアーナの三人は情報の渦に飲まれそうになっていた。
「「「ふしゅー……」」」
「こらこら、いっぺんに喋んな。嬢ちゃんが煙噴いてるじゃねぇか」
皆は口々に謝り、ようやく落ち着いて話ができるようになるのだった。
「それで、何が知りたいんだったかな?」
「迷宮のこと!」
現在二十八層を攻略し始めたばかりであるが、予想以上に攻略が進んでいるという。
これはリアーネの開発した魔導具の補助によるところが大きく、探索者の皆が感謝しているのだった。
「ただなー、あの迷宮。ほかとはちょっとばかし違うのが気になる」
「「「違う?」」」
組長が指示を出し、兎人族の事務方の男性が持ってきた迷宮の地図を卓上に並べていくのを待ってから、組長の話は続けられる。
「ほれ。何箇所か迷宮潜ったんなら、判るだろ」
「「「一層からおかしい!?」」」
じっくりと見た地図はどれもこれも多数の領域と、それをつなぐ通路で構成された十一層以下で見るようなものだったのだ。
「まぁ、そういうことだ。各階層の高さに広さから魔物の強さ、それに迷宮核の複製のある階層からして、一層の時点でほかの迷宮の十五、六層に相当すると見ておる」
「「「十六層!?」」」
「なんでそんなことになってるの?」
「ん。きっと何か意味がある」
「リーネ何か気付いたの?」
「ルーナも何か言ってみればどうよ? まぐれ中りだってあるかもよ」
「ふぅー。ルーナが中るのは矢だけなの」
「なっ! そんなに言うなら中ててみせるよ!」
ロレットがヤレヤレと首と尻尾を振る横でルシアナは考え始めるが、頭から煙が噴き上がっている幻影が見えるようだった。
「ん………。もしかしたら、迷宮が見つかる前に言ったリーネの推測は間違ってたかもしれない。くらいしか今は判らない」
「何にせよ、最下層まで行かなきゃ判らんさ。で、お前さんらはどうするね? 狩人仕事も回せるが」
「迷宮に行くよ!」
「ん。錬金組合で魔導具作成頼まれたから、それが終わってからだけど」
「あれ? リーネ何頼まれたの?」
「何かあったっけ?」
「もしかして改良版のゴーグル? それともこれ?」
ロレットがベルトに下げていた長さ二十センチ、直径四センチ程の円柱に見える物を手に取った横で、リアーネは首を横に振って否定する。
「何だそりゃ?」
「組長、ここの通信機の番号って何番なの?」
「そりゃ、1001-1000-0003だが、それがどうした?」
ロレットは円柱の中程の円筒に書かれた数字を回転させて合わせていくと、魔力を流して起動させ、しばらくしてから話し出した。
「組長! どうしてかロレットさんから音声だけの通信が入ったんですが!」
不思議そうな表情を浮かべた受付嬢が駆け寄ってきた。
携帯魔導通信機だと明かして説明を始めると周囲で聞いていた者の驚愕の声が響き、双子とロレットは耳を抑える程の喧騒に包まれた。
その後、気を取り直して封入食品を腰鞄から取り出して説明を始めると、更なる驚愕の声が轟いて蹲ることになるのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。