X05 ラウリーの遠い夢
「リーネ? これなーに?」
「ん? ひみつのてちょう」
まだ幼い双子ではあるがリアーネは既に文字の読み書きができるようになっていた。
ラウリーはよくリアーネに絵本を読んでもらったおかげで自然と文字が読めるようになっていく。
それでもリアーネの持つ秘密の手帳に何が掛かれているのか全く読むことができないのだった。
◇
今も何やら新作魔導具の仕組みを考えているようで手帳の真っ白なページを開いたままに、もう一冊の古い手帳を眺めていた。
リアーネはその手帳を成長してからも大切に持っており、構想を練る時に眺めていることがあった。
「ふふー。リーネはその手帳、ずっと大切にしてるよねー」
「ん。色々書いてる。ラーリもいっぱい描いてた。こことか」
リアーネの背中に覆いかぶさるように抱き着いていたラウリーが、全く覚えていない落書きを見て首をひねるのだった。
「他のページは? っと、これって地図表示板かな?」
「ん。確か、これ見て作ったはず」
「じゃあ、こっちは?」
「ん? それは写真機とか照準器のレンズになった」
ページをめくるとラウリーの落書きと思われる物も沢山見ることができ、リアーネは嬉しそうに幼かった頃の思い出を話すのだが、ラウリーが覚えていることはそう多いわけでは無かった。
「ラーリとかーちゃ?」
「ん? これ、リーネだね。リーネのこと時々かーちゃって呼んでたでしょ?」
「えー? そうだっけー? 言ってないよー」
耳を倒して顔を赤くしながらラウリーはぎゅうぎゅうと抱き着くのだった。
◇
ラウリーには母が三人いた。
猫人族の母、ユリアーナは今の母。
名前を憶えていない猫の母は遠い昔の母。
大きな、こちらも名前を憶えていない母は、今ではラウリーの双子の妹になっていた。
とってもあったかで、とってもとっても大好きな母達である。
その頃のラウリーはまだ会話もできずにミャーミャー鳴くばかりだった。
いつもは快適な家が、その日は突然の揺れと共に酷暑がやって来たのだ。
猫の両親が心配そうに付き添うそばで、ラウリーはぐったりと身を横たえていた。
暗くなった家の中にやっと大きな母が帰って来て、ラウリーの体を冷やして外へと連れ出してくれた。
大きな家から外へと出ると、そこは真っ白で母の温もりに包まれた様な安らげる場所だった。
『初めまして、白き子』
(だぁれ?)
ラウリーに話しかけた人は、とても優しい人だと感じた。
ラウリーと話しながら母とも話しているらしいけれど、難しくて良く判らないお話しをしていた。
『ねぇ、あなたは大きくなったらどんな風になりたいですか?』
(うーんと、えーと。大きくなったらかーちゃと一杯遊びたい!)
『ふふふ。他にはないかしら?』
(えーとね、お家から出たの初めてだけど、ここもとっても気持ちいいの! こんな場所もあるんだね)
『ええ、ありがとう』
(だからね、もっといっぱい、色んな所を見てみたい!)
『それは楽しそうね』
(あとね、みんなで楽しいこといっぱいするんだ!)
『ええそうね。楽しいことが沢山待ってるわ。でもね、今から行く所にはあなたの猫の両親は連れていけないの』
(えっ!? じゃあ、とーちゃとかーちゃは誰が守るの?)
『そうね、あなたの代わりに私がしっかり見守っておくわ』
(ぜったい。ぜったいだよ)
『ええ。約束ね』
(だったら、安心だねー)
『他に何かお願い事があれば、聞いてあげられるわよ』
(んー? 難しいことはわかんないから、大きいかーちゃに任せる)
『そう、解ったわ。あなたには沢山遊べるように丈夫で元気な体が良いわね。彼女とはずうっと一緒に居られるから、これから沢山楽しんでね』
(うんっ!)
嬉しくなったラウリーは元気な声で返事をした。
◇
「……かーちゃ………」
ベッドの中でリアーネに抱き着き寝言を漏らすラウリーは、遠い遠い約束を夢に見た。
大好きな母はラウリーが守ると。
一緒にいっぱい楽しいことを探すと。
何もなくても一緒であればラウリーにとっては楽しいことだった。
どこへ行っても、何があっても、一緒であれば嬉しいことだった。
「ほーら! 二人とも! 早く起きるーっ! もう朝だって!」
「早くするの! 今日は迷宮のこと聞きに行くのっ!」
そんな至福の時を暴虐の徒が襲い掛かり、夢の残滓は霞の様に消えて行った。
ルシアナとロレットが二人のベッドから、掛け布団を引きはがしたのだった。
「「にゃーーっ!?」」
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。