129 紅縞海蛇と身嗜み
十九層へと降り立つと、そこも野営地となり二組分の天幕が張られて、留守番の探索者が二人ずつ食事の準備に装備の手入れなどを行っていた。
「「「こんにちは!」」」
五人の挨拶に視線を向けて、軽く手を上げるなどして応えてくれる。そんな中でも一等小柄な燕人族の女性がルシアナに向かって話しかけて来た。
「あなた、その髪どうしたの? 女の子なんだから気に掛けなさい」
「あぁー、これ、上で海蠍に水掛けられて、取りあえず乾かしただけなんだ」
帽子を脱いで休憩のための準備を始めようとしていたルシアナは、上であったことを話すのだった。
「そうそう。ルーナはここできっちり装備の手入れをしなきゃね」
「その間に昼食の用意はしておくの」
そう言って陣地を構え昼食の準備を始めるロレット達と、目隠しと湯を用意してから地図の作成をしにリアーネは扉の外へ行く。
「あの子一人で何してるの? それにしてもその目隠しの準備、手際が良かったわね。さすがにこの階層まで来るんだもの、もう上級迷宮の入場も認められる技量が備わって来てるのね。それよりその目を覆ってるのは何? 小さい子達ばっかりなのに凄いわね……」
「え? あ……はい。地図を………えへへ」
燕人族の女性は途切れることなく早口に話し続けるためにラウリーもろくに返事ができずに曖昧に笑いながら料理をするのだった。
それでも十九層の特徴や注意する場所など教えてくれる親切な人であるのは間違いないのだろうと、珍しく聞き手に徹するのだった。
「ふいー………サッパリしたー」
湯浴みを済ませ着替えたおかげで気分も上々にルシアナが戻って来た時には、すっかり昼食の準備が整っていた。
五人そろって食事を摂り、食後のお茶をしながら十九層の探索方針の確認をする。
聞いたばかりの情報も合わせ多少の修正もあるのだが、おおよそ当初の予定通りに進むことになるとリアーネが説明をする。
片付けと装備の準備を済ませたら、十九層の探索の始まりだ。
地図で確認する限り、十八層よりも領域の数が少なくどこへ行っても水場ばかりの階層であるらしいが、扉の外はその例外的な一面の草原が広がっていた。
「端っこの方は斜面になってるのかな? 木が随分上の方まで見えるよね」
「ん。テルトーネを小さくしたみたいだね」
ちらちらと遠くに錐狼が苔猪を集団で狩りをする姿や、のんびりと草を食べている大きな翠牛の姿が確認できる。
錐狼は上層に比べて更に細く尖った姿をしていたために二メートル近くと大きくなっているのにも関わらず遠目に見るだけでは実感できるものでは無かった。
リアーネ達の射撃だけで対処のできる苔猪を進路上から先に仕留めることで、でき得る限り魔物の寄ってこない状態を作り出して進むのだった。
「攻略終わったらここで釣りしたいな!」
森の領域の崖下に広がる海を見ながら歩いているとラウリーがそんなことを言いだした。
「ん……、先のこと考えると時間が取れないかも」
「だよねー。まだ半分も廻れてないんでしょ」
「そうそう。竜の火山の向こう側をぐるーっと行かなきゃいけないんだからね」
「この先も港町には沢山行くの。その度に釣り休みなんて取ってられないの!」
「そんなー………」
ロレットの言葉にラウリーの耳は萎れて行って肩を落とすのだった。
「ん。ラーリ大丈夫。魔導具の制作指導に何日かずつ取られると思うから、その間に釣りをすればいい」
「やったー! 絶対だよ!」
しょんぼりし始めたラウリーを元気づけようとリアーネが声を掛けると、途端にやる気を持ち直して崖下へ続く坂を下って行った。
「お魚かな?」
「ん? もっと大きい。鯨か蛇か海竜か……ここからじゃ判らないね」
遠く離れた場所を泳ぐ魔物を見つけ双眼鏡を覗いて見ても、水面上にはわずかに出てるかどうかといった所で波ばかりが立っていた。
「まぁ、遠すぎて相手にできないんだし何でもいいよ」
崖下にある岩場のわずかな幅の足場を進み、海猿ばかりが遮る様に現れる。
「わぁ。また出た」
「ん。上よりも小さくて楽にはなった」
「射撃限定なの」
「任せたよ。うちは近付きたくない」
「あははは。ボクも近付きたくないよ……」
離れているうちに海猿を射撃で仕留めていたのだが、水中から上がらずに波が起こる程の水流を放ち、咄嗟に避けることができたのは双子とロレットだけであった。
「これで、水をかぶって無いのはリアーネだけなの。どうやって避けてるの?」
「ん? 偶然じゃない?」
「近付かなくてもこれかぁ……」
「はぁ……どうすりゃいいのよ?」
「ラーリ達も『浮揚』の魔法が使える様に練習した方が良いよね」
ルシアナとレアーナは魔法で出した水をかぶって『乾燥』『浄化』と、とりあえず気持ち悪くない程度に身を整えていた。
何匹となく海猿を倒していると、海の底から突き出す様に紅縞海蛇が海猿を丸のみにして現れ盛大な飛沫を上げて水面を打ち付けた。海猿を仕留めきれば紅縞海蛇は海岸に散らばる素材や魔石を食べて行く。
「リーネ!」
「ん! 流動する水の平原よ、大地となって我が身を支えよ………『水面歩行』」
「せっかく乾かしたのにまた塩水被せられたー!」
「ルーナって意外とどんくさい?」
「注意力散漫なだけなの。猛々しく荒ぶる風よ、衝撃をもってを斬り裂け………」
「「「『風刃』!!」」」
ロレットの詠唱に続いて魔法の準備をし、紅縞海蛇に向け一斉に放たれた。
シャアアアアアァァァァァァァァッ!!
風の刃は紅縞海蛇が身にまとう水の膜を切り裂くのみで、怒らせる効果しか見られなかった。
「効いてない!? 何かまとってる!」
「ん! 上層より魔法を上手く使ってる。防御膜を先に何とかしなきゃ!」
グルグルと、とぐろを巻いて頭を持ち上げ高所から爆発の勢いもつけて噛みついて来る。
慌てて飛び退くロレットは勢いよく水面に腹を打ち付け滑って行った。
「ったーーいのっ!」
紅縞海蛇は勢いのままに尻尾をルシアナに打ち付けて水中に潜り込んで行った。
「わひゃーっ!」
散開した五人は下からの突撃を警戒し速やかに岸へと戻っていった。
標的が見えないことに気が付いたのか紅縞海蛇は離れた位置から頭を出して、光をまとい大口を開けると細く鋭い水の線が放たれるのだった。
「「にゃーっ!?」」
避けたと思ったところで追いかける様に横薙ぎに放たれた水流に、双子は驚きの声を上げながらも飛び跳ねてかろうじて避けるのだった。
紅縞海蛇が泳いで近付く隙に魔法の詠唱を合わせて行い、合間に射撃を挿んで怯んだところへ解き放つ。
「『爆裂火球』!」
「「「『雷球』!」」」
「『雷壁』」
レアーナの放った『爆裂火球』が紅縞海蛇のまとう水の膜を吹き飛ばし、遅れて着弾した『雷球』にビクリと身を震わせて惰性で進み、激突する勢いのままに岸に乗り上げた。
そこへ止めの様にリアーネの『雷壁』がまとわりつく様に放たれて身動きを封じられたのだった。
「今のうちに!」
「「「おぅ!」」」
岸でビクビクと身を震わせるだけになった紅縞海蛇の頭に魔法と射撃が叩き込まれ続けて、ようやく仕留めることができたのだった。
「大丈夫かな?」
「ん、ちょっと待って。………もう大丈夫」
リアーネが制御していた魔法を散らして触っても問題無いと請け負った。
その頃には紅縞海蛇は形を崩し、魔石と沢山の鱗を残して消えてしまった。
「魔物の反応も近くには無いね」
「結局この層でもずぶぬれになったよね……」
「でももうすぐ終わりなの。終わらせるの」
異論のない一行は、素材の回収に簡単にとは言え塩水を洗い流し身綺麗にして、先へと進んで行くのだった。
海に掛かる橋を渡った先の崖に囲まれた様な小島には神殿の様な石造りの建物があり、扉を開けて中へ入ると、中央に迷宮核の埋まった柱のある小部屋となっていた。
「「「着いたー!!」」」
「はぁー……帰れる」
「ん。登録する」
「扉閉めたよ」
「さぁ帰ろう!」
「帰ってお風呂なの!」
迷宮核に触れ登録を済ませれば五人は地上へと転移して行き、組合での話もろくにせずに宿へと戻った五人はお風呂でサッパリとしてから夕食を摂り、早々に布団に包まれるのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。