127 嬉しい声と銀灰熊
十七層へと降りてくると、そこには沢山の探索者の姿があった。
「おぉー、いっぱい居る」
「おや、数日前に上で見かけたお嬢さん方ね。もうこんな階層まで来るなんて随分と攻略が速いわね」
階段を降りて見回せば、野営の準備をしているらしき探索者が居るのだが、六組分の天幕などが離れたところに構えられていたが、一組当たりに一人か二人しか姿が見えないようだった。
「ん? 他の人はみんな休息中?」
リアーネ達は声を掛けて来た小鬼族の女性のことを覚えていたわけではないが、不思議に思い疑問をぶつけるのだった。
「ああ、他の班員はこの層で狩りをしてるわよ。私含めてここにいるのは、みんな拠点の維持管理要員なのよ」
「じゃあ、この階層で何日かまとめて狩りをしてるってこと?」
「そうよ。転移で直接行ける階層ならともかく、そうでない階層はこうして野営陣地を構える方が効率的なのよね。とはいえ大物が獲れたりすると天幕たたんで地上に帰るんだけどね」
話をしながらも休憩のための場所を整え、カップに入れた凍結乾燥のスープの素にコンロで沸かした湯を注ぎ入れ、お菓子を添えて手早く準備を終わらせるのだった。
「あら、いい匂いね。って、それ! 店に並んだらあっという間になくなる即席スープじゃない! もしかしてこの何日かで売り出されてたの!?」
「「「本当か!!」」」
五人の用意していたスープに気が付き、女性の驚いた声に他の野営場所に居た者達も声を上げるのだった。
「これ? リーネの作ったものだけど」
「ん。大元の魔法陣を登録したから、近いうちにこの街でも作られるようになるんじゃないかな?」
「リーネはどこ行っても驚かれるよねー」
「まぁ、仕方ないんじゃない?」
「だんだんその状況に慣れて来たの」
元々の開発者であることを話して、余計に驚かれることになるのだが歓喜の声に双子は嬉し気に尻尾を揺らすのだった。
その後は、他の探索者達がどの方面に向かっているのかなどを、地図を示しながら教えてもらい下層への経路を決めるのだった。
扉の先へと進み出て、まずはゴーグルが地図を作成するのを待つことにする。
そんな一行の目の前には起伏に富んだ草原が広がり、川や池があることが見えていた。
「これじゃ、まっすぐ行くのは大変そうだねー。お姉さんの言ってた通りだよ」
「ん。領域内での経路も考えなきゃいけない」
そう言うと『持続光』と『空間測定』で立体的な地図を描き出し、色んな方向へと向きを変えながら道を選ぶのだが、歩き易い場所は魔物の数も多いために少々遠回りの経路を選ぶことになった。
ゴーグルによる魔物の表示は種別を判断することまではできないが、魔力の大きさを判別することはできるために、迷宮内に居る魔物の種類が判っているので推測しながら経路を考えていくのだった。
おかげで、水鼠や苔猪などの対処のしやすい魔物の居る場所を進んで行くことになる。
「この辺の魔物だとリーネ達だけで終わっちゃうね」
「ん。接近しなくていいならそれに越したことは無い」
「ボク達に任せておけば問題無いよ」
「ルーナはともかく、私達に任せておくの!」
「だよねー。ルーナが言うと任せきれないって気になるのは何でだろうね?」
「ほんとにねー。リーネだったら任せて安心なのに?」
ロレットの言葉に乗ってレアーナとラウリーがルシアナをからかう様に、二人で目を向けて言うのだった。
「なんでよー!? ボクだってみんなの役に立ってるよ!」
「わかってるよー。だから怒鳴らないでよ」
小声でのやり取りではあるが賑やかに進み、魔物を見つければすぐさま気配を潜めて対応するのは狩人としての活動を通して身に着けたものであった。
森深い領域へと踏み込んで下草を払いながら進んでいると、大きな魔物に圧し折られたと思わしき低木や足跡を発見した。
「くまだよね?」
「クマの足跡だ。足跡の判別なんてボクに任せてくれれば間違いないよ!」
「熊、ってことは?」
「ん、銀灰熊。でも、この足跡はかなり大きい」
「十六層の翠牛みたいに大きくなってるかも知れないの?」
魔物の痕跡を追跡する様に進んで行くとラウリーが停止の指示を出し、ピクピクと忙しなく動かしていた耳が一方向へと集中する様に向けられていた。
「見える?」
「んーん。魔物の反応ならある」
「こう遮蔽物が多いと、ゴーグルがあっても魔物が居るのか判んないね」
「流石に障害物の向こうまで見通せたら、何が何やらわからなくなるよ」
「リーネの地図上で居場所が判ってるなら、それを元に準備すれば大丈夫なの」
会話をしながらも銃弾を選んで装弾し、予備弾倉の準備を進めて魔物の正確な位置と移動経路を伝えていく。
「近付いた方が良い?」
「ん………、小型の魔物が熊の近くに居るみたい。狩りの途中だと思うから、動き出したところを狙うのが良い」
「魔法は?」
「たしか、効きにくいんだっけ?」
「上層ではそうでも、この階層でも同じかは判らないの」
「だったら、身体強化系は問題無いよね」
「こっちも防御魔法使っとけばいいんじゃない?」
「そっかそっか。何も攻撃と攻撃補助しか魔法が無いわけじゃ無いもんね」
そして皆は筋力、器用、敏捷、体力、生命力、活力の強化魔法を、苦手な魔法に関してはリアーネとロレットが手分けして使っていく。
そうしているうちに魔物同士の争いが始まった様だった。
「行くよ!」
「任せて!」
ラウリーとレアーナは左右に分かれて回り込む様に移動して、リアーネ達は射撃を始める。
照準器で捉えたのは上層で見たよりも大きな体長四メートル以上はありそうな銀灰熊であった。体毛も灰というより金属色に光り輝き、トゲトゲとした毛に触れるだけで痛そうな姿をしていた。
対する小型の魔物は二メートルに届かない蒼というより紺色の水蜘蛛であった。
飛び掛かった銀灰熊に気が付いた水蜘蛛は一瞬攻撃のために反応するが、相手の正体が判明するや慌てた様に飛び退る。
空を切った銀灰熊に前肢の爪が周囲の低木を薙ぎ払い、飛び散った枝葉が水蜘蛛の飛ばしてきた糸を絡め取る。
その最中にリアーネ達の放った銃弾と矢が銀灰熊に突き刺さるが、さして効いている様子は見られずに、気を引くことも無さそうだった。
安全に射撃が続けられるならそれに越したことは無いと二射三射と続けて行く。
銀灰熊の攻撃を邪魔する様に銃弾が爪を弾き、その隙に水蜘蛛は糸を飛ばして絡め取ろうと奮闘するという、奇妙な共闘状態になって行く。
「『雷撃手』! これで少しでも効いてくれれば!」
「うちは戦槌を打ち付けるのみっ!」
水蜘蛛を飛び越えてラウリーが斬撃を浴びせかけるが魔法の盾が現れて、ギャリンッと音を響かせそらされてしまった。
銀灰熊が気を取られた瞬間に背後から近付いていたレアーナが右後肢を打ち付けた。
動きが鈍った所を間合いを開けて様子を覗うラウリー達に対して、水蜘蛛とリアーネ達の攻撃が再開する。
未だ一向に有効な打撃を与えられていないのは、周囲にうっすらと光る魔法の盾の影響だろうが度重なる攻撃にさらされ明滅し始めていた。それ以外にも不意を突いた攻撃は銀灰熊の身に届いていたが、その攻撃は魔法の鎧に弱められているようだった。
「あんまり効いてない!」
「それでもやるしかないで、しょっ!」
あまりにも攻撃が効かないことに苛立ちをぶつける様に、ラウリー達の攻撃が激しさを増していく。
銀灰熊の振り下ろす右の前肢を最小限の動きで躱し、懐へと潜り込んで脇を切りつける。
追いかける様に振り返った銀灰熊の顎よ砕けろと戦槌をかち上げる様に振り切ると、流石に衝撃そのものを受けないわけでは無い様で、体をふら付かせて頭を振るのだった。
「九泉へ繋がる坂よ、深き底へと捕らえ沈めよ………『泥沼』! これで何とかなってよ!」
動きが鈍いうちにとレアーナが銀灰熊の足元に『泥沼』の魔法を掛けて足止めを試みた。
それは成功した様で、四肢を埋めて満足に動けず前肢を抜いて立ち上がろうとするのだが、片方の前肢を引き抜く度に体勢を崩して泥をまき散らすばかりとなるのだった。
ガァッ! グォオオオオォォォォォォッ!!
前肢を振り回して威嚇の咆哮を上げるも、その場から動けなくなり後はなすがままの状態となっていた。
少し離れた位置から射撃に『石弾』などの魔法で打撃を与え続ければ、盾の魔法も鎧の魔法も維持ができなくなったようで、直接その身を打ち始め、リアーネだけで弾倉五本を撃ち切った頃にようやく動きを止めたのだった。
「「「狩ったー………」」」
「他は大丈夫?」
ラウリーが周囲を見回すが魔物の姿は見当たらず、いつの間にやら水蜘蛛も居なくなっていた。
念動で素材を持ち上げ『浄化』などを掛けて行く。大きく立派な毛皮に魔石が回収できたのだった。
その後は小型の魔物の相手をするだけで苦戦することは無かったのだが、斜面や深い森など足の鈍る地形が続いたために十八層へと降りて来たときには、すっかりくたびれてしまった一行だった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。