126 待ち時間と翠の牛
数日の休息を終えた五人は迷宮探索を再開するため、狩人組合に来ていた。
「あら、いらっしゃい皆さん。リアーネさんの魔導具、なかなか評判ですよ」
「ほんと! やったねリーネ!」
「ん。他の探索者の助けになってるなら嬉しい」
受付嬢は人差し指で目の横をトントンと示してゴーグルが好評であることを教えてくれたおかげで、嬉しくなった双子の尻尾は機嫌よく振られていた。
「それで今日は十六層以下ですか?」
「そうだよ!」
「では、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
受付嬢は丁寧に見送りの言葉を掛けてくれた。
五人は十六層からの帰還時に気付いたことだが、転移時に待たされる時間が十一層からの時よりもいくらか長くなっていたために、転移されるまで話しながら待っていた。
「結構待たされるの不便だよねー」
「ん? そうでもない。あんまり深い階層から一気に地上に転移されたら気圧の変動が大きくて危険だから転送前に調節してるんだと思う。後は必要な魔力を集めてるはず」
「なに? 何か危ないの?」
「聞いたこと無いんだけど?」
「えっと、高い山に登った時になるらしい病気とかなの?」
「ん。そんな感じ」
リアーネの推測する待たされる理由に皆が感心した頃に十六層へと転移されるのだった。
扉を開けて領域に出ての感想は、少し広くなってるはずだがこれまでの階層とあまり変わった感じは無いという物で、海に突き出した崖の下に広がる海岸地帯となっていた。
「違うお魚釣れたりするかな?」
「ん。可能性はある」
「ラーリ、今日は釣りじゃないでしょ」
解ってると言いながらも未練があるのか、ラウリーの尻尾は小さく叩き付ける様に小刻みに揺れて視線は海に向かっていた。
その時、近くの水面からザバリと魔物が岸に上がって来たため驚きながらも戦えるようにと身構えたのだが、当の魔物は気にした様子もなく大きな魚を咥えたままブルリと身を震わせ水気を飛ばし斜面の岩場を登って行った。
「かっこいい猫だったねー」
「ん。あれは多分海豹」
「えっと? 海猫じゃないんだね?」
「模様が違う気はしたけど種類も違うんだ?」
「違うの! 大きさも、模様も、全く別物なの!」
崖の上の平らになった所で海豹は悠々と魚を食べ始めていた。
気を取り直して五人は先へと進むことにした。
遭遇する魔物も上層で見たことのある砂蜂や水鼠、海蠍などで特に変わった様子は見られないため、これまでと同様に探索を続けて行くのだった。
「大っきい牛だね」
「ん。進路に掛かってる」
「三メートルくらいありそうだね。角だけでもレーアくらい有ったりして?」
「そこまでじゃないでしょ。っていうより何か違わない?」
「上で見たのより大きいの」
草原の領域を進んでいると前方に、周囲の景色に溶け込むような翠色をした体高三メートルを超え、横に張り出した角は緩やかに上に湾曲している翠牛が黙々と草を食べていた。
低木と草叢に身を隠す様に進んでいた一行は、距離も離れているため見つかっていない今のうちに遠距離から仕留めようと魔法と射撃の準備を始めた。
パパシュッ! カンッ!
「「『雷球』!」」
「『火球』!」
グモォオオオオオオォォォォォッ!
攻撃の衝撃に押されるように体が揺れるが、怒りを露にする様に光を発し風を身にまとって、蹄で地面を掻きながら敵を見極め五人に向かって突進して来た。
「来た! レーア行くよっ!」
「わかってる!」
ラウリーとレアーナは短剣に戦槌を手に前に陣取り迎え撃つ姿勢を整える。
リアーネ達はその間も射撃準備が整えば狙いを付けて撃ち放つ。
全ての射撃が頭部を狙うも、激しく動く翠牛の角や背中に突き立つ矢に対して、銃弾はほぼ全てが狙い通りに撃ち込まれて行った。
リアーネが魔法で作った細かな段差によって翠牛は足をもつれさせ、突進速度が抑えられたおかげで接敵の瞬間も対処をすることができたのだ。
「ハァアアアーーッ!」
「ドッセーーイッ!」
ラウリーの斬撃でわずかに顔をそむけた翠牛にレアーナの打撃で頭を揺らし、結果として翠牛の進路が逸れて行く。
そこを側面からリアーネ達が合わせる様に銃弾に矢を打ち込むが、全くの無傷というわけではないが翠牛の身にまとった風の膜が、攻撃される度に周囲へ弾けて威力を弱めているようだった。
走り過ぎた翠牛は、足を緩めることなく大回りして方向を変え、再度五人に突撃を仕掛けて来る。
「もっかいっ!」
「いくよっ!」
ラウリー達は先程とほとんど同じ場所を攻撃して同じように進路をそらして、リアーネ達の射撃の機会を作り出す。
何度か同じことを繰り返せば、方向転換の時に足をもつれさせて失速した翠牛に畳みかける様に射撃が続き、接近したラウリー達が連撃を浴びせるだった。
グモモォオオオオオオオォォォッ!!
接近するラウリー達に風の刃を飛ばしながら、角を振り回して激しく暴れ出してしまった。
「ちょっ! まっ! ってーいっ!」
「こん、のー! まけ……ないっ!」
飛んで来る風の刃を避け、打ち払い、何とか近付き、角を折り片目を切りつけ顎をかち上げた。
追撃を警戒して間合いを開けたラウリー達だが、フラリと体を揺らした翠牛はその場で頭を振りながら敵の所在を探し始める。
リアーネ達がこの機を逃すことなく銃弾を撃ち込めば、ようやく雷属性弾が効果を表し翠牛はその身を横たわらせてピクピクと痙攣し始めた。
「これで、止め!」
ラウリーは翠牛の頭に足を掛けて首筋を切り裂いた。
しばらく待てばその身のほとんどを魔力に返して、いくつかの素材と魔石を残したのだった。
「大っきいと大変だねー……」
「ん。しぶとかった」
「最後まで矢の本数足りるかな……?」
「足りなくなったら、途中で作り足すから素材は回収しておいてよ」
「リーネ、属性弾の強化ってできそうなの?」
「ん………もうずいぶん強化はしてある。これ以上は魔物素材でも使わないと難しい」
周囲を警戒しながら回収も済ませて先の領域へと向かっていく。
この迷宮にしては草原や森の領域が比較的多い階層であったようで、苔猪や水蜘蛛、緋爪蝙蝠などにも出くわすが、翠牛の様に変化が見られたわけでもなかったので難なく対処をして下層へと向かう階段にたどり着くのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。