012 野営訓練と生命樹
「近づいてこない」
「ん。見えてからだいぶ経つ」
「ほんと、聞いてた以上だねー」
「どれだけ大きいんだろ?」
「疲れたのー」
夏のお休みの期間に入ったばかりであるが、自由参加の泊りがけの遠出で、教師と一部の高等部の生徒の引率で初等部生達は神龍の御座と言われる地へと、長距離バス二台に分乗しテルトーネから西へ向かうこと一日、今現在は山裾から荷物を載せた馬と共に徒歩で向かっていた。
聖樹の上では龍が日向ぼっこをしているらしいが、まだまだ遠くて見て分かる様なものではなかった。
「ついたー」
「ん。やっと」
「あー、これは……あー」
「うわー」
「大きいのー」
この辺りの道は地均しはともかく土魔法による舗装が行われていないために歩くだけでも大変で、二刻近く上り坂を歩いて、ようやく目的地の広場へと到着した。
皆の見上げる先には、聖霊の宿る巨大な生命樹である聖樹が聳え立っている。樹の根元近くには五階建て程の建物が見えるが、聖樹が大きすぎて玩具の様な印象を抱いてしまう。その存在感に皆は圧倒されて呆けた様に見ることしかできなくなっていた。
「みんなお疲れさま! 今日からここで野営をします。周囲の確認を終えたら天幕の設営を始めましょう。では解散!」
近くには少し下った所に河原があり、今いる場所は土手の上に広がる草原である。木や灌木もまばらに生えているが、聖樹に遮られて日照が少なくなるのか数は少ない。ある程度離れた場所には生命樹の沢山ある森も見えた。
「どこする?」
「んー……真ん中?」
「河原は?」
「土手の際」
「聖樹の近く?」
相談の結果、枯葉の積もるような場所ではなく、ごく短い草が生えていて水が染み出すようなことも無さそうな土手寄りの疎らに木の生えた場所となった。
「風向き確認!」
「ん……風下はこっち」
「じゃ、天幕の入り口はこっち向きだな」
「なら、この辺りが良さそうか?」
「これと、これ……あとはこの木なんて良さそうなの」
場所を選んだら囲むようにある木を選ぶ。枝を頼りに登って行って少し高い位置にロープを掛けるのはラウリーとルシアナが率先して行った。そうして三本の木の間にロープを張って、出入り口の一画以外を塞ぐように天幕を張っていき、杭を打ち付け捲れ上がらないようにした。
「「とうっ!」」と、二人は木から飛び降りては別の木を登って行く。
開いた一画は天幕の残りをピンと張り、出入り口のひさしに仕立てる。入り口を塞ぐための布を垂らして外形だけは天幕が完成した。
「地面どうするんだっけ?」
「ん。まず耐水布を敷く」
リアーネが大きな背負い鞄から取り出した耐水布を天幕で覆った範囲を超えないようにレアーナとロレットが敷いていく。次に取り出したのは厚手の毛皮。二枚三枚と敷いていった。
「ふかふか」
「ん。もふもふ」
「まだ、設営終わって無いぞー」
「ご飯の準備も必要だしな!」
「もふもふするのー」
双子達の襟首を取り引きずるように天幕を出て、中には寝袋を人数分放り込み、ひさしの下には土魔法で作った卓と腰掛を『石化』していき、ひとまず天幕の準備は終わる。
「「「終わったー!」」」
「じゃあ、お魚!」
「ん? まず報告」
そうだった! と、引率の教師の所へ走るラウリー。教師は天幕を確認し良い点、悪い点を指導してくれる。
「よし合格だ! 後は虫除けの香でも焚いておけば、快適になるだろう」
天幕内に魔力灯を吊るして、虫除けを焚いた香炉を置いてしばらく中を燻していく。その間にトイレの場所を確保して、魔法で穴を掘り周囲に目隠しの布を張って、今度こそ準備が終わった。
「お魚! 釣るぞー!」
「「「おー!」」」
ラウリー達が枝を竿にして仕掛けを付けて準備していると、リアーネは罠を作って仕掛けていった。
「リーネ釣らないの?」
「ん。周り見てる」
「リーネの分も釣ってあげる!」
「ん。わかった」
気合を入れて竿を振り、そろそろと下流に向かって動かしていくと、あっという間に釣り上げてしまう。
「やったー!」
「ラーリ早すぎ」
獲物を入れる水槽の準備をしていたリアーネが、まだ途中だと声を上げた。
一刻の間に水槽の中には二十匹もの魚が入れられていた。泥を出すためしばらくは水槽の中で泳がせておく。
「リーネに負けたー」
「ん。勝利」
「リーネの罠凄いな!」
「釣る必要ないのか」
「私も罠教えてほしいの」
罠の中には七匹の魚が獲らえられており、ラウリーの釣果六匹を超えていた。
持参の食材に追加してお魚料理を仕上げていく。塩焼き、揚げ焼きに魚肉の団子スープを完成させて、様子を見に来た教師には豪華な食卓を驚かれることになる。
「俺ももうちょっと色々と料理できるようにならんといかんかなぁ……」
「簡単だよ?」
「ん。塩と火加減ができれば大丈夫」
「香草を混ぜてある塩を使えば、何でも美味しくなるよ?」
「一つ美味しく作れればいいんじゃない?」
「鍋は最強で最後の手段なの」
娘程の幼女に簡単そうに言われて、余計に沈む戦技教官だった。
食後は手早く片付けて、天幕に入ってお喋りをした。
安心して眠るために魔力を沢山使って時間を延長した『見張』の魔法を掛けておく。
◇
翌日には聖樹の元まで赴いた。大きな建物が建てられているが、聖樹にとっては根元から頭を出す程度の大きさでしかなかった。石造りの建物の中に入ると、ルシアナの部屋かと思う程に沢山の植木鉢に草木が茂り花が咲き誇っており、大勢の羽妖精に出迎えられた。
「ようこそ!」「お菓子食べる?」「展望台はこっち!」「トイレは向こうよ」「秘密のお話ししましょう!」「いらっしゃい!」「お茶は何が好きかしら?」
てんでバラバラに話し始めて何が何やら解からなくなる。
よくよく周囲を見てみると、一つの階層が四段程に分けられて、片側の壁が無いために人形の家を彷彿させる羽妖精の部屋が作られていた。
吹き抜けの螺旋階段を最上階の五階まで登って息を整える。
聖樹の側の扉を開けると、直接聖樹に触れられるようになっていた。
ここを訪れた者は皆、聖樹に触り祈りや感謝をささげるのだと言う。
五人も木肌に触れて大きさを直に感じることができたのだった。
◇
「とーちゃ、ただいまー!」
「かーちゃ、ただいま」
合宿から寮へ戻った翌々日には、一日長距離バスに揺られて久しぶりの両親の元に帰り着き、豪華なご飯の後は早々に寝ることとなる。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。