124 平穏な途と蒼海竜
交代で休息を取り、朝食を終えて十五層の探索を開始する。
扉を開けた先は見渡す限りの草原が広がっているように見えたが、しばらく進むと湿地であることに気付くのだった。
「うはぁ……、ここ歩いて行くの?」
「ん。仕方ない、自由な風現れよ、力強き風は我が身を共に空へ運べ………『浮揚』」
「せっかくだからもう少し高い所を進まない?」
「この迷宮、飛行型の魔物って少ないんじゃなかったっけ? ちょうどいいんじゃない?」
「確かにそうなの。どうせ『浮揚』で浮き上がるなら高めの所を進んだ方が楽なの」
と、皆の意見が一致したので五メートル程の高さを進むことになった。
潮蛙や泥蜥蜴など魔法で遠距離攻撃してくる魔物を視界にとらえると、十分に遠い距離から狙撃していった。
湿地の後は草原や森の領域は少なかったようで、崖や岩場、砂浜など海に面した領域ばかり進むことになった。
「猫だ」
「ん。蛇を咥えてるね」
「え? 猫って泳ぐの?」
「泳いでるんだから、そうなんじゃないかな?」
「この辺りの猫は漁をするって言ってたの」
悠々と泳いできた海猫は獲物を砂浜に引き上げて、五人のことにはチラリと視線を向けただけで二メートル程しかない小さな紅縞海蛇に噛り付くのだった。
「狩りの相棒になってくれないかな?」
「ん……、それだったら白雨山猫になってもらいたい」
「気まぐれに手伝ってくれることがあれば良い方じゃない?」
思わず時間も忘れて海猫の食事風景を眺める一行だった。
「!! まって! あそこ」
「ん! 大きいね。多分あれは蒼海竜。水魔法に気を付けて」
突き出た岩の上で寝始めた海猫を見て、邪魔することも無いとようやく先へと進み始めると、ラウリーが七十メートル程先の海岸の岩陰に大きな魔物の影を見つけて双眼鏡で確認する。
そこには、体長十メートル近くありそうな蒼海竜が水溜まりで食事中の様だった。
蒼海竜は全身が深い蒼に所々明るい青と岩の様な黒をしており、首も尾も長く手足は泳ぐために発達したのかヒレの様にも見える幅広い形状をしていた。
「どうする? 魔法とか効くかな?」
「ん。こっちは雷弾に入れ替える。ロットもいい? それと……硬き大地の巌の塊よ、我の望む姿を与える………『石変形』」
リアーネは直線上の地面に穴を開けて突進に対する備えとした。
「じゃあ、ボクも『雷撃手』主体でいいね」
「うちは、出番無さそうだね。いや、こっち来られたらそうも言ってられないけど」
「銃弾の入れ替え終わったの。追加の弾倉の準備も問題無いの」
「じゃあ行くよ」
「「「天を奔る猛き輝きよ、衝撃をもって弾けよ………」」」
パパシュッ! カンッ!
「「「『雷球』!」」」
ガァアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!
岩の影から覗く蒼海竜の頭と尾に弾丸と矢、魔法が命中して食事の邪魔をされたことに怒気を込めて咆哮を上げるのだった。
追撃の射撃を受けて五人の位置を把握した蒼海竜は、この一口で食事は終わりだと噛り付いてから光を放ち水をまとうと、周囲に霧が立ち込め始めた。
「近付かれる前にできるだけ攻撃!」
「「「わかってる!」」」
レアーナは苦手な雷系魔法ではなく目眩ましを兼ねて『火球』を放ち他の四人は射撃と『雷球』を放つが、『雷球』は霧に触れるや拡散し威力を発揮することは無い様だった。
そのまま近付いて来るのかと攻撃を続けるが、蒼海竜は岸から海へと飛び込んで水中を泳いで接近して来た。
「「「なに!?」」」
「ん!? 水中じゃ銃はほとんど効かない! 有効な魔法も少ない!」
「じゃあどうするの!?」
「そんなの水から上がるのを待つしかないよ!」
「せめて魔法の準備だけでもしておくの!」
グガァァアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!
蒼海竜が五人の居る岸辺のすぐ近くの水面から首を出して咆哮を上げたのだ。
「うわっひゃーーっ!」
ルシアナの持つまとったままだった弓の雷気が、蒼海竜の咆哮と共に広がった霧の水滴を走る様にして周囲に散ったのだった。
「ルーナ大丈夫なの!?」
「ちょっとびっくりしただけ! それよりもう来るよ!」
蒼海竜の前肢が岩場を踏みしめその巨体を表し始めた。
近くで見ると圧倒される様な巨体であり、リアーネの射撃も威力不足で一発二発でどうにかなる様な相手では無かった。
レアーナに倣ってリアーネとロレットも『火球』を放ちながら射撃を続け、火属性魔法の苦手なラウリーとルシアナは『風刃』の魔法を放って行った。
ジリジリと散開しながら魔法と射撃を五人は浴びせ、霧のせいで見え辛い中でも影を確認できる程度に間合いを取った。
攻撃に辟易しつつも岸辺に上がり全身を露にした蒼海竜は、先程に倍する迫力で咆哮を上げビリビリと空気を震わせた。
「にゃうっ! 来たっ!」
思わず耳を伏せたラウリーに向かって蒼海竜は突進し、体を翻す様にして尻尾で打ちかかって来た。
それを飛び跳ねて躱しざまに、上下逆さまになったラウリーは短剣で斬り付けるも、鱗に弾かれ手が痺れてしまうのだった。
「かったーーいっ!?」
ラウリーが下がるのに合わせて銃弾が撃ち込まれるが、堅い鱗に阻まれているようだった。
ぐるりと反転した蒼海竜は首を仰け反らせて大口を開け、溜めと発光の後に細く強力な放水を発射して薙ぎ払ったのだ。
「「「わーーっ!?」」」
五人は慌てて放水を避けるために飛び跳ね、転がり、岩の影へと身を隠したりと対処した。
唯一間合いを詰めたレアーナが放水の影響を受けない位置から戦槌を振り被って蒼海竜の顎を打ち上げた。
「よいっしょーーっ!!」
急に口を閉じられた蒼海竜は口から血混じりの水を溢れさせ、前肢を振り被って叩き付けようとするが、その時には既にレアーナは離れた場所へと移動していた。
「ん! 焼き滅ぼす炎の力よ、燃え盛る死の領域をなせ………『炎壁』!」
リアーネの魔法が蒼海竜の頭部を中心に炎が燃え盛り、いくら首を振ろうとも離されることも消えることも無く追従するため、次第に激しく暴れ始めた。
相手をしている余裕を無くした蒼海竜に対して五人は落ち着いて魔法と射撃を加えて行くことができる様になり、どちらに在るかも判らないまま海に逃げ出そうと闇雲に走り始めて周辺の岩に身をぶつけるばかりで、大きく開いた穴に落ちたのだ。
そこを逃さずリアーネが弾倉二つ分も撃ち切るほどに皆の攻撃が叩き込まれて、ようやく蒼海竜は動きを止めたのだった。
「「「狩ったーーっ!」」」
周囲に目を向け魔物の接近の無いことを確認し、次第に晴れて来た霧に蒼海竜の大きさを正しく見ることができた。
「大っきーーい!」
「ん。十五メートルくらいかな?」
「素材丸ごと残ったの? やったね!」
「凄いねー! 持って帰れるかなー?」
「そんな心配もあったの!」
早速『脱血』『浄化』を掛けて、魔法鞄に入れようとするが入れられる程の余裕は無くてレアーナの台車付き魔法鞄に無事に回収できた時には皆がほっと息をついた。
「大変だったね……」
「ん。次はぜひ接近される前に何とかしたい」
「はぁ……ほんとだよねー。例えば罠に掛けたりできないかな?」
「えぇー………、この大きさの魔物にどんな罠使えばいいの?」
「睡眠薬とかなの? 落とし穴は準備してる時間が無いの……」
回収忘れが無いか周囲を確認し皆はその場を後にした。
しばらくして下層への階段に到達し、降りて行った先の迷宮核の複製に登録して地上へと戻るのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。