123 崩れた橋と利用者
十四層へと降りて来て、扉を確かめリアーネのゴーグルが地図を描き出す間に休憩の準備を四人で進める。
まず何は無くとも真っ先にすべきことは、本格的な装備の手入れだった。
他の探索者が来ても大丈夫な様に石壁の目隠しを作り、盥を出して湯浴みをする。
その後は着替えて、軽鎧も短剣も狙撃銃もばらしたうえで整備を進めるのだった。
ラウリー、レアーナ、ロレットが整備に手を取られている間に、リアーネとルシアナで昼食の準備を進めていると他の探索者がやって来た。
「おや、休憩中ですかな? お嬢さん方」
「こんにちは! お昼にしようと思って準備中なんだ」
鬼人族を中心とした五人の探索者集団が階段を下りて来て、ルシアナに声を掛けた。
「我々も休憩にしよう。アッバース、外の警戒は任せましたよ」
小鬼族の青年が扉の向こうへと行って警戒をして、他の四人で火を熾し乾燥野菜や燻製肉でスープを作り始めるのだった。
「お嬢さん、私はナジーブという。この班の班長だ。随分と念入りに整備をしている様だが何かあったのかね?」
「あー、あの三人、上の階層で猿に塩水被せられたんだよ」
「猿に……なるほど、それは災難でしたな。しかししっかりと整備をするのは良い心がけです。この迷宮は初めてではありませんかな?」
「そうなんだよねー。中級迷宮には入る許可が出たばっかりなんだ。みんなー、できたよ!」
「「「わかったー!」」」
この迷宮は十層以下は塩水が満たされた『海』と呼ばれる場所が多くあるために、狩りの最中に塩水を被ることも多く、その後の装備の整備を怠る者には班員から拳骨を落とされて整備の大切さを懇々と聞くことになるのだという。
このために階段のある小部屋の中で整備をする探索者が度々見られるのだと教えられた。
「さて、我々は先に行かせていただきましょうか」
「あれ? そう言えばナジーブさんゴーグル使ってるんだね!」
「ん。ご利用ありがとう」
「ふふ。最近登録された物の様ですが、知っておいででしたか。なかなかに便利な物ですね、というか、ご利用とは?」
「リーネが考えたんだよ!」
各人ゴーグルを掲げて開発者がリアーネであるとラウリーが自慢する。
驚きと称賛と感謝を告げて、鬼人族一行は探索へと行ったのだった。
「良かったね! リーネ」
「ん!」
笑顔で尻尾を揺らす双子であった。
ロレットは組み立てなおした狙撃銃をガシャガシャと動作確認をしてひとまず問題は無さそうだと満足するが、それをもって探索を再開させるのかと言えば、まだすることが残っていた。
「リーネ、この領域の端まで何メートルくらいあるの?」
「んーー………、自由な風と闇払う光輝なものよ、行く手を阻む境木に一時の灯りをもたらせ………『空間測定』『持続光』。ここからあの的までで丁度三百メートル」
リアーネは地図を見るだけではなく魔法も使ってできるだけ正確な距離を計測し、光魔法で的を用意するのだった。
ロレットは照準器を覗いて試射をして、組み立てなおした時に生じたズレを修正していくのだ。
「みんな、お待たせなの」
低木が疎らに生えた以外は草原の広がる領域には、大きな川の流れがあった。
遠目にも川の近くには水泥鹿や苔猪の姿を確認できるが、向かう先ではないためにわざわざ狩っていくことは無かった。
「向こう、いっぱい居るねー」
「ん。蛙と鹿、猪に狐も居るみたいだね」
「こっちにだって猪が居るじゃない……っと!」
ルシアナの放った矢が進行方向で地面を掘り返していた苔猪を仕留めていた。
素材の回収のついでに何かあるかとスコップを取り出しラウリーが掘ってみると松露茸が見つかった。
「なんだっけ、これ?」
「あー! 松露茸じゃない! 迷宮でも育つんだ! 大きいねー!」
「レーア、声大っきいの」
「はいはい、興奮しすぎ。松露茸ってそんなに美味しかったっけ? それか何かに使えるんだっけ?」
「ん? 人気のある茸だけど好き嫌いは人による。高く買い取ってもらえるから嬉しいには違いない」
「え? 自分達で食べないの?」
レアーナが目を見開き動きが止まっている間に、掘り続けていたラウリーが小粒の松露茸を見つけたのだ。
「レーア。この小っちゃいので良かったら料理に使っても良いんじゃないかな」
「ラウリーッ! ありがとー!」
領域を越えた先の草原には進路を阻むように大きな池があり、その水面を捻じれた角を伸ばした体高二メートル程の明るい蒼色をした山羊の魔物、蒼山羊が駆けていた。
「うわっ、え? 何してるの、あの山羊?」
「ん………、お魚が跳ねてる」
大型狙撃銃の照準器で確認したリアーネは蒼山羊が駆け抜けた周辺を魚が飛び跳ね、それを狙って引き返した蒼山羊が魚を咥える様子を見たのだった。
「お魚食べるの? 山羊が?」
「魔物だし、そういう物なんじゃ無いの?」
「完全に水の上を走ってるの。『浮揚』で行っても邪魔になるの」
話しているうちにリアーネは準備を終わらせ発砲した。
「「「リーネ!」」」
「言ってよー!」
「ん? 撃った」
「遅ーい!」
リアーネの撃った銃弾は蒼山羊の首元に中り、攻撃元を確認した蒼山羊は五人に気が付き逃げだした。皆は慌てて準備を終わらせ射撃して何とか仕留めることができたのだ。
「沈んでるのかな? 溶けてるのかな?」
「んーー? 判んない。行ってみよう」
そう言うとリアーネは『水面歩行』を皆に掛けて移動を始めた。
「リーネ『浮揚』じゃ無いのは珍しいねー」
「ん。山羊が水面走ってたから、そんな気分だった」
「えー? 水中に魔物もいるのにー、ほら、行ってる傍から何か来たよ」
蒼山羊の姿の見えなくなった場所まで移動している最中に水面下からの魔物の反応が近付いて来た。
「まぁ、対処はできるからいいんじゃない?」
「銃でも引き付けないといけないから面倒なの」
水面を割って出て来た胴体のみで五十センチ近い大きさのある海蠍をレアーナが戦棍で払う様に打ち上げるだけで仕留めてしまった。
どちらの魔物も素材を残していたために『念動』で水から引き上げて回収する。
池を渡り切るまでに潮蛙や海蠍を数匹仕留めることとなる。
その後は森の領域などを越えて、岩場から深さのある海に向かって橋が架けられている領域へとやって来た。
「この橋の先で良いんだよね?」
「ん。間違いない」
橋を進んでいると中程まで来た時にドシンと大きな衝撃が伝わって来て、進行方向の足場に亀裂が走ったかと思えば大きな角が貫いていた。
「「「なにあれ!?」」」
振動に備えて重心を落として身構えていた五人の前に巨大な魔物が姿を現し橋を崩してしまうのだった。
「ん! 流動する水の平原よ、大地となって我が身を支えよ………『水面歩行』。散開!」
「いっくよーっ!」
「ちょっと! あの大っきい魚、何!?」
「角鯨なの! お魚じゃ無いの!」
「どっちでもいいよっ……トォーーッ!」
水面に背を浮かべたまま身をくねらせて波を起こしヒレで打ち、長く大きな角を振り回してくる角鯨は、六メートルの体長と三メートルもある突き出た角を持っていた。
波に足を取られない様に周囲に広がった四人に対し、レアーナが橋から飛び掛かり戦槌を打ち下ろすと、たまらず逆さになって潜るのに合わせて尾びれで打ち払って来た。
「わっ、たっ、とー!」
水面を転がる様に何とか避けるが、戦槌が水中に沈む感覚に気を取られて立ち上がり損ねていると、水中から飛び上がる程の勢いで追撃の突進を仕掛けて来た。
それを慌てて避け様としてレアーナは更に転がることになり、角鯨が飛び上がって無防備な内にとリアーネ達の射撃が集中するが、一向に効いてる様子は見られなかった。
「みんな雷に気を付けて! 天より落ちた轟きよ、刃に宿りて解き放て………」
「「「わかった!」」」
ラウリーは魔法の準備を終わらせて角鯨の浮上に合わせて突進し、飛び上がってから落下の勢いを乗せるようにして短剣をヒレの辺りに突き刺し魔法を開放した。
「『雷武器』!」
クォオオオオオォォォォーー!
「にゃはーーっ!」
角鯨はビクリと身を震わせてから暴れ出し、その勢いにラウリーは短剣ごと振り落とされてしまった。
動きが鈍くなった所に銃弾が突き刺さり、レアーナの戦槌が左目を目掛けて振り抜かれた。
「これで、おわって!」
バジジッ! と、ルシアナの放った矢は雷をまといレアーナの潰した左目に突き刺さり、痺れて動けなくなったところをラウリーが切り付けて、ようやく仕留めることができたのだった。
「「「はぁーー………」」」
「魔物は?」
一息ついて周囲を見回せば、急速に迫って来る魔物が二体。
「少しは休ませてよーっ!」
「来るなって!」
ラウリーとレアーナが武器を振り抜いて、一撃で仕留めることになったのは雷光烏賊だった。
「さぁ、沈む前に回収するの!」
「そ、の前……に………」
「はいはい、わかってるの」
雷光烏賊の突撃を迎え撃った二人が痺れてしまっていたのをロレットが『解痺』を使って治療して、その間にリアーネの『念動』によって沈んで行きそうになった丸々素材が残った角鯨と雷光烏賊の魔石を回収するのだった。
「もう、来ないよね?」
「ん。でも、まだ休めない」
そう言ってリアーネとレアーナの二人で岸に戻って岩を調達し、壊れた橋を修復するのだった。
その後、橋を渡り切り下層への階段に到達することができ、十五層へ降りてから野営の準備を始めるのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。