122 熊狼の争と濡れ鼠
交代で休息を取り朝食を済ませ準備万端整えて、十三層の探索を開始するために扉を開くと、その先には岩の多い海岸が広がっていた。
「何か居る! 可愛いね!」
「ん。一応魔物。えっと……疾風企鵝。たしか攻撃しなければ襲ってはこないらしい」
「そうなんだ。どうする?」
「手は出さないで良いんじゃない?」
「なの! リーネ! あれの着ぐるみパジャマを作るの!」
尻尾をブンブンと振りまわすロレットを宥めながら一行は疾風企鵝を観察し、ロレットのあまりの興奮に驚きつつも写真機を取り出し撮影をしようとすればロレットがサッと手に取りパシャパシャと撮影を始めたのだった。
「「「………」」」
四人は何も言えずにロレットの行動を見ているばかりで、その間に疾風企鵝はひょこひょこと歩いているかと思えば身を倒してお腹で滑る様にして高速で水面を滑って行った。海に潜ってしばらくしたら、また水面を滑って戻って来る。その時には大きな魚を咥えていたのだった。
「お魚っ!」
「ん。今度みんなで行くんでしょ」
ラウリーの声に呪縛が解かれた様に再起動した四人と共に、ようやく正気に戻ったロレットは顔を赤らめながら咳払いをしてリアーネに写真機を返すのだった。
気を取り直した一行は、遠目に浮鼬や雷光烏賊の姿を確認するも海岸から離れた場所に浮いているため警戒するだけに留めて、疾風企鵝を避けながら次の領域へと向かうのだった。
領域を越えた先は砂浜が広がり沢山の椰子が葉を茂らせていた。
「何か居る。えっと、木の上?」
「ん。ここから狙えばいい」
「五、六、七体。多いねー」
「じゃあ、うちらの魔法もあった方が良いね」
「お猿さんみたいなの。確か……水属性」
体長一メートル弱の海猿が長い尻尾を巻き付けて、複数の椰子の木の上に陣取っていた。
射撃の準備をするリアーネ達と雷光烏賊で失敗した反省から『雷球』で問題無いと事前に確認したラウリー達が一斉に攻撃を始めるのだった。
キィーーッ! キャキャキャキャッ!
初撃で二体が仕留められ、残りは攻撃場所を確かめもせず大きな椰子の実を周囲に投げつけ始めたが、五人の元まで届くような近くでは無かった。
ひとしきり投げつけ終わってしまうと、海猿は椰子の木を滑る様に降りて来て、五人の元へと向かってくる。
近付かれる前に更に三体の海猿を仕留めるが、残った二体が飛び掛かってくる。
「セイッ! ハァッ!」
「テーーイッ!」
ラウリーは斬り捨て、レアーナは打ち上げる様にして海猿はあっさりと仕留められたのだったが、砂浜の波音を掻き分ける様な多数の音が聞こえて来た。
ウィッキーーッ!!
「な!? あんなに!」
「ん! とにかく数を減らす!」
海からは九体の海猿が現れて、皆それぞれに光を纏い周辺の水が逆巻き始めた。
魔法に先駆け銃弾が撃ち込まれて二体が倒れたところで、海猿の周囲から水の奔流が噴き出してきた。
「「「ひゃーーっ!」」」
左右に勢いよく放水される水にラウリー、ルシアナ、ロレットが押し流されてしまった。
「こんのーっ!」
レアーナは戦槌を下段に構えたまま海猿の密集している所へと走り寄り、振り回す様に打ち付ける。それによって五体の海猿が弾き飛ばされ、そのうち三体が動きを止めた。
その間にリアーネが射撃を続けて三体の海猿を撃ち抜いていき、残る一体は体勢を立て直したルシアナに射抜かれたのだった。
「ベタベタするー………」
「もういない? いないね? ロットー」
「うぅぅ。しばらく休憩したいのーっ!」
リアーネ達が素材の回収ついでに周囲の警戒をしているうちに、塩水を被った三人はひとまず装備を外してから魔法で用意したお湯をかぶって洗い流し、『乾燥』と『浄化』を掛けて簡易的とは言え身綺麗にする。
「ん。ラーリ大丈夫?」
「リーネー、装備のお手入れ、手伝ってー」
素材の回収を終わらせたリアーネが様子を見に来るとラウリーに泣きつかれて、武器防具などの手入れを手伝うことになる。
短剣も狙撃銃も軽鎧も湯浴み用の盥に溜めたお湯に浸け込み塩分を洗い流した後、拭き取って『乾燥』『浄化』を掛けて行く。
「ロットのは、それで大丈夫なの?」
「これは簡易処置なの。あとでしっかり手入れをする必要があるの。それにラウリーの短剣だって柄もばらしてお手入れが必要なの」
ひとまず使用に支障が無いだろうと判っていても塩水を被った狙撃銃をお湯に浸けるという強引な方法であるために、不安と不満が表情と打ち付ける様に振り回している尻尾にも表れていた。
「んーー、この銃弾はどうする?」
「使わない方が良いと思うの」
「ん。じゃあ、リーネが処理しておく」
期せずして休憩も取ることになり、レアーナがお茶を入れていた。
「あれ、レーアはもう終わったんだ」
「うちの装備はそんなに複雑な構造してないからね」
鎧はともかくレアーナの使っている戦槌は継ぎ目の無い一体構造であるために、ばらして整備をする必要が無かったのだ。
簡易整備を手早く済ませて探索行を再開させた一行が次の領域へと移動をすれば、うっそうと茂る樹々に囲まれた森の中へと様変わりして、すぐ傍には足の甲程も深さの無いささやかな川が流れていた。
川沿いに上流に向かって薬草などを採取しながら、時おり出くわす水蟻や潮蛙、苔猪を狩って行くと、樹々が密集して先に進むのも困難そうな場所に着いた。
どこか通れそうな場所は無いかと左右を確認すると左手側に、直径五メートル以上ありそうな巨木の姿が目に入った。
「リーネ! あれじゃない?」
「ん。間違いなさそう」
組合でもらった地図に書かれている目印になる木を見つけたのだった。
その巨木には大型獣人が通れる程の洞が口を開けており、中を進むと樹々に囲まれた小さな泉を取り巻く花畑の様な広場に出た。
「よっ! とっ! たぁっ!」
「ん。もういないね」
「ラーリ、蟻だからって勝手に突っ込まないでよ」
「うちも出遅れたじゃないかー」
「蟻二匹程度じゃラーリだけで済むけど、前に出られたら銃は使いにくいの!」
軽く文句を言われながらも水蟻の残していった素材を回収してから泉を回り込んで進んで行くと、一部だけ樹が疎らになり通り抜けられるようになっていた。
下草を払いながら先へ進むと草原の広がりが遠目に見えて来た。
グガァアアアアーーッ!
グルルルルルゥゥーーッ!
「しっ! 何?」
「んーー………熊と……狼?」
一行の左前方の三十メートル程先に体長三メートルを超える銀灰熊と、体長一・五メートル程の錐狼が四頭横に広がり対峙していた。
「決着ついてからでいいよね?」
「ルーナは面倒臭いだけでしょ」
「まったく、ルーナはルーナなの」
しかしルシアナの案に反対は無く射撃の準備を終わらせて魔物の動向を覗うのだった。
錐狼は一斉に飛び掛かって銀灰熊を爪で切り裂き、魔法の光と共に現れた石の棘が突き刺し翻弄していく。
銀灰熊は錐狼と睨みあっていた時からずっと光を発しており、魔法の棘が中ってもすぐさま棘が砕け散る様子を見ることができた。
「ね、リーネ。あの熊どうなってるの? 魔法中ったよね?」
「ん。『魔力鎧』とか『魔法防壁』とかの魔法に近い効果が出てると思う」
「なに? じゃあ、魔法は効かないの?」
「そりゃ威力とか練度の高い方が勝つんじゃないかな?」
「レーアが正解なの。ただ、魔法どうしがぶつかって威力は落ちる筈なの」
「ん。殴った方が早い」
「あー、うん。わかった」
話しているうちに錐狼は三頭動かなくなっており、最後の一頭が飛び掛かる所だった。
ガァアアアアアッ!!
パパシュッ! カンッ!
銀灰熊が錐狼の頭を打ち払った瞬間に、銃弾二発が銀灰熊の頭部に突き刺さり仰け反る様に尻もちを着く。
持ち直そうと頭を動かしたところで首元に矢が突き刺さり痺れて動きを止めたのを見計らい、左右に分かれて迫っていたラウリーとレアーナが銀灰熊との間合いを詰めた。
ふら付きながらも立ち上がろうとする銀灰熊を二射目を撃ち込んで邪魔をする。
「セーーイッ! タァッ!」
「これでも、喰らえーーっ!!」
脇の辺りから突き込まれたラウリーの短剣と頭部をレアーナの戦槌がかち上げて、倒れたところを止めを刺した。
他に魔物が近くに居ないことを確認して、魔石と素材を回収していく。
草原の領域を渡り切り扉に到達した一行は、下層へと下って行くのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。