121 水棲魔物と誤選択
十二層へと降りて来た五人は、まずは昼食のために一息入れるのだった。
「十一層からは、移動距離が伸びて大変だよね」
「ん。各層五から八ヶ所は領域移動しないと階段のある所に着かない」
「だよねー、魔物を全部無視できたらどれくらいで来れるんだろうねー」
「できもしないこと考えてても仕方ないって」
「んぐんぐ。だいだい一刻半だと思うの。ちゃんと地図見れば判るの」
魔物を警戒し狩りながらの移動のために、ここまでの移動で四刻近くが経っていた。
休憩を終え準備を整えてから扉を開けると目の前には岩場があり、そこを越えれば海が広がっている様だった。背後は天井まで続く壁があり海岸の様に左右に移動することならできそうだった。
「えーと、どっち?」
「ん。こっち」
と、リアーネは右手側を示して移動を始める。
「今何か跳ねたの」
ロレットが海を指さして言うと、しばらくじっと皆で観察をしてみるが魔物の反応は遠くに数体表示されているだけで近寄ってくる様子は無さそうだった。
それとは関係無しに水面を跳ねる影があり、おそらくお魚だろうと見当をつけるとラウリーの釣りへの欲求が再燃するのだった。
「いや、だから、今日はまだ先に進むつもりなんだから釣りの時間は取れないよ」
「野営の時に近くに釣りのできそうな場所があればやってもいいから」
「そうなの。その時は付き合うの」
「絶対だからね! うん。今は、我慢できる」
「ん。それはそうと、何か来たみたい」
手をワキワキとしながらラウリーが堪えていると、リアーネが目を向けていた先で多くの魚が飛び跳ねながら一行の進む先に向かって移動していく様が見て取れた。
様子を見ていると、どうやら魔物に追われて魚が逃げているようだった。
「大物かな?」
「んーー。見てみないと判らない」
そう言っている間にも大きな体を持つ海獣型の魔物が魚を咥えて勢いのまま海岸に上がって来たのだった。
両手で抱える程の大きさのある魚を一飲みにしたのは、体長四メートル程もあり大きな牙を生やしてヒレ状の四肢を持つ寸胴な体形をした酔魹の様であった。
グァアアーーガァーアァァァァーー!
五人の姿を目にして威嚇をする様に重く低い鳴き声が周囲を震わせる様に響いて来た。
「レーア、行くよっ!」
「もちろんっ!」
酔魹は五人を気にしながらも海岸に打ち上げられた魚を抑えて食いついて腹を満たすことを優先したようだ。
その隙に間合いを詰めるために緩く湾曲した海岸をラウリー達は走り、到達するまでの間にリアーネ達は射撃を開始した。
酔魹の周りに影が差したと思えば姿が多重に別れて行って何体もの酔魹が銃弾に撃たれて身を捩りだす。
「にゃっ!?」
「わぁっ!?」
酔魹の正確な位置を捉えられずに攻撃を空振ることになったラウリーとレアーナに対してリアーネ達の所までは魔法が届いていなかったのか、その後も銃弾は正確に突き刺さって行くのだった。
銃弾の衝撃に効果が無かったと思ったのか魔法の維持を放棄した酔魹に、ラウリーは間合いを詰めて連撃を放つのだった。
あまり効いていそうにないが攻撃事態は不快に思うのだろう、身をくねらせて避けようとしているが重い動きしかできないために悉くその身に傷を負っていく。
怒った末の行動か巨体をゴロリと転がしてラウリーへと圧し掛かろうとする。
「わぁーーっ!」
動きを察知し飛び上がり、酔魹の上を駆け上がる様に登って事なきを得た。
その動きに合わせる様に、レアーナは戦槌をぐるりと回る勢いを乗せて叩き付けると見事に酔魹の頭部を捉えて、その衝撃で酔魹は目を回すことになったのだ。
後はラウリーが首元の大きな血管を探る様に何度も切り付ければ、多量の血を流した後にようやく動きが止まったのだった。
「凄いね。ほとんど素材が残ってる?」
「ん。なかなかの大物」
「ね、あそこ。魔物の反応がある」
「ほんとだね」
「えーと……、浮鼬なの。あの魔物が襲って来たって記録は無いそうなの」
ロレットが照準器で確認した浮鼬は、ふかふかの毛に包まれ仰向けで水面に浮かんでいた。
「なんか、可愛いね」
「ん。久しぶりに鞄の意匠に採用したいかも」
「あれから色んな動物、魔獣の鞄って見る様になったけど、浮鼬も既に在るのかな?」
「うちらはあんまり使わなくなっちゃったよね」
「今でも大事に持ってるの。ルーナとレーアなら今でもとっても似合ってるの!」
「「ちっちゃいって言いたいの!?」」
賑やかに周囲の確認をした後『脱血』を掛けてから酔魹を回収するのだった。
海岸沿いにぐるりと進めば、他の領域への通路を一つ飛ばしさらに先にある通路へと進むと、そこも海岸沿いの様な雰囲気があるが崖の上へ行ける様に上り坂になっている。
海岸沿いにいくつかの領域を越え、途中現れた水蟻や水泥鹿を狩りながら進むと砂浜の奥の小高い丘から石の橋が架かっていた。
「海の向こうに続いてるね」
「ん。あそこを渡る」
「大きな橋だねー」
「あれが壊れたりすることあるのかな?」
「無いとは言い切れないの」
などと話しながらも橋を渡っていると、両側から魔物の反応が近付いて来た。
「何か来た!」
「ん! 早めに対処しよう! 天を奔る猛き輝きよ、衝撃をもって弾けよ………」
リアーネに続いてラウリーとルシアナ、ロレットも『雷球』を唱え出て来る魔物に待ち構える。
レアーナのみは戦槌を構え防御に徹する構えであった。
左右から五体ずつの反応が迫って来る。水面下から現れた魔物は光をまとって浮き上がりそれまでに倍する勢いで飛び掛かって来た。
「「「『雷球』!」」」
パチパチと雷を放つ球体が左右の魔物の直前で弾けるが、魔物は一向に傷を負った様子もなく身にまとう光が強くなり、速度を上げて迫って来た。
「「「ひゃあっ!?」」」
「うーりゃああーーっ!」
四人は慌てて身を投げ出す様に避けるが、一人レアーナだけは戦槌を横薙ぎに振り回して打撃を与える。
しかし魔物に接触した瞬間、雷撃が走りレアーナの体を痺れさせてしまうのだった。
「にゃ!? イカだよね? 飛んでる!?」
「ん! 雷光烏賊! 魔法の選択間違ったみたい!」
「何? どういうこと!」
「雷属性の魔物なの! 雷属性に耐性があって雷光烏賊は余計元気になるの!」
「ほんとに!? どうすんのこれ!?」
体長一メートル近くある雷光烏賊は飛び掛かって来た後、水面下に潜って向きを変え狙いを付けている様だった。
唯一レアーナが打撃を与えた一匹だけは既に仕留められていたが、レアーナ自身も痺れて動けなくなっており橋の上に倒れていた。
「レーア、しっかりするの。肉体を従える眩き御霊よ、戒めを解き癒したまえ………『解痺』。もう大丈夫なの」
「うぅ……助かったよ、ロット」
ブウウウゥゥゥゥ……ン、と、何かの振動するような音が響き始め雷光烏賊が発光しパチパチと雷が弾け始める。
「リーネ! これ、どうしよう!?」
「ん。任せて! 硬き大地の巌の塊よ、我の望む姿を与える………『石変形』!」
再度水面を浮かび上がった雷光烏賊が動き始めたことを確認したリアーネは、『石変形』で、橋を材料に二十センチ角程の格子状の壁を作り出すと、飛び掛かって来た雷光烏賊は格子に激突して張り付いた。
「今なの!」
ぶつかった衝撃と水の無い格子の壁のために雷光烏賊の動きは緩慢となったために、至近距離からリアーネとロレットが銃弾を浴びせて程なく全て仕留めきるのだった。
「もういない……ね」
「リーネ、この壁、何とかして」
「ん。今やる」
引っ掛かったままの雷光烏賊の回収がし易い様に部分的に変形させながら、最終的には橋を元通りの形状にするついでに構造を解析し悪くなっている場所の修復もするのだった。
「烏賊も結構素材が取れたね」
「だねー。取れなかった奴って、魔石だけで海に落ちてっちゃったけど取れるかな?」
「どうだろ? うーん……魔石の反応消えたよ?」
「だったら魔物が食べちゃったの」
「ん。あれが来ないうちに先に行こう」
海底辺りに数体の魔物の反応を見てわざわざ相手をする必要は無いと足早に橋を渡るのだった。
領域の端の通路に直接つながっていた橋を渡り切って来た次の領域は、あまり広さは無く左右に湾曲しながら続く谷底の様な場所だった。
右手に進み行き止まり直前に洞窟に様な穴があり、そこに扉があったのだ。
扉を開けて下層への階段を下り野営と夕食の準備を手早く済ませた。
「雷魔法、使っちゃダメな魔物も居るんだねー」
「ん。注意されてたけど活かせなかった」
「仕方ないよ。水の魔物って雷魔法、凄く効いてたんだもん」
「だよね。うちも酷い目に合ったけど」
「事前に雷魔法の準備しても、雷光烏賊だったら次は中止にするの」
夕食を摂りながら雑談交じりに反省会となったのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。