118 浮揚魔法と滝の穴
「はぁーー、あったまるーー………」
「ん。お手軽肉団子スープ。ほんとは肉団子もなんとかしたいんだけどね……」
「このスープの肉団子じゃダメなの?」
「ん。これは肉団子っぽい別の何かになってる。もっとお肉感が欲しい」
「そんなことできるんだ? リーネ頑張ってね!」
「またそんな、リーネに任せておけば大丈夫、みたいなこと言って。ルーナもちょっとくらい考えてみたら?」
「レーア、ルーナには言うだけ無駄なの」
「ちょっ、ロットー。無駄ってことは無いってー」
「それで実際のとこ、肉団子の保存なんてできるものなの? 魔法鞄の中でも時間が遅くなってるだけで止まってるわけじゃ無いんでしょ?」
「ん。リーネの作った魔法鞄でだいたい三百分の一しか経過しない。これ以上は魔法陣の改良じゃ無理そうだから、光属性の魔物素材に掛かってる」
「えっと? どういうこと?」
「三百日過ぎてようやく一日経過するってことなの」
「あぁ! それで見習いの時に仕留めたっていう翼竜の革で靴とか作ってもらってた時に状態が良いとか、おっちゃんが言ってたんだ」
見習い狩人の時に討伐した翼翠竜の素材をすぐにでも何か作ってもらおうとディカリウス皮革店に行ってみれば、まだ成長途中の双子の装備に使うには素材がもったいないと言われたために、ずっと残していた双子は探索者として活動するのに合わせて靴と魔法鞄を作ってもらっていたのだった。
「なんかもう、魔法鞄で問題無くないかな?」
「ん。自分達で使う分にはそうだけど、もっと広く使えるようにしたいから、魔導具の入れ物に入れなくてもできる方法考えてる」
「食べ物の保存って、瓶に甕、樽で塩漬けとか、乾燥に燻製、後は……何かある?」
「「「うーーん?」」」
休息を済ませ朝食時に雑談しながらゆっくりと体を目覚めさせ、ようやく探索を再開するべく片付けを始めるのだった。
扉を抜けると八層までと同様に薄暗く水に濡れた岩肌の階層が続いていた。
「よかった、水浸しじゃなくて」
「ん。ほんとにそう。素材の回収ができないのは悔しい」
そこは、広い空間一面苔に覆われ緑の絨毯が敷き詰められたような場所だった。
広間の中はゴーグル無しでも問題なく行動できる程には適度に明るく照らされていた。
壁の一画から滝の様に音を立てて水が流れて川を型作り進行方向を横切る様に流れを作っており、もう一方の壁際の窪みからどこかへと落ちて行っているようだった。
「何かいるよ? 苔塗れの豚っぽい?」
「ん、多分あれが苔猪」
遠目には体高一メートル程の丸い体形の豚なのだが、毛の代わりに緑の苔が生えているように見えるのだ。体格に見合った小さな牙を生やしており、しきりに川に頭を沈めて何かを食べているようだった。
「魔獣の金華猪よりも楽そう?」
「ん。前情報でもそう聞いてる」
そして通路から射撃をすれば一撃で倒れていくのだった。
「何食べてたんだろうね?」
「さぁねー。有用なのがあれば、ここに通い詰める探索者もいるんじゃないの?」
「十層からだったら楽に来れるかな?」
「これ! よいしょっと。やっぱり燕尾草なの!」
ロレットが川に生えていた草を抜くと、茎の根元が薯の様に丸く大きく膨らんでいた。
燕尾草は煮物にして食べられることが多いため、一通り採取して先へと進むことにした。
九層の多くの広間では川が流れており下層への階段がもうすぐという場所に上層以外では珍しく直前以外に扉があり、その扉を開けると轟々と大きな水の音が聞こえてくるようになった。
「わぁー………。下の階、大丈夫かな?」
「ん。水没してたら困る」
「あはははー、さすがにそれは無いでしょ?」
「迷宮だもんねー。何があるか判んないよ」
「でも、そんな話は聞かなかったから……たぶん、大丈夫、なの」
双子とロレットは轟音を堪える様に耳を倒し、ルシアナ達も顔をしかめながら進んで行くと、踏み込んだ先は四方から流れて来たらしき水が一面を覆い尽くして広間中央に空いた穴に流れ落ちていた。
「わぁー………」
「ん。水没よりひどかった」
「何? どういうこと? 行き止まりなんだけど」
「想像以上だね……。えっと………うん」
「ふわぁーー。あ! あそこに扉があるの!」
ロレットの指差した先を追えば確かにそこには扉があるのが見えたのだった。
歪んだ円形の広間の五人の居る場所から見て三刻の方向の少し高い位置に通路がありその奥に扉が見えたのだった。
扉を見つけたことで冷静さを取り戻し、周囲を見回してみれば左手側の壁沿いに通路と呼べなくも無い足場が張り出していた。
「リーネ。『浮揚』頼んだ方が良いよね」
「ん。これを歩いて行く方が危険」
皆の意見が一致してリアーネとロレットの『浮揚』によって運ばれて行き、無事に扉を潜って十層へ続く階段に到達した。
十層へ降りてから扉を開けると、先程以上の轟音が水飛沫と共に体を震わせる。
扉の先に水の壁でもある様な光景に圧倒されて唯々じっと見とれてしまうのだった。
「ん! 見てる場合じゃ無かった」
「そ、そうだね、リーネ!」
「えっと、そうだ、行き止まり……じゃあ、なさそうだね」
我に返って周囲を見渡しルシアナが水の壁の周囲に通路があることに気が付いた。
左右どちらにも進める様になっているというより、上から続く穴の周りを巡る様に通路となっていたようだった。
「この水、まだ下の階層へ行くんだねー」
「ん、足元、気を付けて」
「ははは……。こんなところで魔物が出てきたら嫌だよね」
「ルーナー。それよりほら出番だよ」
扉が行く手を遮っているのをレアーナが指さして言うのだった。
「あぁ! わかったの! この水の領域で魔物が出ない様に扉を付けてるの!」
「「「そうかも!」」」
その先は九層と同じような造りをしており行く先々に川が流れて、その川を伝って魔物が流れて来ることもあった。
「「「わぁ! 流れて行ったー!」」」
せっかく倒して全身丸ごと素材として残った苔猪が川に流されたりもして、ようやく階段直前の広間に着いた。
広間の中央に細い通路があるだけで、後は深そうな池になった場所であった。
「魔物の反応多いね」
「ん。みんな水の中みたいだね」
「そのまま進んじゃう?」
「『雷球』落としとけばよくないかな」
「リーネ、どれくらいの深さがあるの?」
「ん? ……深いね。二メートルくらいある。真ん中の通路も橋になってる」
結局、魔物の相手をせずに念を入れて『浮揚』で浮かんで先へと進む。
時おり五人に気付いた魔物が水中から姿を現し鋏を振り上げる様子が目に入った。
「何だっけ? あの虫?」
「ん、海蠍だと思う。水中戦はしたくない」
「だね。なんか、あそこで渦巻いてるのって海蠍がやってる感じだしね」
「そうだね。あんなのに巻き込まれたら、泳いでられないよね」
「それ以前に水中だとまともに攻撃もできないの」
無視で正解だと思いながらも対岸に着き、扉を越えて階段を下って行った。
長めの階段を下り切った先は小部屋になっていて、中央の柱の迷宮核の複製が光を放ち床と天井に魔法陣が広がっており、転移してくる合図だとわかった五人は魔法陣に踏み込まずにしばし待つことにして、それが収まると七人組の探索者が現れた。
「お? 先客がいるな。お嬢さん達は?」
同年代くらいの鬼人族の少年が声を掛けて来た。
「ラーリ達上から来たんだよ」
「ん。これでやっと登録できる」
「そっか。先輩達と班を組んでないみたいだね。どれくらいかかったの? 大変だっただろ」
「えっと、途中二泊したから三日目……あー、様子見の日もあったから四日になるのか?」
「え!? それは早いね。俺が同期とだけで行ったときはもっと掛かったよ」
「そっか。ラーリ達もう帰るね! 探索頑張って!」
「おう!」
そうして久しぶりに地上へと戻るのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。