114 中級迷宮と水溜り
「準備はできた?」
「ん。滞りなく」
「それじゃあ、出発しよう!」
翌日早朝、狩人組合の待合室で装備や所持品の最終確認を終わらせてから、施設奥の迷宮に向かうための扉を開けて通路を進んで行った。
この地の探索者はもう少し早い時間から準備をしていたのもあり、五人の出発は中程よりも後になった。
入り口近くの迷宮核の複製で登録を済ませて一層へと向かうのは五人だけの様で、そちらへ向かう時には後続の探索者に気を付ける様にと声を掛けられ、皆は笑顔で礼を返すのだった。
「ここのは手入れがしっかりしてるみたいだねー」
「ん。髭小人程じゃないけど、定期的に補修してるんじゃないかな」
そう言って迷宮内を見回すのは、周囲の床や壁が均質で隅を埋めて角を落としてあることから、何かしらのこだわりの様な物を感じるのだった。
三つ目の扉を開けると小部屋になっており、それまでの部屋と違って中央に大きく空いた穴に水が満たされていた。
「なにこれ? 外側ぐるーっと回って行かなきゃいけないね」
「んー。水の中に反応がある」
「確か、蟻とか蠍とか水の得意なのばっかりじゃなかったっけ?」
「リーネ、今のうちに射撃は?」
「ん。無理。水に遮られて威力がほとんどなくなる」
「出て来るのを待つの? それとも無視して先に行くの?」
「リーネ、これはあれだよね!」
「ん。あれだね!」
「どれだよ!」
「「「『雷光』!」」」
疑問の声を上げたレアーナ以外の四人が『雷光』の魔法を一度に水面に放つと、水中からの魔物の反応が全て消えてなくなり、代わりに魔石の反応が現れたのだった。
「「「あ………」」」
「ん。あれは回収できない。失敗だった」
「まぁ、戦闘を回避したと思えば、良いんじゃないかな?」
「たも網じゃあ、目が粗いよね」
「諦めるしか無いの」
次に来るときは回収用の網を用意しようと相談し、釣り糸を垂らして深さだけ確認してから先へと進むことにした。
複数の扉のある部屋についても、どれを選べば下層へ続くのかが判る様になっているため、先を急ぐ様に扉を調べて開けて行く。
「あれ? 引っ掛かる。あぁ、引けばいいのか。………何あれ?」
そっと扉を開けたルシアナの目に入って来たのは、広い部屋の中に小さい子供が砂遊びをして土を盛り上げて作った塔の様な物だった。ただし、高さが五メートルはありそうな程に大きいのだが。
「ルーナ、羽音がする」
「ん。あれって蜂の巣じゃないかな。準備して」
ゴーグルの表示をよく見ると砂の塔から多数の魔物の反応があり、その他にも部屋の奥に数匹の魔物の反応を見つけることができた。
「ん。巣の方は任せて。見えざる暗き炎よ、その熱を奪い去れ………『冷却』」
リアーネが魔法を放つとその魔力に反応する様に砂の塔から砂蜂が三匹飛び出してきて、部屋の奥に居た砂蜂六匹も近付いてきた。
カンッ! パシュッ!
「セイッ! ハァーーッ!」
「こっちも、いっくよーーっ!」
ルシアナとロレットの射撃に続きラウリーの短剣とレアーナの棍が、巣から出て来た三匹の砂蜂を次々と落としていった。
それを見ていたのか奥の六匹の砂蜂が光を発っせば、周囲から砂が集まり礫となって打ち出されてきた。
避けながらもようやく部屋の中に砂が敷き詰められていることに皆が気付くことになる。
「これのせいで押して開かなかったんだね……っと!」
「たしか迷宮の扉って、どこも押しても引いても開く様に作られてたの」
話しながらも砂の礫を躱して射撃を続け、数分と立たずに全てを仕留め魔石の回収も済ませるのだった。
「ん。こっちも終わった」
リアーネの言った通り、巣の中に反応はあれども出てくる様子が無いのだった。
「どうするのこれ?」
「この程度なら。大いなる地の礎よ、我の望む姿を与える………『土変形』。これで良いでしょ」
サクッとレアーナが砂の塔を崩して、動く様子の無い砂蜂に止めを刺していった。
次の扉を開けると長く続く通路が待っていた。その通路は進行方向に対して右手側に細い水路が作られていて、よく観察してみれば爪の掛け易そうな溝の付いた傾斜路になっているようだった。壁の向こうまで水の満たされた空間が広がっていることも想像させるが、水の中までは見通すことはできなかった。
「んーー………。欠点を見つけた。このままじゃ、この迷宮は苦労するかも」
「リーネ? どうしたの?」
「ん。今の地図作製機のままじゃ、水の中がどんな構造をしてるか判らない」
「たしか、『空間測定』が基本になってるの。それじゃあ仕方のないことなの」
「だよねー。どうする?『鉱物探知』に『金属探知』『水探知』。有効そうなのってこの辺かな?」
「のんびり話してる時間は無さそうだよ!」
「みんな、何か来るみたい!」
ゴーグルに表示される魔物の反応は、水路の壁の奥から近付いてくる物だった。
「ん。自由な風現れよ、力強き風は我が身を共に空へ運べ………『浮揚』」
「リーネ!? どうしたの?」
「そういえば、一層は鼠が出るって聞いたの!」
ロレットが事前情報を思い出したと同時に、水路からは大量に水鼠が現れた。
体長五十センチ程の丸々とした体形と尻尾にまで毛の生えた姿でありながら、手足は大きくヒレのある様な形状で見るからに泳ぐのが得意そうだった。
五人がリアーネの魔法で浮いているために水鼠は通路に溢れかえる様に集まって来たが、他の水鼠を踏み台にしても五人には全く届く様子も魔法を使ってくる様子もなかった。
「えっと、どうする?」
「ん……『雷光』で大丈夫かな?」
「この状況なら、魔石の回収もできるだろうし、良いんじゃない?」
「じゃあみんなで合わせるよ!」
「わかったの!」
五人そろって放たれた『雷光』によって水鼠を全て倒すことができ、水路間際に居た水鼠の魔石が水路に落ちて行ったのを除けば、魔石の回収も問題なく行えるのだった。
「えっと、多くない?」
「ん。これは、魔石集め様に掃除機を検討するべきかも知れない」
皆が思わず頷く程に通路一杯に残された魔石は小粒ではあるが数は多かった。
結局すべて回収するだけで半刻以上もの時間を掛けることになってしまったのだった。
その後、探索を中断して引き返し、狩人組合の待合室の机に素材を広げてリアーネは地図作製機と地図機能付きゴーグルの改造を始めたのだった。
一通り改造が終わると迷宮に再度潜って水中の探査ができることだけを確認し、本日の活動は終わりにして、錬金組合や道具屋に寄ってから宿へと引き上げたのだ。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。