113 鬼族の街と下準備
右手に海を臨みバスに揺られて昼を少しばかり過ぎた頃に到着したのは、これまでになく大きな都市のメディナトーレである。
括れた半島の付け根に高く厚い壁を持つ港湾都市で、その周囲に広がる畑を囲う様にもう一つ壁が巡らされていた。
迷宮の氾濫以前は周辺の地をまとめる大きな国の王都であった街ではあるが、その当時の建物は旧王城のみが残され、他は全て建て直されていた。
「凄いねー。これがお城っていうのなんだ……」
「ん。ラスカィボッツもバービエントも中心都市だったけど、妖精族は国の概念が希薄だし城を作る意味が無かった」
「じゃあ、獣人族は?」
「西方はほとんど行ってないからねー。フロスバースンとかには無かったよね?」
「壁に砦は作ってるの。でもこのお城は砦とはまた違うの」
五人は宿を取った後、街の散策をしているときに目に入ったお城の遺跡を少額の入場料を払って内部を案内されていた。
「そうですね。初期に王都などが解放された地では取り壊してしまった所も多いそうですよ。これらの建築が歴史的にも貴重であると考え、残すべきだと考える余裕が出て来たのは百五十年程昔のことですね。今現在は、このまま残すのか当時の姿を復元するべきかと歴史研究家の先生方が議論を戦わせているんですよ」
案内係のお姉さんは苦笑を交えて解説してくれる。
丸い屋根などは現在の神殿でも見られる構造であり、鬼族の建築様式の特徴的な部分でもあった。
内部は色石を使って、慣れない者には目に痛いと感じることもある幾何学模様で彩られていた。
その後は買い食いをしながら消耗品を買い足して、宿へと戻るのだった。
◇
翌朝、錬金組合へ向かうため前日の移動中に見た魔導鉄道に乗っていた。
「おぉー! はやーい!」
「ん。みんな上手に避けてる」
「ね! ね! これってどうなってるの!?」
「うちもこれのことは知らなかったけど凄いね!」
「バスより沢山乗れるの! どうして他の街で見なかったの!?」
「ん。鉄でできた専用の道の上しか移動できないとか、往復するのにそれが別々にあった方が良いとか、馬車や魔導車で良いとか、色々とあるらしい」
「じゃあ、街同士をつなぐのだったら道幅も気にしなくて良さそうなの!」
「あぁ、確かに。でもそんなこと聞いたこと無いよね?」
「うん。ボクらの移動計画もバスか船しか無かったよね」
「ん。昔、外に鉄の道を作ったことがあったけど魔獣と衝突したり壊されたりして事故があったらしい。それで街から街までの移動には魔導車が主流になって、魔導鉄道の開発はされなくなった」
「じゃあ、これって結構珍しいんだねー」
ゴトゴトと四半刻ほど揺られて組合のある地区の駅で降り、錬金組合へとやって来た。
いつものごとくリアーネの魔法陣を登録し、その後は各組合にも顔を出していき、建築組合の船大工組にどこかの造船工房の見学ができないかと頼み込んだりと寄り道もしてから、最後は狩人組合に訪れた。
「受付良いですか?」
「はい、どのような御用でしょうか?」
「ん。これ、バービエントの探索組で書いてもらった」
リアーネは自身よりも小柄な小鬼族の受付嬢に手紙を渡した。
「拝見します。………えっと、皆さま既に下級迷宮を攻略したと書かれてますが本当に?」
「ほんとだよー。攻略中の迷宮都市にも寄って来たから新人の中じゃ、ラーリ達が来るのは遅い方かな?」
「え? いえいえ、この街で中級迷宮の攻略をしようという新人の方は珍しいですよ。皆さん近場で済ませる様ですから。それで迷宮にはいつから行かれますか?」
「「「明日から!」」」
待合室に居る探索者の多くは鬼族であり、他種族の少女ばかりの一行は随分と目立つために注目を集めていた。
最下層までの地図や迷宮内の魔物、気を付けるべき事柄などを教えてもらうが、あいも変わらずルシアナは覚えようとはしないし、ラウリーは楽しそうに聞いているのだが、ロレットなどは両名が覚えているのか不安になるのだった。
「ふぉおおおおーーっ!? リーネ! 迷宮内でお魚が獲れるって書いてる!」
十一層以降の地図を見ていたラウリーが尻尾を立てて叫び声を上げ、リアーネの肩をパシパシと叩き始めた。
「ん? 書いてるね。お姉さん、このお魚食べられる?」
「え? ええ、もちろん食べられますよ。でも、港でも毎日の様に水揚げされてる様な魚ばかりですよ。魔物に変容してるわけでもないようですので非常時の食料確保でもなければ、猫人族のみなさん以外では好んで獲ろうって探索者の方は少ないですね」
両手を突き上げやる気が漲る様子のラウリーを皆は呆れた様な目を向けていた。
「ラーリ? 攻略も忘れないでよ?」
「どこか安全に釣りのできるところとかあるのかな?」
「無かったら大変なの。多分、私たちが……」
ラウリーの周囲で魔物の襲撃に目を光らせる四人の姿を思い浮かべて、ロレットは乾いた笑いを漏らしていた。
「んーー………、この表記、ここは橋が架かってる?」
「えっと……そうね、そこは橋が架かってるはずね。時々壊れてるって報告があるけど、その度に修理に人を出してるから、もし壊れてるようなら無理に渡ろうとはしないこと。よろしい?」
「飛んでっちゃダメ?」
「ん。魔法で飛んで移動してもいいし、自分で修理してもいいけど、ダメ?」
「え? できるの?」
「リーネだからねー」
「ルーナ……リーネだけじゃなくて、うちも石壁くらいなら何とでもなるよ」
「あー、翼竜が踏ん付けて行ったことがあるって聞いたの」
頭に疑問符を浮かべながらも、訓練場へと移動して即席の橋をリアーネとレアーナの二人がそれぞれ作って強度を確かめることになった。
「凄いわね、あなた達。探索者になろうって人達で土属性魔法の得意な人って少ないのよね」
「そうなんだ? 確かにラーリもルーナも苦手だね」
「レーアはともかく、リーネに得意じゃ無い属性なんて無いだろうに」
「だよねー。うちも火土無属性くらいしか得意とは言えないもんね」
「私もやった方が良いの? この規模ならできなくは無いの」
「す、凄いわね、あなた達。探索者やってるのが不思議な人材よね」
「ん? リーネとロットは錬金組合にも所属してる」
「うちは鍛冶組合と兼任だね!」
「そう、なのね。これだけできるなら構わないわね」
受付嬢の許可をもらったリアーネ達は、ついでに気になった場所の改修まで頼まれてしまうのだった。
お正月はゆっくりできたでしょうか?
次回より月曜と木曜の朝7時更新に戻ります。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。